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狂戦士の退職願い ~死に場所を求める第四軍団長~
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三姉妹が「父(魔王)を売ってでも幸せをつかむ」という決意を固めていた頃。魔王城の謁見の間では、魔王ゼノンの前に、新たな火種が投げ込まれていた。
「聞きましたぞ。七百五十人の勇者……。ククク、素晴らしい。それほど多くの強者と戦える……。想像しただけで全身の血が沸騰しそうだ!」
魔王軍第四軍団長、バナード。全身に無数の古傷を刻み、身の丈を超える巨大な戦斧を肩に担いだその男は、魔王軍きっての武闘派……というより、救いようのない「戦狂い」であった。彼にとって、勝利や領土など二の次。いかに絶望的な窮地に立ち、いかに派手に散るか。それこそが彼の歪んだ美学の全てだった。
「待て、落ち着けバナード! まずは一度斧を置け!」
玉座でゼノンが必死に身を乗り出し、制止の声を上げる。
「今は和平交渉の極めて繊細な時期なのだ! 娘たちが命がけで場を整えている最中なのだから、余計な刺激はしないでくれ」
「王よ。和平などという退屈な言葉、我が耳には入りませぬ」
バナードは不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「なんだそれは?」
「このようなこともあろうとしたためておいたもの――退役願いの書です」
「退役願い? 軍団長を辞めるってこと?」
「はっ」
「キミ、さらっと何言ってんの!?」
ゼノンは目をむいた。
「軍団長ってのは、戦死するか、重過失で処刑されるかしないと辞められないのが魔族の掟だろ! 自分から辞めてフリーランスになるなんて聞いたことないぞ!」
「もう決めました。そもそも、私は生きて帰る気など毛頭ありません。今日からはただの野良モンスターとして、七百人の勇者に挑み……生の充実を得たい。受理されぬのであれば、敵前逃亡として処理していただいて構いません」
「いや、だから! 勇者たちを刺激するなと言っているんだって! お前のせいで、七百人もの勇者が一斉に、激昂してこの城に押し寄せてきたら、誰が頭を下げるんだよ! 私だぞ!」
「これまでお世話になりました、ゼノン様。貴公の行く末に、永劫の闇があらんことを……」
「いや、話聞けって! 行くなって言ってんだよ! しかも、何だよ、永劫の闇って、いらんよ、そんなおっかないもの!」
ゼノンの絶叫も虚しく、バナードは憑き物が落ちたような清々しい顔で謁見の間を去っていった。
「……終わった。あいつ、絶対に勇者を怒らせて、和平の道を力ずくでふさいでくる……。誰かある! 強い胃薬を持ってこい! なんなら毒薬でも構わんぞ!」
〇
その頃、翌朝の勇者たちのキャンプ地。そこでは、人類の希望である勇者パーティの女性陣と、魔王の娘たちという、奇妙な顔合わせの「女子会」が開催されていた。
「正直に言うけどさ、助けたくない連中だっているわけ。分かる?」
聖女セシルは、清楚な見た目に似合わない冷めた口調で、木彫りのカップを傾けた。
「まあ、一応『聖女』なんて役職を押し付けられてるから、仕事として癒すは癒すわよ。でもさ、『そのままくたばれ』って念じながら呪文を唱えることだってあるわ。『聖女』だから何でも我がまま聞いてくれるし、何しても怒らないと思っているらしくて、セクハラなんてしょっちゅうだし。正直、そっちの軍に滅ばされた方がいいんじゃないかっていう集落だってあったわよ」
セシルが急に寒気を覚えたように身を震わせると、
「講和ってことになったら本当に助かるよねー」
魔法使いの少女リンは、地面に寝転がりながらリンゴをかじった。
「だって、このまま戦っていっても、魔王城に乗り込んで魔王を討ち取る自分の姿なんて、一ミリも想像できないもん。えっ!? 勝つ気があったのかって? もちろん負けるつもりで来たわけじゃないけど……まあ、ここまで来たのは成り行きだっていうところが大きいかな」
魔王の長女リリスは、次女のエルゼと顔を見合わせて、目語した。
(こっちはこっちで大変なのね)
(二人とも話せそうなタイプですわね)
「……ところで、リリスさん」
「は、はい?」
リリスは、セシルから冷ややかな視線を送られていることに気がついた。
「本当に和睦なんてする気があるの? ぶっちゃけ、そっちに利点なんてないでしょう。魔王軍の方が圧倒的に強いんだから。何か裏があるんじゃないの?」
「裏などと……和睦は父である魔王の意図です」
「だから、その意図の中身を知りたいのよ。だって、変なタイミングじゃん。確かに、私たちはそっちの将軍的な人を何人か倒したかもしれないけど、それで屋台骨がぐらつくような組織じゃないでしょ?」
リリスはもう一度、エルゼと目を見合わせた。
(この子たちには本当のことを話した方がいいんじゃない?)
