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お忍びの慰問、圧倒的なヒロイン力に骨抜きにされた堅物騎士、真の忠誠を誓う
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騎士団本部のエントランスは、異様な空気に包まれていた。
周囲の目を忍ぶためか、質素な町娘の身なりに扮したルカが、そこに立っていた。いくら大臣が用意した数人の屈強なボディガードが周囲を固めていようと、その白磁のような肌と、立ち振る舞いから自然と漏れ出す気品は、どうやっても隠しきれていなかった。
ルカは、直立不動で整列し、極度の緊張で顔を引き攣らせているむさ苦しい騎士一人ひとりの前に立ち、気さくに、かつ丁寧な言葉をかけて回った。
「いつもお疲れ様です」
「あなたの働きが、今の街の平穏を支えているのですね。ありがとうございます」
透き通るような鈴を転がすような声。
一介の平騎士にすぎない自分たちに、雲の上の存在であるはずの王女自らが歩み寄り、その可憐な顔をほころばせて労いの言葉をかける。
その神々しいまでの謙虚さと、作り物ではない純真な眼差しに、粗野な騎士たちは一様に言葉を失い、深い感動に打ち震えていた。中には、あまりの尊さに感極まって涙ぐんでいる大男すらいる。
やがて、ルカは一番端に立っていたテオの前に立ち止まった。
テオは息を呑んだ。間近で見る新王女は、信じられないほど美しく、そしてどこか儚げだった。
「あなたがテオですね。勇者パーティの戦士にして、この国一の猛者と聞き及んでおります」
「は、はいっ!」
「……成り上がり者の至らぬ小娘ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、ルカはテオに対して、まるで対等な相手に対するように深々と頭を下げた。
テオは、雷に打たれたような、あるいは心臓を直接素手で掴み出されたようなすさまじい衝撃を受け、慌ててその場に片膝を突いた。
(なんだ……このお方は……)
テオの脳裏に、かつて仕えていたシャルロット王女の姿が鮮明に浮かんだ。シャルロットはいつも、遥か高みから見下ろすように、冷たく形式的な言葉を投げかけるだけだった。もちろん、それが「王族」というものであり、テオはそのような扱いを恨んだことなど一度もない。
だが、目の前のルカはどうだ。
国の象徴であるにもかかわらず、自分を「至らぬ小娘」とへりくだり、名もなき一介の騎士であったはずの自分に、自ら頭を下げるのだ。
その圧倒的な違い、高潔な精神の格差に、テオの古い忠誠心は音を立てて崩れ去り、新たなる絶対的な忠誠へと、瞬時に塗り替えられていった。
「……王女様、このテオ、命に代えましても必ずやお守りいたします! 我が身を盾として、貴女様の御身に指一本触れさせはいたしません!」
テオが床に額を擦り付ける勢いで、魂からの誓いを立てると、ルカはふっと優しく、そしてどこか寂しげに微笑み、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、騎士テオ。守るのはわたしではなく、この国です。どうか、この国と、ここで暮らす民たちをお守りください」
「……っ!!」
テオの胸に、熱く巨大な塊がこみ上げた。視界が滲む。自らの命など惜しくない。私利私欲ではなく、国そのもの、民そのものを守れというその高潔な願い。これこそが、テオが幼い頃から夢見ていた、騎士として生涯を懸けるに足る「真の主君」の姿ではないか。
「こうして握手会を催そうとしている我がままな者が、言うべきことではないのかもしれませんが」
最後にルカは、少女らしい茶目っ気を感じさせる微笑みを残して、静かに護衛と共に去っていった。
ルカの姿が見えなくなった後も、エントランスには静寂が落ちていた。テオを含め、そこにいるすべての騎士たちが、新王女の放つ凄まじい「後光」に当てられ、完全に骨抜きにされ、同時に狂信的な戦士へと生まれ変わっていた。
〇
その異常な光景を、近くの茂みに潜んで観察していたカイトは、額ににじんだ冷汗を手の甲で乱暴に拭った。
(おいおい……これはマジでマズいぞ。ただの可愛い飾り物かと思ったら、とんだバケモノじゃねえか。いくら単純なヤツらだって言っても、一瞬で騎士団の心を掌握しちまったぞ)
野営地で、エルゼが事も無げに口にしていた「暗殺」という選択肢が、極めて現実的な正解として脳裏をよぎる。あの新王女を生かしておけば、この国は一枚岩となり、魔王軍が入り込む隙など完全に消え失せる。
しかし、その暗殺を実行するためには、今や完全に王女の虜となり、狂信的な盾と化したあの真面目くさった戦士――テオと事を構えなければならない。テオだけではない、先ほど完全に「洗脳」された騎士団全員を敵に回すことになる。
