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36話:共鳴する墓標
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馬の心臓が破裂する寸前まで追い込んで、俺は北へ駆けた。
南の自由都市連合との交渉は成功した。
懐には融資承諾書と、最新の火薬兵器の図面。
だが、北の空を見れば、そんな成果など吹き飛ぶほどの絶望が広がっている。
赤い光が、地平線を染めていた。
無数の光の矢が、流星雨のように降り注いでいる。
教皇国の本隊が、総攻撃を開始したのだ。
崩壊した建物の前で、三つの人影を見つけた。
殿下、リオラ、ルーク。
図書館から戻ってきたらしい。
「……ハァ、ハァ……! 間に合ったか、陛下!」
俺は馬から転がり落ちるように飛び降りた。
極限の疲労と、勝利への確信。その両方が入り混じった顔をしていたと思う。
「南からの手土産だッ!」
俺は懐から二つのものを突き出した。
黄金の印が押された融資承諾書と、火薬兵器の図面。
「南の連中を説得してきました。条件は、新王による新たな交易圏の確立」
殿下が頷いた。その顔は蒼白で、明らかに消耗している。
図書館で何かあったのだろう。だが、今は聞いている暇がない。
「それと、陛下。面白い情報だ」
俺の目が、鋭くなった。
「教皇国が連れている聖櫃。あれは、帝都にあった黒い塔の小型版だ」
殿下の目が見開かれた。
「奴らは、その力を使って、レムリアを物理的に地図から消し去るつもりだぞ。聖戦なんて名ばかりの、大量虐殺兵器だ」
殿下は、その言葉を噛み締めるように黙った。
そして、静かに口を開いた。
「図書館で得た知識と、全てが繋がった」
その声には、覚悟が滲んでいた。
「行くぞ。祖国本軍と急ぎ合流する。今度は、俺たちが攻める番だ」
殿下が馬に跨った。
俺も、疲れた体に鞭を打って馬に飛び乗る。
戦況は最悪だ。
だが、南の援軍は海路から接近中。到着まであと一日。
一日だけ持ちこたえればいい。
やれやれ。
こんな大博打、最高じゃねえか。
◇◇◇
戦場の霧を切り裂いて、殿下の馬が現れた。
「陛下……!」
自分の目が、驚きと安堵に見開かれた。
「陛下が戻られたッ!」
その声が、波紋のように戦場に広がっていく。
絶望に沈みかけていた兵士たちの目に、再び魂の火が灯った。
右腕を失いながらも、さらに巨大な、脈動する異形の腕を携えて戻ってきた王。
その姿こそが、何よりも強固な盾であり、勝利への旗印だった。
殿下は、馬上で側近たちを見渡した。
自分、ヴァイン、カイル、リオラ、ルーク。
皆、極限の疲労と、王の帰還による希望が入り混じった顔をしている。
「聞け!」
殿下の声が、戦場の喧騒を圧して響いた。
「黒い呪い、教皇国の使うエネルギーは、全て負の感情を原動力に力を増す。恐怖すればするほど、奴らは強くなる」
自分の目が、理解と共に鋭くなった。
「部下を、民を不安にさせるな。元気づけろ。笑い飛ばせ。お前たちが先頭に立って士気を上げてくれ。それが奴らへの最大の毒になる」
殿下は、義手の拳を握りしめた。
「反撃のきっかけは俺が作る。その後、俺はぶっ倒れるかもしれんが、一日頼んだぞ」
自分は、拳を胸に当てて叫んだ。
「御意ッ!!」
「アラリック」
殿下が、自分を見つめた。
「レオンも、純度の高い感情に支えられれば良くなるはずだ。あいつも、恐怖に飲み込まれかけているだけだ」
