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第4話 宇宙への旅
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「乗客の皆様、このたびはモルディブ・エレベーターをご利用いただき、真にありがとうございます。宇宙への到着は1時間後となりますので、窓の外の素晴らしい景色を楽しみながら、ごゆるりとお過ごしください」
女性の声で、英語のアナウンスが流れた。スラム育ちで中学もろくに行ってないおれは英語はまるでダメだったが、耳にはめた自動翻訳機が日本語に変換し、意味を理解できたのだ。
防弾ガラスより分厚い窓の外は、告知通りの絶景だった。すでにおれは月面やコロニーでのコンサートツアーで何度も宇宙と地球とを行き来しており初めて観たわけではないが、それでも、胸を打つ光景だ。
コバルト・ブルーの澄んだ海、白い砂浜、照りつける情熱の太陽、ふんわりと浮かぶちぎれ雲、クリスチャン・ラッセンの絵から飛びだしたような、素晴らしい景色である。やがて海の楽園は、見る見る眼下に下がってゆき、代わりに永遠の星空が、周囲を包む。
その劇的な移り変わりに、乗客の中から感嘆のため息が漏れた。エレベーターの終点にある宇宙ステーションで、金属製の巨大な箱が停止すると、シートベルトのロックが自動で解除され、おれを含めた乗客は、座席を離れて立ちあがる。
エレベーターの客席が停止した宇宙ステーションの区画には重力がないのでマグネット・シューズで歩きながら、宇宙船のドッキング・ベイへつながる通路へ向かった。通路の両脇には移動式のフックがあり、それに捕まってドッキング・ベイへ行くのである。
おれは天井のスピーカーから流れでるアナウンスに従って通路の前でマグネット・シューズのボタンを押して磁力をゼロにした。そしてそれを袋に回収する二足歩行型のロボットに渡す。
無論ロボットの両足の裏側も磁石になっており、鉄製の床にぴったりくっついている。おれはマグネット・シューズを渡した後、通路脇のフックに捕まり、フックについたボタンを押した。フックはやがてなめらかに、通路脇のレールに沿って移動する。
やがてドッキング・ベイに着くと、コスモ・スーツを着た人物の姿が見える。すっぽりかぶったヘルメットの向こうに入福の笑顔があった。
「お待ちしてました」
入福はおれの腕をつかむと、背中にしょったゼロGリュックからつきでたスティックの先にあるノズルからジェットをふかし、ドッキング・ベイの中にあるコスモシップの一つに向かって飛びはじめた。無重力の空間を、おれも一緒に飛ぶ形になる。
宇宙船は全長が、おれが通ってるジムのプールと同じぐらいで約50メートル、直径の方は約8メートルの大きさだ。重量は2000トン。ボディカラーは白銀で、巨大な直方体だった。
船体のあちらこちらから、デブリの破壊兼宇宙海賊撃退用の、小型ビーム砲が外に向かって突きだしている。その姿は、何だかハリネズミを思わせた。船体の一部に開いたハッチから、おれ達は中に入りこむ。
そして船内の中央にある操縦席へ、通路の壁に並んだいくつもの手すりを交互につかみながら、進んでいった。目的の部屋に辿りつくと、入福が操縦席へ、おれが副操縦席へ座り、安全ベルトを装着する。
「入福さんが操縦するとは、びっくりしました」
「なにぶんにも、今度の件は極秘なんでね」
入福はウィンクした。そんな仕草もさまになる。
「まさか、操縦士を雇うわけにはいかなかったよ。それに操縦と言っても、ほとんどオートマティックだしね。無論免許は持ってる。これでも若い頃は宇宙船乗りだったんだ」
入福は免許証を見せながら話す。彼の顔のホログラムが、免許証の上に浮かんだ。
「ちゃんとナノフォンは、外してきましたね」
何もはめてないおれの両腕を見ながら、彼が話した。
「気分がいいです」
おれは、答えた。
「時間に縛られる生活には、こりごりなんで。せめて今度の長期オフは、ナノフォンや時間に縛られない生活がしたいと思ってたんで、ちょうど良かった」
