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第6話 第2の殺人
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達也は探偵事務所を出て、自分のマンションに帰宅する。特に何かをする気もなくテレビのニュース番組をつけっぱなしにして、ぼんやりと画面を観ていた。アンジェラ殺しに関する新しい報道は入ってこない。
ただ灰皿の中にある、吸殻の数が増えてゆくだけだった。やがて夜が訪れる。時計の針が午後11時を回った頃、スマートホンが鳴りだした。非通知だが、念のため出る。
「春山ですが、どちら様でしょう」
「さっきは悪かったな」
額田の声だ。
「電話番号は、アンジェラのスマホから調べた」
「何の用ですか」
自分でも、声が不機嫌なのがわかった。思わずスマホに向かって、中指をつきたてる。
「アンジェラを殺した犯人がわかった」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「本当ですか」
驚愕のあまり、思わず達也はつばを飛ばした。
「一体誰です。どうしてわかったんです」
「また電話する……犯人には罪をきっちり償ってもらう」
それだけしゃべると、通話が切れた。非通知なのでかけなおせず、額田の電話を待つしかない。明日になるのか明後日になるかわからないが……。そう思うとしゃくだった。
が、彼からの電話は結局かかってこなかったのだ。それが達也が額田と話した最後の会話となってしまう。
*
それから六日が経過した。八月十九日土曜の朝、目覚めた達也はベッドに潜りこんだままテレビのスイッチをリモコンでオンにする。ニュースにチャンネルをあわせた。アンジェラが殺されて以来、神経質な程報道番組をチェックしている。
いくつかのニュースの後で、殺人事件の報道が流れた。アナウンサーの解説によれば、場所は都内の神社の敷地内を巡回中の警備員が昨夜十一時頃銃声を聞き、慌てて音がした方に走ったというものだ。
無線で他のガードマンと連絡を取りあいながら、懐中電灯で夜の雑木林を光で照らす。路上には誰もいないので、雑木林の中まで足を踏みいれた。やがて生い茂る草むらの中に、男の遺体が発見される。
第一発見者の警備員が腕時計で確認すると、ちょうど八月十八日金曜の午後十一時二十分だった。トランシーバーで防災センターに連絡し、そこから警察に通報される。遺体の身元は達也の知ってる人物だ。アンジェラの『夫』の額田である。
*
翌日八月十九日土曜朝。刑事の津本は部下の運転する車で、アンジェラが撃たれたのと同じ拳銃で殺された額田が勤務していた運送会社に向かっていた。この会社を訪れるのはアンジェラが殺された時以来だ。
あの時は疑わしい人物の一人に、夫の額田が混じっていた。まさか彼が殺されるとは……。会社に到着したのは、朝九時を過ぎたところだ。遺体の主が額田なのは、すぐわかった。
アンジェラが殺された時津本自身が、額田に話を聞きに行ったからである。今日は土曜だが会社には、運転手達が何人もいた。額田も月曜から土曜まで働いていたと話していたのを思いだす。社長の家崎も出勤していた。彼に話して会議室を借り、従業員を一人ずつ呼びだしてゆく。
『犯人に心あたりはないか』『最近額田の言動におかしな点はなかったか』そんな質問を、一人一人にぶつけていった。
「そういえば、殺人と無関係かもしれないけど……」
そんなふうに切りだしたのは、額田と同じ四十歳の久間(ひさま)という男だ。年齢が同じなのもあり、亡くなった額田と親しかった男だ。泣きはらしたらしく目が潤んで充血しており、涙の跡が頬を流れていた。
アンジェラ殺しの件でここに来た時も津本は会っている。その時点で額田と親しいと聞いていたので、代田橋のアパートに招かれた経験があるか聞いたら、なぜか向こうが嫌がって、一度も訪問してないと話していた。
その時津本の脳裏に『偽装婚』という文字が浮かんだが、それでパクるには、証拠が不足していたのだ。
「どんな些細な引っかかりでも構いません。一見無関係に思える話が、事件解明のきっかけになる時もありますから」