自分の目が、揺れた。
レオン。あの地獄から戻ってきた少年。
「部隊としては一番練度の高い、怪物にも折れない鉄の心を持つベリサリウス、ヴォルカスの連合軍の先鋒として使ってやれ」
殿下は続けた。
「どうにもならない時用に、メフィストも一緒に連れていけ。あいつなら、地獄の蓋を閉める方法を知っている」
自分は、深く頷いた。
「承知しました。レオンを、必ずこちらの世界へ引き戻してみせます」
◇◇◇
殿下は、馬首を巡らせ、全軍に向かって声を張り上げた。
「最強公国の皆よ!」
その声が、戦場に轟いた。
「よくぞ王不在で持ちこたえた。誇りに思う」
兵士たちが、顔を上げた。
その目には、絶望ではなく、燃えるような希望と闘志が宿り始めていた。
「今から我らの反撃だ。この一日、皆限界を超えて戦え。そうすれば援軍も到着する。勝てるぞ」
兵士たちの間から、雄叫びのような歓声が上がり始めた。
恐怖という名の霧が晴れ、熱気が渦を巻く。
「士気を上げろ。叫べ。笑え」
殿下は、黒い魔導義手を天高く掲げた。
「行くぞぉ!!」
その瞬間。
義手の拘束ボルトが、高熱で蒸気を上げながら次々に弾け飛んだ。
義手から溢れ出した黒い蔓が、殿下の周囲の空間そのものを侵食し、陽光を歪め、空を覆う煤を黒い稲妻へと変換していく。
「一日は、持たせるぞ」
殿下は、血の滲むような声で静かに呟いた。
「あとは頼んだぞ、皆」
殿下は、異形の義手を地面に深く突き立てた。
「我が身を杭とし、世界を繋ぎ止める。【共鳴する墓標】、起動ッ!!」
その声が、雷鳴となって戦場に轟いた。
「退け、偽りの神の光よッ!!」
瞬間。
漆黒の衝撃波が殿下を中心にして、同心円状に大地を駆け抜けた。
それは教皇国軍の聖櫃から放たれた光の奔流を正面から飲み込んだ。
中和するどころか、その聖なる魔力を食らい尽くして、レムリア軍を包み込む漆黒の防護障壁へと作り変えたのだ。
「な、なんだ、あの闇は……!?」
教皇国の聖騎士たちが、恐怖に叫び声を上げた。
「我らの奇跡が吸い込まれていく……!? 神よ、なぜ応えてくださらぬ!」
突撃が、止まった。
敵の魔導兵器を無効化する巨大な静寂の領域が生まれたのだ。
だが。
衝撃波の反動で、殿下の鼻や耳から血が溢れ出した。
その体が、傾く。
「陛下ッ!!」
自分は駆け寄り、倒れ込む殿下を受け止めた。
殿下の体は、驚くほど軽かった。
義手だけが異常な熱を持ち、急速に冷えて殿下の体温を奪っていく。
薄れゆく意識の中で、殿下は何かを見ていた。
ベリサリウスが大斧を振り上げ、笑いながら先陣を切る姿。
ヴォルカスが重装騎兵を率い、恐怖を克服した兵士たちを導く姿。
そして、レオンが人間としての意志を瞳に宿し、呪われた聖歌を敵を滅ぼす詠唱へと変えて突き進む姿。
殿下の目が、ゆっくりと閉じていった。
自分は、その体を抱きかかえたまま、戦場を見渡した。
殿下が作り出した静寂の領域が、兵士たちを守っている。
敵の動きが止まった今こそ、反撃の時だ。
「全軍、聞けッ!」
自分の声が、戦場に響いた。
「陛下は必ず目覚める。それまで、この防衛線は一歩も下がらん。陛下の背中を守り抜けッ!」
兵士たちから、雄叫びが上がった。
自分は殿下を安全な場所に運ばせ、剣を抜いた。
これから始まるのは、殿下が血と魂で作り上げた絆と、民の誇りが、大陸最強の軍勢を相手に耐え抜く、最も長く、最も熱い一日だ。