「それが、いいですよ。また休暇が終わったら、時間に拘束されるでしょうしね。羨ましいなあ。私も江間さん程じゃないけど、日々忙しくてね」
おれ達を乗せた白銀のスターシップは、日本時間で7月1日午後8時にドッキングベイから出発した。予定では36時間後の7月3日朝8時に、目的のコロニーに到着する。地球と月の重力が安定する場所をラグランジュ・ポイントと呼ぶが、L1からL5まで5つあるうち、『エデン』はL4に浮かぶコロニーの1つであった。
やがて目的地に近づくにつれ、宇宙に浮かぶ直径6キロ、長さ30キロの巨大な筒型のコロニーが前方に見えてきた。この大型建築物は地球と同じ重力を得るために、1分50秒で一回転する。
大きな筒の一方の端から3枚放射状に伸びるのは、巨大なミラーだ。この鏡が角度をプログラミング通り自動でその動きを変えて太陽光の調節をして、コロニー内部の空間に、朝昼夜と、季節を作りだしている。
円筒内部は軸方向に6つの区画に分かれており、交互に陸と窓の区画になっている。つまり陸の区画は3つあり、それぞれがマリン・スペース、サバンナ・スペース、ウィンター・スペースに分かれていた。
現在ウィンター・スペースは人工降雪を中止しており、スキーやスノボを楽しむのは不可能だ。なので最初の12日をマリン・スペースで、残りの十二日をサバンナ・スペースで過ごすつもりだった。
おれ達を乗せた宇宙船が『エデン』のドッキング・ベイに接続された。おれはコスモ・スーツを着こみ、背中にゼロGリュックをしょった。入福に別れを告げて、頭部をすっぽり覆ったトロード・メットを通じて、脳波でノズルを操作する。
おれが右へと念じればノズルは左にジェットを出して、おれの体を右へ動かし、左へと考えれば右の方に噴射して、おれを左へ移動させる。
「せっかくの休暇ですから、存分に楽しんでください」
トロード・メットを通じておれの脳に、入福からの通信が割りこむ。
「ここからは案内のロボット達に、わからない点があれば、色々聞いてください。日本時間で7月27日の朝8時に、また迎えにきます」
その時のおれは、久々の休暇に胸が、期待と希望に満ち満ちていた。なのでまさか、あの後あんな流れになるなぞ考えてもみなかったのだ。
女性の声で、英語のアナウンスが流れた。スラム育ちで中学もろくに行ってないおれは英語はまるでダメだったが、耳にはめた自動翻訳機が日本語に変換し、意味を理解できたのだ。
防弾ガラスより分厚い窓の外は、告知通りの絶景だった。すでにおれは月面やコロニーでのコンサートツアーで何度も宇宙と地球とを行き来しており初めて観たわけではないが、それでも、胸を打つ光景だ。
コバルト・ブルーの澄んだ海、白い砂浜、照りつける情熱の太陽、ふんわりと浮かぶちぎれ雲、クリスチャン・ラッセンの絵から飛びだしたような、素晴らしい景色である。やがて海の楽園は、見る見る眼下に下がってゆき、代わりに永遠の星空が、周囲を包む。
その劇的な移り変わりに、乗客の中から感嘆のため息が漏れた。エレベーターの終点にある宇宙ステーションで、金属製の巨大な箱が停止すると、シートベルトのロックが自動で解除され、おれを含めた乗客は、座席を離れて立ちあがる。
エレベーターの客席が停止した宇宙ステーションの区画には重力がないのでマグネット・シューズで歩きながら、宇宙船のドッキング・ベイへつながる通路へ向かった。通路の両脇には移動式のフックがあり、それに捕まってドッキング・ベイへ行くのである。
おれは天井のスピーカーから流れでるアナウンスに従って通路の前でマグネット・シューズのボタンを押して磁力をゼロにした。そしてそれを袋に回収する二足歩行型のロボットに渡す。
無論ロボットの両足の裏側も磁石になっており、鉄製の床にぴったりくっついている。おれはマグネット・シューズを渡した後、通路脇のフックに捕まり、フックについたボタンを押した。フックはやがてなめらかに、通路脇のレールに沿って移動する。