津本は自分の作った笑顔と声色が、相手を安心させる口調になっているか注意しながら、そう話した。
「実はこないだの月曜、出社してきた額田が妙に機嫌がいいのでどうしたか聞いたら、近々大金が入るような話をしてたんです」
久間は、ぽつり、ぽつりとしゃべりはじめた。
「宝くじでも当てたのかと聞いたんですが、そういったギャンブル関係じゃないと否定してました。金曜の夜、つまり昨晩大金が入るんで、土曜の今晩寿司を奢るって言われたんです」
「どういう理由でお金が入るとか聞いてませんか」
「聞いてないです」
「金額もですか」
「大金としか聞いてないです……今週あいつ、月曜から金曜まで終始頬がゆるみっぱなしで、あんな嬉しそうな顔を見たのは初めてですね」
「今まで額田さんに、寿司じゃなくてもいいですが奢ってもらった時はありますか」
「なかったです。『金がない』が口癖でした。給料入ってもすぐギャンブルとか、風俗とかに散財してましたから」
*
八月十九日土曜の朝から昼過ぎにかけ、寝巻きのままで達也が明治神宮での殺人事件を報道してるニュースをずっとチャンネルを変えて観ていると、チャイムが鳴った。
彼は恐る恐るインターホンのモニターを観る。四角く切られた画面には、日曜に来訪した津本と、もう一人の若い刑事の姿が映った。玄関まで行き、こないだと同様室内に入れた。
「こんな時間なのに、パジャマですいません」
二人の刑事と向かいあってソファーにかけながら、非礼をわびる。壁の時計は昼の十二時を過ぎていた。アンジェラが亡くなる以前は早朝から一緒にゴルフに行った時もあるのに、最近はすっかりそんな意識も失せ、だらだらと休日を過ごしがちだった。
「いえいえ、土曜ですからね」
津本は、作り笑いを浮かべた。
「ニュースは観ました?」
「アンジェラのご主人が亡くなった件ですね」
「そうです。使われた銃弾を調べたところ、アンジェラさんの殺害に使用されたのと同じ拳銃から撃たれた物と判明しました。額田さんは背中から撃たれてたし、現場には今回も凶器がなく、額田さんの左右の手から硝煙反応が出なかったので、自殺ではありません」
「アンジェラを殺したのと同じ奴の犯行ですね」
「我々は、そう見てます」
「ぼくを疑ってるなら、今回もアリバイはありません。こないだもそうですが、土曜なんで、ここで一人で寝てました。こんなんだったら、雀荘にでも行くんだったな」
冗談を言ったつもりだが、場合が場合だけに、自分でも声がひきつっているのがわかる。
「暴力団のしわざじゃないんですか。アメリカじゃあるまいし、ぼくみたいな一般人が簡単にピストル買ったりできないですよ」
「それは、わかります。警察も因果な商売でしてね。例え薄くとも可能性があれば、一つずつ当たってかないとならんのです。話変わりますが、あなたのお母様は、春山佳代子さんですね。料理研究家の」
「そうですけど」
「やはり、そうですか。どこか面立ちが似てるんで、そうじゃないかと思って春山先生の近辺も調べたんですが。いや、うちの女房が先生のファンで、家にいる時はよく先生の番組を観てましてね……今年の五月、あなたがフィリピン人と思われる女性を、先生の住んでらっしゃる松涛のご実家まで連れていったのを見たと、近所の複数の方が証言されてますが、その女性がアンジェラさんだったんじゃないんですか」
どう答えたらいいだろうか。一瞬達也は躊躇したが、否定して後でばれると、痛くもない腹を探られると思い、素直に相手の言葉を認めた。
「ええ、そうです。アンジェラが額田さんと別れてぼくと一緒になると誓ってくれたので、お袋に紹介したんです」
「つまりあなたは、アンジェラさんと不倫関係だったんですね」
「そうです……お恥ずかしい話ですけど。アンジェラは、もうすぐ離婚すると話してました。それもあって気が早いけど、お袋に紹介したんです」
「アンジェラさんを紹介した時、お母様の反応はいかがでした。結婚に賛成でしたか」
「反対でした。外国人との結婚に不安を感じてたみたいです」
「実は、お母様の家にもすでに行きましてね。先生の方は、結婚に反対してないとおっしゃってました」
「世間体を気にする人だから、嘘をついたんです。自分が差別主義者だと思われたくないんでしょう」
「ちなみにお気を悪くされたら申し訳ないですが、お母様にもアリバイはありませんでした」
