【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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ほどけては結われる花々の章

68.無知と無責任

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 数日後――
 王宮の奥、来賓用として使われていたという部屋に、リリアーナはいた。

 鉄格子も鎖もない。
 だが扉の外には常に兵が立ち、逃げ場はない。
 彼女はこの部屋に軟禁されている。

 私は一歩、部屋に入る。
 ダリウス様は私を後ろに隠すようにして歩いている。イリア、そしてカイネも続いてくれた。
 誰も言葉を発さないが、視線だけで十分だった。

 リリアーナは私を見るなり、鼻で笑った。
「まあ……お姉様。ごきげんよう」
 声には、最後まで捨てきれなかった虚勢と、苛立ちが混じっている。
 その目は赤く、しかし涙はない。
 自分がどこに立たされているのか、理解はしているのだろう。
 けれど。
「……お姉様は優しいから、助けに来てくださったのよね?」
「……」
「わたくし、なんにも、悪いことなんてしていませんのに」
 私は、表情を変えなかった。

 リリアーナのしたことを思う。
 私の瞳の奥にあるものが「厄災の烙印」だと、私をなじってきたこと。
 それはまだ、いい。
 彼女は真実など知らなかったのだから。
 
 けれど、それを理由に人々に不安の種をばら撒いて。
 北の辺境の人々が必死に掴んだものを貶めた。

 知らなかった、では済まされない。
 悪意が無かったから、で許すことはできない。
 彼女の立場であれば知ることはできたし、知ろうと努力することは、彼女が享受してきた権利に付随する義務だ。
 無邪気な善意とも言えない。
 神殿ですら彼女を受け入れたがらない理由が、そこにあった。

「あなたは、裁判を受けることになります」
 そう告げると、リリアーナの顔が歪んだ。
「……は?」
「元は貴族の子女だからといって、これ以上の便宜は図れません。王都に混乱をもたらし、国益を損ねた行為です。留置のうえ、正式な審理に」
「ふざけないで!」
 甲高い声が部屋に響く。
「わたくしは第二王子の婚約者なのよ!お姉様みたいな――」
「婚約者だった、ですね」
 静かに言葉を重ねる。
 声を荒げる必要はなかった。

 こういう人を、これまで受け入れてきたのが神殿だったけれど。
 その結果がこのたびの事件だということもあり、神殿は受け入れを拒否している。
 代わりに、再入国許可を持たせずに、外国への布教と慰問団の下働きに送ろうという話が進んでいた筈だ。
 数日と持たずに逃げ出すだろうが、そうなったら言葉も碌に通じない異国でどれだけ苦労するか味わってみればいい、とは兄様の言。それでも温情だとダリウス様は言った。

 リリアーナは言葉に詰まり、爪を噛んで唇を歪めた。
「……悪くないのに。何も悪いことなんかしてないのに……」
 低く、濁った声。
 私は彼女を見つめる。

 ――ああ、この人は。
 この人は、最後まで自分の選択を見ないのだと思った。
 私の瞳にもし力が宿っているのなら。
 リリアーナが少しでも悔やんでくれるなら、と。
 慮ったこと自体が、無意味だったのかもしれない。
 
「……責任は、それぞれが負うものです」
 それだけを告げる。
 ダリウス様が私の肩を抱き、「もう行こう」と言う。
 イリアは静かに息を整え、カイネは無言で見つめている。
 既に言うべきことは尽きていた。ダリウス様を見上げ、こくりと頷いた。


 振り向きかけた、そのときだった。
「――奥様。旦那様。少し、よろしいですか」
 穏やかな声だった。
 見ればイリアが一歩、前に出ている。
「……おい、イリア」
「止めないで」
 さっとカイネを制して、イリアはリリアーナの前に出る。

「初めまして。イリアと申します」
 きちんとした、丁寧な名乗り。
 場にそぐわないほど落ち着いた声で、彼女はリリアーナを見た。
「幼い頃ヴァルト辺境伯家に拾われてお世話になり、現在はルーチェ・ヴァルト辺境伯夫人の侍女を務めております」
「はあ?なに、」

 次の瞬間。

 乾いた音が、破裂したように部屋に弾けた。

「……!」

 うわぁ、とカイネが引き攣った笑みを浮かべている。
 けれどどこか予想していたように見えた。
 だって、私とダリウス様が前に出ないように軽く押さえていたから。
 
 私は何が起きたのか、理解するまでに一拍かかった。
 リリアーナの顔が横に跳ね、体がよろめく。

 ――頬を張り飛ばしたのだ。

 イリアが。
 躊躇いも、助走もなく、真っ直ぐに。

「……っ!」

 悲鳴ともつかない声が上がる。
 イリアは、表情を変えない。
「これは」
 淡々と呟くように。
「貴方と共に暮らした頃、ルーチェ様が受けていらした理不尽なお苦しみと悲しみに比べれば、到底足りません」
 一歩、近づく。

 張るというより殴り飛ばすような二度目の音。
 今度は、逆から。

「……っ、な……」
 言葉にならない声を上げるリリアーナを前に、イリアは続ける。
「これは、自罰に至るほど耐え難い困難に晒されたリヒト様の分です。本当は貴方のお父君を打ちたかったところですが。恐縮ですがお代わりください」

 体勢を崩したリリアーナが、床に膝をつく。何が起こっているのか理解できない様子で、目を白黒させている。
 私は言葉を失っていた。
 止めるべきなのか、止める必要があるのか、判断が追いつかない。
「い、イリア」

 そして、最後。

「これは」
 その声には、ようやく、感情が混じっていた。

「北の辺境で貧しい孤児として育ち、今日まで生き延びてきた私が、貴方のすべての無知と無責任に対して抱いた――個人的な怒りです」

 イリアは一歩、踏み込み――

 三度目の一撃。

 今度は、完全に吹き飛んだ。
 倒れ込み、息を詰まらせるリリアーナ。

 イリアは、静かに息を整える。
 ぱんぱんと軽く手を払って。
 そして何事もなかったかのように踵を返してすたすたと歩いてくる。
 涼しい顔をした、いつものイリアだった。

「お待たせしました、奥様、旦那様。私情でお時間を頂いてしまい恐れ入ります。後程どうかお叱りください」
「……いや」
 ダリウス様は、私と同様、どう答えて良いものか分からないようだった。
「用事は済みました。帰りましょう」
 私は思わずイリアを見つめる。
 彼女は私の顔を見て――ほんのわずかに眉を下げた。
 それは謝罪とも気遣いとも取れる表情で。

 ――ああ。

(怒ってくれたのね、イリア)
(……代わりに、ずっと…………)

 何も言えず、私はただ頷いた。


「待ってよ!」
 背後から、縋るような声が飛んでくる。
「ねえ、お姉様……」
 何かを言いかけて、言葉は続かなかった。
 宙に浮いた声。

 私は、もう振り返らなかった。
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