(お姉さまにお任せします)
ちなみに、三女のミーナは、ちょっと離れたところにいる男子たちのうち、テオに熱いまなざしを向けていて、話を全く聞いていない。
リリスは咳ばらいをして、
「実は――そちら側の『人員』のことで、重大な勘違いが生じておりまして……」
魔王が「五人」を「七百人以上」と勘違いをしているという滑稽な真実を告げようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
大地が激しく鳴動し、周囲の巨木が次々となぎ倒される。凄まじい殺気と共に、一人の半狂乱の男がキャンプ地に躍り出た。
「クハハハハ! 見つけたぞ! 勇者軍団よ! さあ、この私、元第四軍団長バナードを倒してみるがいい。多勢に無勢の地獄のような戦場を、私に味合わせてみろぉぉぉ!!」
狂気を孕んだ咆哮。
リリスの顔が引きつる。
「ば、バナード!? なんでアイツがここに!」
セシルが、心底疑わしそうな目でリリスを振り返った。
「……ねえ。やっぱり罠じゃない。いきなり軍団長が『倒してみるがいい』とか叫びながら、突っ込んできたんだけど。これ、どういう趣向なの?」
「お、お待ちください。これは、その、わたくしたちにもどうなっているのか……何か手違いがあったようです。わたくしたちが仕組んだことなどではありません」
リリスの必死の弁明も虚しく、戦狂いのバナードは大斧を振り上げ、たった「五人」しかいない相手に対し、一人で「七百五十人」を相手にするつもりの、絶望的に噛み合わない特攻を開始した。
「聞きましたぞ。七百五十人の勇者……。ククク、素晴らしい。それほど多くの強者と戦える……。想像しただけで全身の血が沸騰しそうだ!」
魔王軍第四軍団長、バナード。全身に無数の古傷を刻み、身の丈を超える巨大な戦斧を肩に担いだその男は、魔王軍きっての武闘派……というより、救いようのない「戦狂い」であった。彼にとって、勝利や領土など二の次。いかに絶望的な窮地に立ち、いかに派手に散るか。それこそが彼の歪んだ美学の全てだった。
「待て、落ち着けバナード! まずは一度斧を置け!」
玉座でゼノンが必死に身を乗り出し、制止の声を上げる。
「今は和平交渉の極めて繊細な時期なのだ! 娘たちが命がけで場を整えている最中なのだから、余計な刺激はしないでくれ」
「王よ。和平などという退屈な言葉、我が耳には入りませぬ」
バナードは不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「なんだそれは?」
「このようなこともあろうとしたためておいたもの――退役願いの書です」
「退役願い? 軍団長を辞めるってこと?」
「はっ」
「キミ、さらっと何言ってんの!?」
ゼノンは目をむいた。
「軍団長ってのは、戦死するか、重過失で処刑されるかしないと辞められないのが魔族の掟だろ! 自分から辞めてフリーランスになるなんて聞いたことないぞ!」
「もう決めました。そもそも、私は生きて帰る気など毛頭ありません。今日からはただの野良モンスターとして、七百人の勇者に挑み……生の充実を得たい。受理されぬのであれば、敵前逃亡として処理していただいて構いません」
「いや、だから! 勇者たちを刺激するなと言っているんだって! お前のせいで、七百人もの勇者が一斉に、激昂してこの城に押し寄せてきたら、誰が頭を下げるんだよ! 私だぞ!」
「これまでお世話になりました、ゼノン様。貴公の行く末に、永劫の闇があらんことを……」
「いや、話聞けって! 行くなって言ってんだよ! しかも、何だよ、永劫の闇って、いらんよ、そんなおっかないもの!」
ゼノンの絶叫も虚しく、バナードは憑き物が落ちたような清々しい顔で謁見の間を去っていった。
「……終わった。あいつ、絶対に勇者を怒らせて、和平の道を力ずくでふさいでくる……。誰かある! 強い胃薬を持ってこい! なんなら毒薬でも構わんぞ!」