「母を疑ってるんですか」
思わず達也は笑ってしまった。
「お袋に人は殺せませんよ。そんな度胸のない小心者です。ゴキブリを殺すのもできないような人です」
ただ灰皿の中にある、吸殻の数が増えてゆくだけだった。やがて夜が訪れる。時計の針が午後11時を回った頃、スマートホンが鳴りだした。非通知だが、念のため出る。
「春山ですが、どちら様でしょう」
「さっきは悪かったな」
額田の声だ。
「電話番号は、アンジェラのスマホから調べた」
「何の用ですか」
自分でも、声が不機嫌なのがわかった。思わずスマホに向かって、中指をつきたてる。
「アンジェラを殺した犯人がわかった」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「本当ですか」
驚愕のあまり、思わず達也はつばを飛ばした。
「一体誰です。どうしてわかったんです」
「また電話する……犯人には罪をきっちり償ってもらう」
それだけしゃべると、通話が切れた。非通知なのでかけなおせず、額田の電話を待つしかない。明日になるのか明後日になるかわからないが……。そう思うとしゃくだった。
が、彼からの電話は結局かかってこなかったのだ。それが達也が額田と話した最後の会話となってしまう。
*
それから六日が経過した。八月十九日土曜の朝、目覚めた達也はベッドに潜りこんだままテレビのスイッチをリモコンでオンにする。ニュースにチャンネルをあわせた。アンジェラが殺されて以来、神経質な程報道番組をチェックしている。
いくつかのニュースの後で、殺人事件の報道が流れた。アナウンサーの解説によれば、場所は都内の神社の敷地内を巡回中の警備員が昨夜十一時頃銃声を聞き、慌てて音がした方に走ったというものだ。
無線で他のガードマンと連絡を取りあいながら、懐中電灯で夜の雑木林を光で照らす。路上には誰もいないので、雑木林の中まで足を踏みいれた。やがて生い茂る草むらの中に、男の遺体が発見される。
第一発見者の警備員が腕時計で確認すると、ちょうど八月十八日金曜の午後十一時二十分だった。トランシーバーで防災センターに連絡し、そこから警察に通報される。遺体の身元は達也の知ってる人物だ。アンジェラの『夫』の額田である。
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翌日八月十九日土曜朝。刑事の津本は部下の運転する車で、アンジェラが撃たれたのと同じ拳銃で殺された額田が勤務していた運送会社に向かっていた。この会社を訪れるのはアンジェラが殺された時以来だ。
あの時は疑わしい人物の一人に、夫の額田が混じっていた。まさか彼が殺されるとは……。会社に到着したのは、朝九時を過ぎたところだ。遺体の主が額田なのは、すぐわかった。
アンジェラが殺された時津本自身が、額田に話を聞きに行ったからである。今日は土曜だが会社には、運転手達が何人もいた。額田も月曜から土曜まで働いていたと話していたのを思いだす。社長の家崎も出勤していた。彼に話して会議室を借り、従業員を一人ずつ呼びだしてゆく。
『犯人に心あたりはないか』『最近額田の言動におかしな点はなかったか』そんな質問を、一人一人にぶつけていった。
「そういえば、殺人と無関係かもしれないけど……」
そんなふうに切りだしたのは、額田と同じ四十歳の久間(ひさま)という男だ。年齢が同じなのもあり、亡くなった額田と親しかった男だ。泣きはらしたらしく目が潤んで充血しており、涙の跡が頬を流れていた。
アンジェラ殺しの件でここに来た時も津本は会っている。その時点で額田と親しいと聞いていたので、代田橋のアパートに招かれた経験があるか聞いたら、なぜか向こうが嫌がって、一度も訪問してないと話していた。
その時津本の脳裏に『偽装婚』という文字が浮かんだが、それでパクるには、証拠が不足していたのだ。
「どんな些細な引っかかりでも構いません。一見無関係に思える話が、事件解明のきっかけになる時もありますから」
津本は自分の作った笑顔と声色が、相手を安心させる口調になっているか注意しながら、そう話した。
「実はこないだの月曜、出社してきた額田が妙に機嫌がいいのでどうしたか聞いたら、近々大金が入るような話をしてたんです」
