スーサイド・ツアー

空川億里

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第5話 ある計画

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「それは、私にもわかりません」
 苦笑と共に、案内役の宇沢が答える。
「この建物を建てた方の趣味なんでしょう」
「建てたのは、どんな方なんですか?」
 一美は、さらに畳みかけた。
「私も、よく知らないのです。私としてはそれなりのお金をもらっていますし、その代わり余計な詮索をしないよう釘を刺されています」
 一行は、橋の上を歩いて渡った。橋は幅2メートルぐらいある。両脇に手すりがあった。
 池の中は水草や藻が密集しており、底が見えない。時折鯉が泳いでいるのが目に入る。
 やがて建物の入口まで来た。入口はスライド式の手動ドアになっており、施錠はされておらず、宇沢が手で開けた。
 ドアの左右の黒い外壁に、凹みが2列ずつ1階から最上階まで続いている。凹みはベランダのすぐ脇にあった。
「この凹みはなんですか?」
 一美が聞いた。
「非常階段代わりです。非常時にはベランダから、この凹みを伝って逃げられます。もっともみなさんは死ぬつもりだから、必要ではないでしょう」
 宇沢が答える。説明されてみれば凹みの大きさと深さは、手や足を乗せるのにちょうど良い。ビルと橋の間には隙間があった。
 隙間と言っても1センチぐらいだが。
「橋は後で取りつけたので隙間があると聞いてます。この島の持ち主は、かなりの資産家だそうですが、変わり者みたいです。最初は堀を作る予定がなかったのに、突然ビルを作った後で、周囲に池がほしいとか言い出したそうです。何でもどこだかの有名な占い師に、池を作った方が良いとアドバイスされたそうですね。それで慌てて、橋をつけたしたみたいです」
 宇沢は、隙間に気づいた一美に向けて解説する。9人は、中に入った。
 1階に大広間があり、全員がそこにあったテーブルの周囲に座る。
「簡単に自己紹介をしていきましょう。とは言っても、みなさん自分達の話はしたくないでしょうから、呼んでほしい名前を名乗るだけにしましょう。私は、案内役の宇沢です」
「井村です」
 チャラ男が名乗った。
「恋人を亡くしたのもあって、自殺を選ぶのを決意しました」
(本当かよ⁉︎)
 心の中で、一美が突っ込む。
「倉橋です」
 サングラスの女が名乗る。一美は倉橋をどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。
 黒眼鏡で隠しているが、多分かなりの美人だと感じる。普通の女性にはないオーラが放たれていた。
「鶴岡です」
 ボブヘアーの、鶴岡理亜が自己紹介した。可愛らしい女性だが、やせすぎだ。骨と皮がくっつきそうな勢いだった。
 拒食症なのかもしれない。
「那須一美です」
 一美も自分の名前を述べる。自分が自殺願望があると見えるように、声を落とした。
「日々野です」
 銀縁メガネの男がそう口にした。この男もどこかで見た記憶があるが、思い出せない。
「竹原礼央(たけはら れお)です」
 白いメガネにひげの男が、言葉を発する。
「こちらが妻の竹原美優(みゆ)です」
 竹原礼央は、隣の女性を指ししめした。美優は、小さくうなずいてみせる。名字が同じなので、多分夫婦らしい。
「妹尾(せのお)です」
 この中で1番若いであろう男子高校生が聞き取れるか、聞き取れないかわからぬような小声でつぶやく。
「これで全員自己紹介が終わりました。このビルは1階から最上階の8階まで各階に1つずつ部屋があります。メールですでにお伝えしましたが、皆様1人1人に1部屋ずつ割り当てます。ただし竹原さん夫妻は、同じ部屋を使っていただきます」
 宇沢が今後について、ガイダンスを始める。
「8階の部屋は空き室とします。それでは、鍵をお渡しします」
 渡された部屋の鍵にはキーホルダーがついており、それぞれの階数が書いてある。
「8階の個室は施錠したままにしておきます。大広間は開錠のままにしますので、24時間いつ出入りしていただいても大丈夫です」
 部屋の振り分けは1階が竹原夫妻、2階がボブヘアーの鶴岡理亜、3階が倉橋とかいうサングラスの女、4階が一美、5階が高校生の妹尾、6階が銀縁メガネの日々野、7階がチャラ男の井村と決まった。
 ビルにはエレベーターが1つだけあり、1階から8階まで行けるようになっている。
「今日が月曜ですが、私はこの後来た船に乗って、沖縄本島に戻ります。1週間後の、来週の月曜日の昼12時頃またここへ来て、希望の方には全員に薬物を注射します。その時点で、やはり生き直そうと考えた方はおっしゃってください。その方は、私と一緒に帰りましょう」
 壁の時計は、ちょうど昼の12時をさしている。そこにいた宇沢以外の8人が、全員自分の部屋に向かった。
 エレベーターを使用するのが面倒なので、一美は4階まで駆け上がる。
 中には寝心地の良さそうな、一目で高級品とわかるベッドがあった。
 中は広く、まるで都心の一等地のホテルのようだ。トイレとバスルームもある。
 照明は、シャンデリアだ。カーテンを開けたアルミサッシの向こうには、常夏の太陽に照らされた白い砂浜が見えた。 
 こんな部屋で最後の日々を過ごせるなら、ここで死ぬのも悪くないと感じられる。
 が、一美はここで自死を選択する気はない。彼女には、ある計画があったから。
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