〇
その頃、翌朝の勇者たちのキャンプ地。そこでは、人類の希望である勇者パーティの女性陣と、魔王の娘たちという、奇妙な顔合わせの「女子会」が開催されていた。
「正直に言うけどさ、助けたくない連中だっているわけ。分かる?」
聖女セシルは、清楚な見た目に似合わない冷めた口調で、木彫りのカップを傾けた。
「まあ、一応『聖女』なんて役職を押し付けられてるから、仕事として癒すは癒すわよ。でもさ、『そのままくたばれ』って念じながら呪文を唱えることだってあるわ。『聖女』だから何でも我がまま聞いてくれるし、何しても怒らないと思っているらしくて、セクハラなんてしょっちゅうだし。正直、そっちの軍に滅ばされた方がいいんじゃないかっていう集落だってあったわよ」
セシルが急に寒気を覚えたように身を震わせると、
「講和ってことになったら本当に助かるよねー」
魔法使いの少女リンは、地面に寝転がりながらリンゴをかじった。
「だって、このまま戦っていっても、魔王城に乗り込んで魔王を討ち取る自分の姿なんて、一ミリも想像できないもん。えっ!? 勝つ気があったのかって? もちろん負けるつもりで来たわけじゃないけど……まあ、ここまで来たのは成り行きだっていうところが大きいかな」
魔王の長女リリスは、次女のエルゼと顔を見合わせて、目語した。
(こっちはこっちで大変なのね)
(二人とも話せそうなタイプですわね)
「……ところで、リリスさん」
「は、はい?」
リリスは、セシルから冷ややかな視線を送られていることに気がついた。
「本当に和睦なんてする気があるの? ぶっちゃけ、そっちに利点なんてないでしょう。魔王軍の方が圧倒的に強いんだから。何か裏があるんじゃないの?」
「裏などと……和睦は父である魔王の意図です」
「だから、その意図の中身を知りたいのよ。だって、変なタイミングじゃん。確かに、私たちはそっちの将軍的な人を何人か倒したかもしれないけど、それで屋台骨がぐらつくような組織じゃないでしょ?」
リリスはもう一度、エルゼと目を見合わせた。
(この子たちには本当のことを話した方がいいんじゃない?)
(お姉さまにお任せします)
ちなみに、三女のミーナは、ちょっと離れたところにいる男子たちのうち、テオに熱いまなざしを向けていて、話を全く聞いていない。
リリスは咳ばらいをして、
「実は――そちら側の『人員』のことで、重大な勘違いが生じておりまして……」
魔王が「五人」を「七百人以上」と勘違いをしているという滑稽な真実を告げようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
大地が激しく鳴動し、周囲の巨木が次々となぎ倒される。凄まじい殺気と共に、一人の半狂乱の男がキャンプ地に躍り出た。
「クハハハハ! 見つけたぞ! 勇者軍団よ! さあ、この私、元第四軍団長バナードを倒してみるがいい。多勢に無勢の地獄のような戦場を、私に味合わせてみろぉぉぉ!!」
狂気を孕んだ咆哮。
リリスの顔が引きつる。
「ば、バナード!? なんでアイツがここに!」
セシルが、心底疑わしそうな目でリリスを振り返った。
「……ねえ。やっぱり罠じゃない。いきなり軍団長が『倒してみるがいい』とか叫びながら、突っ込んできたんだけど。これ、どういう趣向なの?」
「お、お待ちください。これは、その、わたくしたちにもどうなっているのか……何か手違いがあったようです。わたくしたちが仕組んだことなどではありません」
リリスの必死の弁明も虚しく、戦狂いのバナードは大斧を振り上げ、たった「五人」しかいない相手に対し、一人で「七百五十人」を相手にするつもりの、絶望的に噛み合わない特攻を開始した。
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