【完結】隻腕の代理王 ~帝国と教皇国に挟まれた詰み盤面。俺は「ハッタリ」と「覚悟」だけで、二つの敵軍を撤退させる~

Lihito

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37話:最も長い一日

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 殿下が倒れた。

 その報せを聞いた時、私は城下の広場にいた。
 民衆を集め、希望を語るために。

 だが、悲嘆に暮れている暇はない。
 殿下は、一日持ちこたえろと言った。ならば、私の役目は明白だ。

「皆、聞いてくれ」

 私は、杖を握りしめて声を張り上げた。
 老いた体が軋むが、構わない。

「我らの王は、この大陸のすべての闇を背負って戦っておられる。我らもまた、王と共に戦うのだ」

 民衆が、不安げな目で私を見つめている。
 難民も、旧来の民も、老人も、子供も。

「石を運べ、水を運べ。傷ついた兵士を助けよ。お前たちにできることは、必ずある」

 その言葉に、民衆が動き始めた。
 誰もが、自分にできることを探し始める。

 これでいい。
 恐怖ではなく、希望で動く民こそが、殿下の望んだものだ。

         ◇◇◇

 戦況の報告が、次々と届いた。

 アラリックは、最前線で剣を振るい続けているという。
 刃こぼれした剣を何度も取り替えながら、一歩も退かない。
 その姿が、兵士たちの魂を震わせ、疲労を忘れさせている。

 ベリサリウスは、大斧で敵の防陣を粉砕し続けているという。
 「俺の人生で最も楽しい戦いだ」と笑いながら、老体に鞭打って先陣を切っている。
 その豪快な笑い声が、戦場の恐怖を吹き飛ばしている。

 ヴォルカスは、重装騎兵を率いて鉄槌のような突撃を繰り返しているという。
 「我らは公王の千本腕、一本たりとも折れはせん」と咆哮し、敵を震え上がらせている。

 レオンは、戦場を疾走する蒼い稲妻となっているという。
 複数の声が重なった歌声で、敵の聖櫃の力を中和している。
 その瞳には、かつての清らかな光が戻り始めているらしい。

 メフィストは、戦場の端で狂気じみた笑いを上げながら、即席の呪いの弾丸を調合し続けているという。
 「最高の実験場だ」と嗤いながら、殿下の作った静寂の領域を拡大している。

 カイルは、南の海を見据えながら、伝書鳩を飛ばし続けているという。
 「あと半日で援軍が来る、金ならいくらでもある、命を売るな」と叫び続けている。

 皆、鬼神のごとく戦っている。
 殿下が眠っている間、この国を守るために。

         ◇◇◇

 夜が明けようとしていた。
 永遠とも思える一日が、ようやく終わろうとしている。

 リオラが、血に濡れた短剣を手に報告に来た。

「ヴァイン様。教皇国の暗殺者を、十二名始末しました」

 その目は冷徹だったが、疲労の色が滲んでいる。

「殿下の寝台には、一寸の隙も許しておりません。ルークと交代で見張っています」

「ご苦労だった」

 私は、深く頷いた。

「殿下は、お前たちを信頼しておられる。その信頼に応えてくれ」

 リオラは、無言で頷いて去っていった。
 影のように、音もなく。

         ◇◇◇

 そして、夜明け。

 南の水平線から、腹の底に響くような重厚な角笛の音が響いてきた。

 私は、広場で民衆と共にその音を聞いた。

「援軍だ……!」

 誰かが叫んだ。

「援軍が来たぞ!!」

 自由都市連合の巨大な傭兵艦隊が、ついに到着したのだ。
 積載された最新鋭の火薬兵器が、火を噴き始める。

 ドォン! ドォン! ドォン!!

 大砲の轟音が、教皇国軍の側面を激しく叩いた。
 形勢が、劇的に逆転する。

 聖なる加護を失い、物理的な火力の前に無防備となった教皇国の聖戦軍は、ついに撤退の鐘を鳴らした。

 その瞬間。
 レムリア軍から、地を揺るがすような歓声が上がった。

「勝った……! 我らは勝ったぞ!!」

 民衆の間からも、歓声が沸き起こった。
 抱き合う者、泣き崩れる者、空に向かって拳を突き上げる者。

 私は、杖に縋りながら、その光景を見つめていた。
 目頭が熱くなる。

 勝った。
 殿下が作り出した一日の猶予を、我らは守り抜いたのだ。

         ◇◇◇

 戦場から、伝令が駆け込んできた。

「ヴァイン様! アラリック団長からの報告です!」

 若い兵士が、息を切らせながら叫んだ。

「敵は完全に撤退しました! 我が軍の勝利です!」

 私は、深く息を吐いた。

「……そうか」

 勝った。
 だが、殿下はまだ目覚めていない。

「殿下の容態は」

「意識はまだ戻っておりませんが、呼吸は安定しているとのことです」

 私は頷いた。
 殿下は、必ず目覚める。そう信じるしかない。

「アラリック団長は何と」

 伝令の兵士が、涙を浮かべながら答えた。

「『陛下、我らは守り抜きました。やり遂げましたぞ』と、殿下の寝台の前で跪いておられました」

 私は、空を見上げた。
 黒煙の晴れ間から、朝日が差し込み始めている。

 殿下。
 あなたが託した一日を、我らは守り抜きました。

 どうか、目を覚ましてください。
 この勝利を、あなた自身の目で見届けてください。

 私は、杖を握りしめた。
 まだ、終わりではない。
 殿下が目覚めた時、この国がより良い形で迎えられるよう、やるべきことは山ほどある。

 老骨に鞭を打つのは、これからだ。
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