最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

愛鶴ソウ

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第二章 地獄編

58話 クロトvsアグリア

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「ッ……!」


 俺は想定外の痛みに膝を付く。アグリアは素早く俺のそばを離れ、こっちを警戒している。
 俺は痛みのひどい右脇腹に手を当てると赤い血がべっとりと付いた。血は止まるどころかどんどん溢れ出し服を染める。今まで傷を負う事は多くあったが、こんなに血の出る傷は久しぶりだ。鮮明な程に痛みが体中に巡る。
 急な出血に頭がフラフラするが、まだ倒れるのは早いと奮い起こす。
 しかし、一体何の能力だ。握り拳が当ったと思ったら激痛を伴う出血。ちらっとアグリアを見ると両手にナイフを持っている。さっきまで持ってなかったナイフ。さっきは完全に姿が消え、気配を消した。


「そうか! お前の能力……」


 顔を上げるとまたアグリアは消えていた。俺の予想が正しければまだこの周辺に居るはず。





「なぁグレイド」

「はい」

「その目の傷は誰にやられたんだ?」


 地獄での修業期間中。俺は一度だけグレイドの目に付いている大きな切り傷を聞いたことがある。会った当時から印象的で気になっていた。だいぶ古傷にも見えるが、グレイドの実力ならばそんな深手を簡単に負うとは思えない。


「あぁ、これですか。これは自分で塞いだのです」

「自分で? なんの意味があるんだ?」

「ヒトはどうしても目を頼ってしまいます。ですから目を閉じる事で感覚を研ぎ澄ますのです」

「へぇ! それ、俺にも教えてくれよ。流石に目を塞ぐ覚悟は無いけど、感覚を研ぎ澄ます方法は聞いてみたい」

「わかりました。ではまず…………」





 あの修行を思い出せ。
 俺は目を閉じ、ゆっくり深呼吸する。全集中力を耳へ。耳を研ぎ澄まし、“音”を聴く。
 近くでエヴァやレオの戦う音や息遣いが聞こえてくる。村人の寝息。遠くで鳥が羽ばたく音、魔物の息遣い。
 聴こえる。近くの森の木々が風で揺れる音まで聞こえてくる。そんなに広範囲の気配を探る必要は無い。もっと狭い範囲で、アグリアの気配を掴む。
 藁が風で揺れる音。金属のぶつかる音。氷が凝固する独特な音。息遣い。……聴こえた。息遣いが。一つだけ、すぐ近くで。


 呼吸から全てを聴き取る。
 アグリアは今俺の三メートル後ろで両手にナイフを握って立っている。俺がじっとしてるから警戒してるんだな。聴こえる。お前の“警戒の音”。
 アグリアが藁の屋根をグッと踏み込み、ナイフを逆手に振り上げる。
 今だ……!
 俺は目を開け、すぐさま振り返ってアグリアの右手目掛けてシュデュンヤーを振り上げる。金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。


「なに……?」


 俺が聴いた通り、そこにはアグリアがいた。持っていたナイフが吹き飛び、アグリアの動きが止まる。まさか動きを見切られるとは思ってなかったんだろう。目を見開いてかなり動揺している。


「やっぱりな。お前の能力は何らかの術で透過することだ。しかも自分の持っている物や体の一部分だけの透過も可能。自分の持った武器だけを透過させるなんて器用な事まで出来る高等魔術だ」

「ふん……よく見破ったわね。初めてよ、これを見破ったのは……もどうやって見切ったのかしら?」

「音を聞いただけだ。呼吸は全てを教えてくれる。今度からは透過中は息を止めてみるんだな」

「ふん、それはそれは……アドバイスどうもッ!!」


 アグリアが再び踏み込もうと片足に重心をかける。
 が、それよりも早くシュデュンヤーを振り、逆の手に持っていたナイフをはたき落とす。


「く……」


〈黒帝流 具現狼落とし〉


 シュデュンヤーに獄気を纏い狼を具現する。
 そのままシュデュンヤーを振り下ろしアグリアに当たる頭数センチ上の所で止める。具現化された狼が口を開けアグリアを威嚇する。
 振り下ろした勢いでかなり風が吹き抜ける。本来なら独自に動く獄気の狼と剣劇の二段構えの技だが、今回は寸止め。
 だが自分よりも大きな狼の顔が威嚇してきたらかなりの衝撃だろう。その証拠にアグリアはそのまま気を失って白目を向いて倒れる。