させるか。
殿下が目覚めるまで、この命に代えても守り抜く。
自分は、戦場へと駆け出した。
南の自由都市連合との交渉は成功した。
懐には融資承諾書と、最新の火薬兵器の図面。
だが、北の空を見れば、そんな成果など吹き飛ぶほどの絶望が広がっている。
赤い光が、地平線を染めていた。
無数の光の矢が、流星雨のように降り注いでいる。
教皇国の本隊が、総攻撃を開始したのだ。
崩壊した建物の前で、三つの人影を見つけた。
殿下、リオラ、ルーク。
図書館から戻ってきたらしい。
「……ハァ、ハァ……! 間に合ったか、陛下!」
俺は馬から転がり落ちるように飛び降りた。
極限の疲労と、勝利への確信。その両方が入り混じった顔をしていたと思う。
「南からの手土産だッ!」
俺は懐から二つのものを突き出した。
黄金の印が押された融資承諾書と、火薬兵器の図面。
「南の連中を説得してきました。条件は、新王による新たな交易圏の確立」
殿下が頷いた。その顔は蒼白で、明らかに消耗している。
図書館で何かあったのだろう。だが、今は聞いている暇がない。
「それと、陛下。面白い情報だ」
俺の目が、鋭くなった。
「教皇国が連れている聖櫃。あれは、帝都にあった黒い塔の小型版だ」
殿下の目が見開かれた。
「奴らは、その力を使って、レムリアを物理的に地図から消し去るつもりだぞ。聖戦なんて名ばかりの、大量虐殺兵器だ」
殿下は、その言葉を噛み締めるように黙った。
そして、静かに口を開いた。
「図書館で得た知識と、全てが繋がった」
その声には、覚悟が滲んでいた。
「行くぞ。祖国本軍と急ぎ合流する。今度は、俺たちが攻める番だ」
殿下が馬に跨った。
俺も、疲れた体に鞭を打って馬に飛び乗る。
戦況は最悪だ。
だが、南の援軍は海路から接近中。到着まであと一日。
一日だけ持ちこたえればいい。
やれやれ。
こんな大博打、最高じゃねえか。
◇◇◇
戦場の霧を切り裂いて、殿下の馬が現れた。
「陛下……!」
自分の目が、驚きと安堵に見開かれた。
「陛下が戻られたッ!」
その声が、波紋のように戦場に広がっていく。
絶望に沈みかけていた兵士たちの目に、再び魂の火が灯った。
右腕を失いながらも、さらに巨大な、脈動する異形の腕を携えて戻ってきた王。
その姿こそが、何よりも強固な盾であり、勝利への旗印だった。
殿下は、馬上で側近たちを見渡した。
自分、ヴァイン、カイル、リオラ、ルーク。
皆、極限の疲労と、王の帰還による希望が入り混じった顔をしている。
「聞け!」
殿下の声が、戦場の喧騒を圧して響いた。
「黒い呪い、教皇国の使うエネルギーは、全て負の感情を原動力に力を増す。恐怖すればするほど、奴らは強くなる」
自分の目が、理解と共に鋭くなった。
「部下を、民を不安にさせるな。元気づけろ。笑い飛ばせ。お前たちが先頭に立って士気を上げてくれ。それが奴らへの最大の毒になる」
殿下は、義手の拳を握りしめた。
「反撃のきっかけは俺が作る。その後、俺はぶっ倒れるかもしれんが、一日頼んだぞ」
自分は、拳を胸に当てて叫んだ。
「御意ッ!!」
「アラリック」
殿下が、自分を見つめた。
「レオンも、純度の高い感情に支えられれば良くなるはずだ。あいつも、恐怖に飲み込まれかけているだけだ」
自分の目が、揺れた。
レオン。あの地獄から戻ってきた少年。
「部隊としては一番練度の高い、怪物にも折れない鉄の心を持つベリサリウス、ヴォルカスの連合軍の先鋒として使ってやれ」