やがてドッキング・ベイに着くと、コスモ・スーツを着た人物の姿が見える。すっぽりかぶったヘルメットの向こうに入福の笑顔があった。
「お待ちしてました」
入福はおれの腕をつかむと、背中にしょったゼロGリュックからつきでたスティックの先にあるノズルからジェットをふかし、ドッキング・ベイの中にあるコスモシップの一つに向かって飛びはじめた。無重力の空間を、おれも一緒に飛ぶ形になる。
宇宙船は全長が、おれが通ってるジムのプールと同じぐらいで約50メートル、直径の方は約8メートルの大きさだ。重量は2000トン。ボディカラーは白銀で、巨大な直方体だった。
船体のあちらこちらから、デブリの破壊兼宇宙海賊撃退用の、小型ビーム砲が外に向かって突きだしている。その姿は、何だかハリネズミを思わせた。船体の一部に開いたハッチから、おれ達は中に入りこむ。
そして船内の中央にある操縦席へ、通路の壁に並んだいくつもの手すりを交互につかみながら、進んでいった。目的の部屋に辿りつくと、入福が操縦席へ、おれが副操縦席へ座り、安全ベルトを装着する。
「入福さんが操縦するとは、びっくりしました」
「なにぶんにも、今度の件は極秘なんでね」
入福はウィンクした。そんな仕草もさまになる。
「まさか、操縦士を雇うわけにはいかなかったよ。それに操縦と言っても、ほとんどオートマティックだしね。無論免許は持ってる。これでも若い頃は宇宙船乗りだったんだ」
入福は免許証を見せながら話す。彼の顔のホログラムが、免許証の上に浮かんだ。
「ちゃんとナノフォンは、外してきましたね」
何もはめてないおれの両腕を見ながら、彼が話した。
「気分がいいです」
おれは、答えた。
「時間に縛られる生活には、こりごりなんで。せめて今度の長期オフは、ナノフォンや時間に縛られない生活がしたいと思ってたんで、ちょうど良かった」
「それが、いいですよ。また休暇が終わったら、時間に拘束されるでしょうしね。羨ましいなあ。私も江間さん程じゃないけど、日々忙しくてね」
おれ達を乗せた白銀のスターシップは、日本時間で7月1日午後8時にドッキングベイから出発した。予定では36時間後の7月3日朝8時に、目的のコロニーに到着する。地球と月の重力が安定する場所をラグランジュ・ポイントと呼ぶが、L1からL5まで5つあるうち、『エデン』はL4に浮かぶコロニーの1つであった。
やがて目的地に近づくにつれ、宇宙に浮かぶ直径6キロ、長さ30キロの巨大な筒型のコロニーが前方に見えてきた。この大型建築物は地球と同じ重力を得るために、1分50秒で一回転する。
大きな筒の一方の端から3枚放射状に伸びるのは、巨大なミラーだ。この鏡が角度をプログラミング通り自動でその動きを変えて太陽光の調節をして、コロニー内部の空間に、朝昼夜と、季節を作りだしている。
円筒内部は軸方向に6つの区画に分かれており、交互に陸と窓の区画になっている。つまり陸の区画は3つあり、それぞれがマリン・スペース、サバンナ・スペース、ウィンター・スペースに分かれていた。
現在ウィンター・スペースは人工降雪を中止しており、スキーやスノボを楽しむのは不可能だ。なので最初の12日をマリン・スペースで、残りの十二日をサバンナ・スペースで過ごすつもりだった。
おれ達を乗せた宇宙船が『エデン』のドッキング・ベイに接続された。おれはコスモ・スーツを着こみ、背中にゼロGリュックをしょった。入福に別れを告げて、頭部をすっぽり覆ったトロード・メットを通じて、脳波でノズルを操作する。
おれが右へと念じればノズルは左にジェットを出して、おれの体を右へ動かし、左へと考えれば右の方に噴射して、おれを左へ移動させる。
「せっかくの休暇ですから、存分に楽しんでください」
トロード・メットを通じておれの脳に、入福からの通信が割りこむ。
「ここからは案内のロボット達に、わからない点があれば、色々聞いてください。日本時間で7月27日の朝8時に、また迎えにきます」
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