「勝負ありだな」


 アグリアの持つ術はかなり厄介だったが、やはり練度が高いわけではなさそうだ。結局、寸止めで気絶する程度。


「おーい、クロトー! こっちは終わったよー!」


 エヴァの声で下の戦場に目をやると、盗賊団は残らず気絶しており、ラディも氷に包まれたまま白目を向いていた。俺達の完全勝利だ。
 地獄での修業は確実に俺達を強くしてくれた。そう実感させてくれる戦いだった。





 ユーノ盗賊団を倒した俺達は、事情を説明してもらうために村の広場に盗賊達を集め、まとめて捕えていた。
 レオに見張りを頼み、俺はアグリアから受けた傷の具合を診てもらっている。


「結構深いよ。ジェームズさんが傷薬とかしっかり用意してくれてたから良かったけど……やっぱり医学に精通した人や癒術を使える人が居ないとこういう時困るね」


 エヴァは俺の腰に包帯を巻きながら眉をひそめる。


「ああ、そうだな。でもエヴァも医学に精通してるんだろ?」

「私のはかじっただけだよ。応急処置が出来るぐらいで、本職の人には勝てない。そもそもどれだけ医療知識があっても癒術も無し、薬も無い今の状況じゃ出来る事なんて大差ないよ」


 ジェームズが用意してくれたのは傷薬と包帯。無いよりはもちろん良いが、怪我をした時にこれだけじゃ、まともな応急処置すら出来ないか。これから戦いが激化するとして、毎回傷薬と包帯だけで凌ぎ切るのは正直不可能だろうな。
 なるべく早く聖属性を持つ仲間を増やすべきか。


「とにかく!! しばらく安静だね。この村でゆっくり休もう」

「ああ。レオの方も気になる。そろそろ行こう」

「うん!」





 俺達は傷の手当と休息を済ませ、アルテ・ロイテの家に来ていた。


「大変申し訳ありませんでしたっ……!!」


 アルテ・ロイテは俺達が入ると同時に両手と膝を地面に着け、頭を下げる。たしか東洋に伝わる文化の一つで土下座って言ったかな。


「事情はだいたいわかってるつもりだ。謝る必要はない」

「し、しかし、私は……」

「村を守る為にはそうするしか無かったんだろ? そもそも俺達は生きてるし、あんたらも生きてる。一先ずはそれで良いという事にしよう」


 三年前の俺なら……と言いかけて、その言葉は飲み込む。力の無い者には、どうしても大事なものを捨てなきゃいけない時もある。それは理解しているつもりだし、自分で捨てたわけじゃないのに、失ってる時もある。
 もう捨てなくていいように、全てを自分の力で解決出来るように修行したわけだし、それは俺の選択で、この村に強要する事じゃない。


「あんたらを責めてもしょうがないしな。でも、もし次同じような事になったらその時は俺達を頼ってくれ。その方がずっと良い」

「あ、ありがとうございます……!」


 再びアルテ・ロイテは頭を下げる。
 事実、別に大して気にしてはいない。コイツらにだって守らないといけないものはあるし、俺の仲間も無事だった。そりゃ多少ムッとはしたが、結局俺達の今の実力を見るにはいい機会だったし。ここは水に流すとしよう。
 その後、俺とエヴァはアルテ・ロイテの家を出てレオの待つ村の広場に向かった。





「さて、お前達からも話を聞こうか」


 アグリアとラディを並べて座らせ、テンペスターを向けたまま話を聞く。


「ここ一年、二年でこの大陸はかなり変わったのよ」

「変わった?」

「ええ、あちこちで魔族による襲撃、魔物の凶暴化。盗賊界隈もかなり不安定な状態よ」


 盗賊界隈……?


