苦いヴァカンス

空川億里

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第6話 サバンナの風

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親父がめったに帰らないし、家に金を入れないから無理ない部分もあるのだが、売春(うり)をやって、生活していた。帰宅すると、見知らぬ男と一緒にいるのも珍しくなかったのである。お袋は覚せい剤もやっており、おれにも何度か勧めてきたが、さすがにそれは断った。
そのうちおれは帰宅するのが嫌になり、帰らない事が多くなる。お袋の方も、おれが長期間家を空けても、気にしなくなった。やがておれは、自分専用のアパートを借りるようになったのだ。
以前その部屋で住人が自殺したため借り手がなかなか現れず、家賃が格安だったから、借りられたのである。保証人は、親父と違ってまともな生活をしている、親父の弟になってもらった。
風呂はなく、トイレは共同だったけど、それでもクズのような両親から解放されて、幸せな気分になったのを覚えている。いずれもおれが、有名人になる前の話だ。そんなわけで、仮に二人が生きていても、一緒にここへ来るつもりは絶対なかった。
両親は、おれが何をしていても、何もしなくても、喜ばないような人間なのだ。子供時代からの友人達とも、忙しさにかまけて疎遠になってしまっている。そもそもおれは、昔から友達が多かったわけじゃない。
芸能界で知りあった人達の中にも、親しい関係はできなかった。多忙なのもあるが、元々おれは不器用で、友人を作るのは下手なのだ。
                   *
ソフィアがおれのために『エデン』で用意したホテルの部屋の呼び鈴が鳴った。インターフォンのカメラが映すホログラムが、彼の部屋に拡大される。訪問者はソフィアだった。彼女の美しい顔の映像が、室内を瞬時に満たす。
「入っていいよ。どうせ鍵もかけてないし」
「わかりました」
 スピーカーから、ソフィアの返答が流れでる。ドアが開いた。女性型パースノイドが姿を現す。彼女は人間とセックスするのも可能だったが、おれはしてないし、するつもりもなかった。
人間の女と同じかそれ以上にいいという話を聞くが、どうも心理的にパースノイドとエッチする気になれないのだ。それに女に困ってるわけでもない。
「今日は一体どうしたの」
「そろそろ十二日たつので、サバンナ・スペースへのご案内にあがりました」
「そういや、そうだ。確かに昼と夜がそれぞれ十二回ずつ来たからね」
時計もカレンダーも部屋にはないが、さすがに念のため自分がここを訪れてから、何回昼と夜が来たかはカウントしていた。
「ここに富永様が到着したのは七月三日の朝八時ですが、今ちょうど七月十四日の夜八時です。明朝八時で十二日間が経過します」
「早いもんだな」
 サバンナ・スペースには地球上では激減した動物達が放し飼いにされているのだ。カバ、ゾウ、シマウマ、ライオン、キリン、エトセトラ、エトセトラ……。それらのけだもの達を、ライフルで撃つのが今から楽しみだった。
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