消えた科学者

空川億里

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第9話 次期副所長

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 津釜が調査中、応接室で菜摘は石崎を出迎えた。メガネの奥の聡明な目が、緊張している。
「お忙しいのに、すいません」
 菜摘は言葉を切り出した。
「あなた、警察じゃないですよね。及能先生に言われたから来たけどさ」
 石崎の言葉は、南極よりも冷ややかだ。
「私なりに失踪した岩永先生を探したいとの思いからです。石崎先生は、岩永先生の事は心配じゃないんですか?」
「そりゃあもちろん心配ですよ」
 口ではそう表現したが、全く気持ちがこもっていない。
「石崎先生は、主任ですよね。ロボットセンターのナンバー3ですね。及能先生退任後は、岩永先生が所長になり、石崎先生が副所長になる」
「そうですよ。そして主任は、先日あなたも会った守屋になります。ロボットセンターが本格稼働した暁には、全国の大学や企業からたくさんの研究者が集まり、岩永先生を頂点に日本の未来を動かしていく事になります」
 誇らしげに、石崎が語る。
「アメリカや中国にも負けない物を作り、技術大国の復活を目指します。オジサン達がダメにしたこの日本を、僕のような若い世代が変えていくんです。春野さん、あなただって、そう思うでしょう。日本は高齢化社会になり、いつまでも老人が高い地位に居座って、僕や春野さんのような若者には生きづらい社会になったと思うんです。こんな世の中を変えて、僕らにも生きやすい国にしないと」



 津釜は金網の向こうに小さな建物があるのに気づく。ロボットセンターの敷地内にあるのだが、そこだけ周囲をさらに金網に囲まれていた。
 津釜はその画像もスマホで撮影する。そして念のためロボットセンター通りを駅まで歩いたが、金網の他の部分に異常はない。
 それを確認した後で、津釜は再びロボットセンターの出入り口に戻った。そこの警備ボックスには先程のガードマンの棟方がいる。
「ロボットセンターって敷地内に金網に囲まれた別棟があるんですね。あそこも巡回されてるんですか?」
 棟方に、津釜は聞いた。
「いや、してない。むしろ止められてるんでね。何でも重要な書類があるらしいね。所長と副所長のカードじゃないと入れない」
「ありがとうございます」
「僕がしゃべったって言わないでほしいんだけど」
 話しすぎたと感じたらしく、棟方はバツの悪そうな顔になる。
「もちろんです。ご協力ありがとうございます」
「正直岩永さんの事あまり好きじゃなかったけど、だからといって拉致されていいって事にはならないからね。無事で早く帰ってほしいよ」
「確かに、それはそうですね」
「それとも自分から何もかも嫌になって逃げ出したのかな? いや、それはないだろうなあ。そんなタマには見えなかったし。次期所長が決まったばかりで嬉しそうだったから」
 その後津釜はロボットセンターの建物に入り応接室に向かう。中から菜摘と石崎の話し声が耳に入った。
 会話が途切れたのを見計らって、津釜は強めにノックする。しばらくすると誰か中からドアに接近する気配がした。
 やがてゆっくりと静かに扉が開き、菜摘が顔を覗かせる。津釜は廊下に手招きする。
 察した菜摘は部屋を出て『少々お待ちください』と、室内に声をかけた後、ドアを閉めた。 
 津釜はボディランゲージで菜摘を部屋から離れた場所へ誘導するとひそひそ声で、自分が発見したあれやこれやを解説する。
「わかった。ありがとう。ちょうどいいから石崎さんにぶつけてみる」
 菜摘は人を惹きつける笑顔で答えた。いや、彼女に惹かれているのは、津釜が1番かもしれないが。
「春野さん本当は社会部に行きたかったんじゃないですか?」
 自分でも唐突に感じたが、津釜はそう突っ込んだ。
「社会部じゃなかったら、事件に興味持っちゃいけないの?」
 菜摘は頬を膨らませ、可愛く口を尖らせる。



 菜摘は応接室に戻ると、早速津釜から受けとった情報をぶつけてみる。ただし警備員から話を聞いたのは、伏せた。
「確かに別棟はありますね」
「別棟には、誰でも入れるんでしょうか?」
「入れません。所長と副所長だけがカードに権限がついてます。普通の鍵でも開けられますが、やはり持ってるのはこの2人です。僕は及能さんの引退後に岩永さんの後任として副所長になりますが、現時点では鍵ももらってませんしカードに権限もありません」
「可能なら別棟に入った履歴を調べたいのですが」
「冗談じゃない! あんた警察じゃないだろう!?」
 怒髪天を突く勢いで、石崎が怒鳴る。
「それではこの件を警察に通報しましょうか?」
「僕を脅迫してるのか!?」
「違います。真実に辿りつきたいだけです」
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