久間は、ぽつり、ぽつりとしゃべりはじめた。
「宝くじでも当てたのかと聞いたんですが、そういったギャンブル関係じゃないと否定してました。金曜の夜、つまり昨晩大金が入るんで、土曜の今晩寿司を奢るって言われたんです」
「どういう理由でお金が入るとか聞いてませんか」
「聞いてないです」
「金額もですか」
「大金としか聞いてないです……今週あいつ、月曜から金曜まで終始頬がゆるみっぱなしで、あんな嬉しそうな顔を見たのは初めてですね」
「今まで額田さんに、寿司じゃなくてもいいですが奢ってもらった時はありますか」
「なかったです。『金がない』が口癖でした。給料入ってもすぐギャンブルとか、風俗とかに散財してましたから」
*
八月十九日土曜の朝から昼過ぎにかけ、寝巻きのままで達也が明治神宮での殺人事件を報道してるニュースをずっとチャンネルを変えて観ていると、チャイムが鳴った。
彼は恐る恐るインターホンのモニターを観る。四角く切られた画面には、日曜に来訪した津本と、もう一人の若い刑事の姿が映った。玄関まで行き、こないだと同様室内に入れた。
「こんな時間なのに、パジャマですいません」
二人の刑事と向かいあってソファーにかけながら、非礼をわびる。壁の時計は昼の十二時を過ぎていた。アンジェラが亡くなる以前は早朝から一緒にゴルフに行った時もあるのに、最近はすっかりそんな意識も失せ、だらだらと休日を過ごしがちだった。
「いえいえ、土曜ですからね」
津本は、作り笑いを浮かべた。
「ニュースは観ました?」
「アンジェラのご主人が亡くなった件ですね」
「そうです。使われた銃弾を調べたところ、アンジェラさんの殺害に使用されたのと同じ拳銃から撃たれた物と判明しました。額田さんは背中から撃たれてたし、現場には今回も凶器がなく、額田さんの左右の手から硝煙反応が出なかったので、自殺ではありません」
「アンジェラを殺したのと同じ奴の犯行ですね」
「我々は、そう見てます」
「ぼくを疑ってるなら、今回もアリバイはありません。こないだもそうですが、土曜なんで、ここで一人で寝てました。こんなんだったら、雀荘にでも行くんだったな」
冗談を言ったつもりだが、場合が場合だけに、自分でも声がひきつっているのがわかる。
「暴力団のしわざじゃないんですか。アメリカじゃあるまいし、ぼくみたいな一般人が簡単にピストル買ったりできないですよ」
「それは、わかります。警察も因果な商売でしてね。例え薄くとも可能性があれば、一つずつ当たってかないとならんのです。話変わりますが、あなたのお母様は、春山佳代子さんですね。料理研究家の」
「そうですけど」
「やはり、そうですか。どこか面立ちが似てるんで、そうじゃないかと思って春山先生の近辺も調べたんですが。いや、うちの女房が先生のファンで、家にいる時はよく先生の番組を観てましてね……今年の五月、あなたがフィリピン人と思われる女性を、先生の住んでらっしゃる松涛のご実家まで連れていったのを見たと、近所の複数の方が証言されてますが、その女性がアンジェラさんだったんじゃないんですか」
どう答えたらいいだろうか。一瞬達也は躊躇したが、否定して後でばれると、痛くもない腹を探られると思い、素直に相手の言葉を認めた。
「ええ、そうです。アンジェラが額田さんと別れてぼくと一緒になると誓ってくれたので、お袋に紹介したんです」
「つまりあなたは、アンジェラさんと不倫関係だったんですね」
「そうです……お恥ずかしい話ですけど。アンジェラは、もうすぐ離婚すると話してました。それもあって気が早いけど、お袋に紹介したんです」
「アンジェラさんを紹介した時、お母様の反応はいかがでした。結婚に賛成でしたか」
「反対でした。外国人との結婚に不安を感じてたみたいです」
「実は、お母様の家にもすでに行きましてね。先生の方は、結婚に反対してないとおっしゃってました」
「世間体を気にする人だから、嘘をついたんです。自分が差別主義者だと思われたくないんでしょう」
「ちなみにお気を悪くされたら申し訳ないですが、お母様にもアリバイはありませんでした」
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