殿下は続けた。
「どうにもならない時用に、メフィストも一緒に連れていけ。あいつなら、地獄の蓋を閉める方法を知っている」
自分は、深く頷いた。
「承知しました。レオンを、必ずこちらの世界へ引き戻してみせます」
◇◇◇
殿下は、馬首を巡らせ、全軍に向かって声を張り上げた。
「最強公国の皆よ!」
その声が、戦場に轟いた。
「よくぞ王不在で持ちこたえた。誇りに思う」
兵士たちが、顔を上げた。
その目には、絶望ではなく、燃えるような希望と闘志が宿り始めていた。
「今から我らの反撃だ。この一日、皆限界を超えて戦え。そうすれば援軍も到着する。勝てるぞ」
兵士たちの間から、雄叫びのような歓声が上がり始めた。
恐怖という名の霧が晴れ、熱気が渦を巻く。
「士気を上げろ。叫べ。笑え」
殿下は、黒い魔導義手を天高く掲げた。
「行くぞぉ!!」
その瞬間。
義手の拘束ボルトが、高熱で蒸気を上げながら次々に弾け飛んだ。
義手から溢れ出した黒い蔓が、殿下の周囲の空間そのものを侵食し、陽光を歪め、空を覆う煤を黒い稲妻へと変換していく。
「一日は、持たせるぞ」
殿下は、血の滲むような声で静かに呟いた。
「あとは頼んだぞ、皆」
殿下は、異形の義手を地面に深く突き立てた。
「我が身を杭とし、世界を繋ぎ止める。【共鳴する墓標】、起動ッ!!」
その声が、雷鳴となって戦場に轟いた。
「退け、偽りの神の光よッ!!」
瞬間。
漆黒の衝撃波が殿下を中心にして、同心円状に大地を駆け抜けた。
それは教皇国軍の聖櫃から放たれた光の奔流を正面から飲み込んだ。
中和するどころか、その聖なる魔力を食らい尽くして、レムリア軍を包み込む漆黒の防護障壁へと作り変えたのだ。
「な、なんだ、あの闇は……!?」
教皇国の聖騎士たちが、恐怖に叫び声を上げた。
「我らの奇跡が吸い込まれていく……!? 神よ、なぜ応えてくださらぬ!」
突撃が、止まった。
敵の魔導兵器を無効化する巨大な静寂の領域が生まれたのだ。
だが。
衝撃波の反動で、殿下の鼻や耳から血が溢れ出した。
その体が、傾く。
「陛下ッ!!」
自分は駆け寄り、倒れ込む殿下を受け止めた。
殿下の体は、驚くほど軽かった。
義手だけが異常な熱を持ち、急速に冷えて殿下の体温を奪っていく。
薄れゆく意識の中で、殿下は何かを見ていた。
ベリサリウスが大斧を振り上げ、笑いながら先陣を切る姿。
ヴォルカスが重装騎兵を率い、恐怖を克服した兵士たちを導く姿。
そして、レオンが人間としての意志を瞳に宿し、呪われた聖歌を敵を滅ぼす詠唱へと変えて突き進む姿。
殿下の目が、ゆっくりと閉じていった。
自分は、その体を抱きかかえたまま、戦場を見渡した。
殿下が作り出した静寂の領域が、兵士たちを守っている。
敵の動きが止まった今こそ、反撃の時だ。
「全軍、聞けッ!」
自分の声が、戦場に響いた。
「陛下は必ず目覚める。それまで、この防衛線は一歩も下がらん。陛下の背中を守り抜けッ!」
兵士たちから、雄叫びが上がった。
自分は殿下を安全な場所に運ばせ、剣を抜いた。
これから始まるのは、殿下が血と魂で作り上げた絆と、民の誇りが、大陸最強の軍勢を相手に耐え抜く、最も長く、最も熱い一日だ。
させるか。
殿下が目覚めるまで、この命に代えても守り抜く。
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