「魔物の凶暴化って言ったか?」

「ふん……何も知らないのね。原因はわからないけど、各地で魔物の凶暴化が起こっているの。今まで大魔森にしか居なかったような魔物もそこら中で確認されてて、帝国もあちこちに騎士団やら兵士を派遣してるけど、まるで追いつかない」

「そうだったのか」

「三大将軍も魔族迎撃にいっぱいいっぱいで、魔物討伐にまで手が回らないみたいだし、各街の冒険者ギルドが今必死で依頼を出してるよ」


 地上に戻ってからは森に近づいていない事もあって、魔物には遭遇してなかったし、全然知らなかったな。


「盗賊界が不安定ってのは?」

「ふん……関係ないお前らに話すような事じゃないんだけどね。三年前、ミネルヴァ盗賊団というこの大陸でも最強と言われていた盗賊団が壊滅した。誰がやったとかはわからないけど、そのせいで大きく盗賊界の勢力図が変わったの」

「ミネルヴァ盗賊団……三年前か」

「知ってるの?」

「いや、続けてくれ」


 三年前、たしかクリュを取り戻す為に一つの盗賊団と戦った。まさかあの盗賊団がミネルヴァ盗賊団ってわけではないよな……


「私達ユーノ盗賊団とミネルヴァ盗賊団は姉妹盗賊団として共存していたんだけど、中には今までミネルヴァ盗賊団の抑止力で勢力を拡大出来なかった盗賊団も居るのよ。ミネルヴァ盗賊団がいなくなったのをいい事にそいつらが暴れだした。そのせいで勢力図が大きく変わって、縄張りにしていた場所を追い出された盗賊団が山ほど出て来た。で、別の場所に移動した盗賊団と、元々そこを縄張りにしていた盗賊団の間で抗争が起きたりして、今じゃ略奪もそう簡単には出来ないのよ」

「なるほどな。盗賊界にも色々あるんだな」

「まぁね。その中でも特に強いのはウェヌス盗賊団」

「ウェヌス盗賊団?」

「ええ、私達と滅んだミネルヴァ盗賊団が姉妹盗賊団だとは話したでしょ。実は姉妹は姉妹でも三姉妹なの」

「三姉妹? なるほど……そのもう一つの姉妹が」

「ウェヌス盗賊団。ミネルヴァ盗賊団が壊滅してから急激に成長し、今では大陸で一番の勢力を誇る盗賊団よ。配下の盗賊団も多いし、南に行く事があれば気をつけたほうがいいわ」

「わかった。いい話を聞けたよ」

「ウェヌス盗賊団をたかが盗賊団と甘く見ない方がいいわよ。今じゃ国もそう簡単に手出し出来ない組織に成長してるんだから。……もういいでしょ、知ってる事は大体喋ったわ。殺すなら殺しなさい」

「殺すつもりは無い。一つ約束してくれるなら、お前達全員をここで釈放しても良いと思ってる」

「はぁ? どんなけ甘ちゃんなのよ」

「まぁ約束を守れないならそれ相応の事を考えてはいるが……」

「な、何よ、その約束って……」





 それから数日後。十分な休息と治療を取った俺達はキンミー村を出る事にした。
 腹の傷はまだ完治してないが、旅を続ける分には特に支障の無い程度まで回復している。戦闘はまだ勘弁だがな……


「旅人様ぁぁ! 本当にありがとうございました」

「ああ、これからも元気でな。アグリア、ラディ、くれぐれも頼んだぞ」

「ふん……任せておきなさい」


 アグリア達、ユーノ盗賊団にはキンミー村の警備をして貰う事にした。
 正直盗賊にこんなこと頼むのもどうかと思ったが、実力はあるし、物分りも良さそうだったから脅し半分で頼んでみようと思ったのだ。村で共同生活をするって事になれば、飢えて盗みをする必要もないし、ウェヌス盗賊団を恐れて盗賊業からは抜けたいとボヤいているのを聞いていたし、悪い選択ではないだろう。


「じゃあ、またな!」

「次会う時までにもっと強くなっておけよ」

「ばいばーい」





「クロト、次はどこに?」

「ヘレリル公爵領に向けて、もう少し北上してハングル公爵領に入る」

「ハングル公爵領かぁ……」


 ハングル公爵領……三年前に雪山合宿で登ったテリア山のある公爵だ。ハンター隊もいるはずだし、懐かしい場所だ。正確には少し違うが、あの場所での出来事が原因で俺とエヴァは帝国と決別する事になってしまった。


「でも、その前に」

「ん?」

「少し寄り道したい」

「おれは構わねぇよ。どこに行くんだ?」

「俺の故郷……リブ村に」
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