5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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忠誠の防壁、そして呪いの発動。――崩れ落ちる戦女神。

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「『死の呪術』とか言っても大したことないわね。こんなものをわざわざ研究していたなんて本当ヒマね」

 ガートルードが、呪いの侵食による激痛を裂帛の気合いでねじ伏せ、地を蹴った。彼女が踏み込んだ瞬間に石畳は粉砕され、絶対零度の冷気が爆風となってエリアスを襲う。

「死に損ないは、きちんと死ね! 『虚空の檻』!」

 エリアスは編み込んだ魔法を解放した。ガートルードの周囲の空間が歪み、全方位から目に見えない断絶の壁が迫る。並の魔族であれば、その場で肉体ごと空間の隙間に圧殺される絶技だ。

 だが、ガートルードはその「空間の歪み」を、真っ向から拳で殴りつけた。

――パキィィィン!!

 空間そのものが結氷し、ガラス細工のように砕け散る。 

 舌打ちしたエリアスは、即座に後退しながら、次々と呪文を編み上げる。

 その指先から、重力波と空間の刃が雨あられと放たれた。しかし、ガートルードはその猛攻の中を、まるでただの春風を浴びるかのような足取りで突き進んだ。飛来する重力の弾丸を左手の一振りで弾き飛ばし、迫りくる次元の刃を首をわずかに傾けるだけで回避する。その銀色の髪が一筋たりとも傷つかない圧倒的な回避と防御の連続に、エリアスの額には脂汗が滲み始めた。

「化け物め……!」
「あんたが作り出した化け物よ。それに殺されるんだから、本望でしょ」

 ガートルードの姿が、爆発的な加速と共に視界から消えた。 エリアスが反射的に自身の周囲に多層式の虚空障壁を展開した瞬間、正面からその全ての壁を、ガートルードの右脚が「貫通」した。

――ドォォォォン!!

 障壁が粉々に砕け、衝撃波がエリアスの肺を圧迫する。 

「ぐっ……お、おのれ……っ!」 

 エリアスが体勢を立て直そうとした瞬間、視界が急激に変転した。ガートルードの左手が、彼の喉元――重厚な胸倉を、鉄の万力のような力強さで掴み上げていた。

「がはっ……!?」 

 エリアスの体は軽々と地面から持ち上げられ、宙に浮いた。抵抗しようと腕を動かそうとするが、ガートルードが放つ絶対零度の魔力が彼の全身を縛り、魔力回路を一時的に凍結させる。

 ガートルードは冷酷な、しかし勝利を確信した捕食者の瞳でエリアスを射抜いた。彼女は空いた右手の指先を、鋭利な槍のように揃え、エリアスの剥き出しの喉元へと突きつけた。凝縮された漆黒の魔力が、その指先で不気味な輝きを放っている。放たれればエリアスの首から上は跡形もなく消滅する。その、一瞬の静寂の中でのことだった。

 ガートルードの背後に、エリアスの部下の二人の少女――ニナとセーラが躍り出た。彼女たちは剣を構え、無謀にもガートルードの背を狙って刃を突き出す。

 ガートルードは、煩わしそうに背後をチラリと一瞥した。 

「私に剣を向けるということは主に殉じようというのね。その意気やよし。エリアスともども地獄に送ってやるわ」 

 冷淡に、吐き捨てるように言い放つと、彼女は背後の二人など最初から存在しないものとして、再び正面のエリアスへと全意識を向けた。

 だが、彼女の魔力が極点に達した、その瞬間だった。

「がっ……あ、あああああああああああ!!」

 断末魔のような叫びが、ガートルードの口から溢れた。 それはエリアスの直接的な反撃によるものではない。内側から、彼女の魂そのものを食い破るようにして、秘匿された呪法『瞬刻の滅び』が、ついにその牙を剥いたのだ。

 ガートルードの指先が、エリアスの喉を貫く寸前で激しく震え、力が抜ける。 胸倉を掴んでいた左手もまた、意思に反してその握力を失い、エリアスの体が地面へと無様に崩れ落ちた。

 リリスは、その光景を逃れることなく、網膜に焼き付けるように見ていた。リリスにとって、ガートルードは単なる親族ではなかった。自由奔放で、誰よりも強く、自分たち三姉妹を時には乱暴に、しかし深い愛情で守り続けてくれた、母よりもなお母のような存在だった。その「母」が、今、目の前で内側から腐り落ちようとしている。

 ガートルードの、陶器のように白く透き通っていた肌の下で、血管がドス黒いヘドロのような影に侵食され、脈動と共に皮膚を突き破らんばかりに隆起していくリリスの視界の中で、最強の戦女神の肉体が、どす黒い呪いの蔦に巻き付かれ、急激に生気を吸い取られていく。銀色の長い髪は一本、また一本とその輝きを失い、死者のような不気味な灰色へと枯れ果てていく。

 ガートルードは再び激しく吐血した。その血はやはりどろりとした墨のように汚れ、地面に触れた瞬間に石畳をジュウと焼き、腐食させていく。美貌の第七軍団長は、泥と自分の汚れた血にまみれ、なす術もなく荒野に倒れ伏した。

「……はは、は……。時が……ようやく、来たか。くはは、くはははははははは!」

 エリアスは、腫れ上がった顔を歪め、耳障りな哄笑を上げた。彼は折れた脇腹を抱えながら、ニナとセーラの肩を借りてふらりと立ち上がる。その瞳には、知的な冷徹さはなく、自分の実験が成功したことを喜ぶマッドサイエンティストのような、不気味な悦悦の色が張り付いていた。

「素晴らしい。実戦での効果は予想以上だ……。だが、まだまだ『瞬刻』と呼ぶには時間がかかりすぎるな。ふん、発動速度の改良の余地はある……いや、こいつが規格外すぎるだけか」

 エリアスは忌々しそうにガートルードを見下ろすと、その足を彼女の顔へと向けた。
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