(……あのやる気満々になった、リミッターの外れそうなテオを相手にするのか? 冗談じゃねえ、勘弁してくれ。いくら積まれても、どう考えても割に合わねえな)
カイトは素早く損得勘定を弾き出した。
暗殺という危険な貧乏くじを引く気は、これで完全に失せた。
だが、この面白いくらいに狂い始めた王都の状況は、極上の見世物であり、同時に高く売れる情報の宝庫でもある。
(……ま、もうしばらくはこの街で、高見の見物といくか)
カイトは口元にニヤリと笑みを浮かべると、誰にも気づかれることなく、活気づく王都の深い影の中へと溶け込んでいった。
周囲の目を忍ぶためか、質素な町娘の身なりに扮したルカが、そこに立っていた。いくら大臣が用意した数人の屈強なボディガードが周囲を固めていようと、その白磁のような肌と、立ち振る舞いから自然と漏れ出す気品は、どうやっても隠しきれていなかった。
ルカは、直立不動で整列し、極度の緊張で顔を引き攣らせているむさ苦しい騎士一人ひとりの前に立ち、気さくに、かつ丁寧な言葉をかけて回った。
「いつもお疲れ様です」
「あなたの働きが、今の街の平穏を支えているのですね。ありがとうございます」
透き通るような鈴を転がすような声。
一介の平騎士にすぎない自分たちに、雲の上の存在であるはずの王女自らが歩み寄り、その可憐な顔をほころばせて労いの言葉をかける。
その神々しいまでの謙虚さと、作り物ではない純真な眼差しに、粗野な騎士たちは一様に言葉を失い、深い感動に打ち震えていた。中には、あまりの尊さに感極まって涙ぐんでいる大男すらいる。
やがて、ルカは一番端に立っていたテオの前に立ち止まった。
テオは息を呑んだ。間近で見る新王女は、信じられないほど美しく、そしてどこか儚げだった。
「あなたがテオですね。勇者パーティの戦士にして、この国一の猛者と聞き及んでおります」
「は、はいっ!」
「……成り上がり者の至らぬ小娘ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、ルカはテオに対して、まるで対等な相手に対するように深々と頭を下げた。
テオは、雷に打たれたような、あるいは心臓を直接素手で掴み出されたようなすさまじい衝撃を受け、慌ててその場に片膝を突いた。
(なんだ……このお方は……)
テオの脳裏に、かつて仕えていたシャルロット王女の姿が鮮明に浮かんだ。シャルロットはいつも、遥か高みから見下ろすように、冷たく形式的な言葉を投げかけるだけだった。もちろん、それが「王族」というものであり、テオはそのような扱いを恨んだことなど一度もない。
だが、目の前のルカはどうだ。
国の象徴であるにもかかわらず、自分を「至らぬ小娘」とへりくだり、名もなき一介の騎士であったはずの自分に、自ら頭を下げるのだ。
その圧倒的な違い、高潔な精神の格差に、テオの古い忠誠心は音を立てて崩れ去り、新たなる絶対的な忠誠へと、瞬時に塗り替えられていった。
「……王女様、このテオ、命に代えましても必ずやお守りいたします! 我が身を盾として、貴女様の御身に指一本触れさせはいたしません!」
テオが床に額を擦り付ける勢いで、魂からの誓いを立てると、ルカはふっと優しく、そしてどこか寂しげに微笑み、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、騎士テオ。守るのはわたしではなく、この国です。どうか、この国と、ここで暮らす民たちをお守りください」
「……っ!!」
テオの胸に、熱く巨大な塊がこみ上げた。視界が滲む。自らの命など惜しくない。私利私欲ではなく、国そのもの、民そのものを守れというその高潔な願い。これこそが、テオが幼い頃から夢見ていた、騎士として生涯を懸けるに足る「真の主君」の姿ではないか。
「こうして握手会を催そうとしている我がままな者が、言うべきことではないのかもしれませんが」
最後にルカは、少女らしい茶目っ気を感じさせる微笑みを残して、静かに護衛と共に去っていった。
ルカの姿が見えなくなった後も、エントランスには静寂が落ちていた。テオを含め、そこにいるすべての騎士たちが、新王女の放つ凄まじい「後光」に当てられ、完全に骨抜きにされ、同時に狂信的な戦士へと生まれ変わっていた。
〇
その異常な光景を、近くの茂みに潜んで観察していたカイトは、額ににじんだ冷汗を手の甲で乱暴に拭った。
(おいおい……これはマジでマズいぞ。ただの可愛い飾り物かと思ったら、とんだバケモノじゃねえか。いくら単純なヤツらだって言っても、一瞬で騎士団の心を掌握しちまったぞ)
野営地で、エルゼが事も無げに口にしていた「暗殺」という選択肢が、極めて現実的な正解として脳裏をよぎる。あの新王女を生かしておけば、この国は一枚岩となり、魔王軍が入り込む隙など完全に消え失せる。
しかし、その暗殺を実行するためには、今や完全に王女の虜となり、狂信的な盾と化したあの真面目くさった戦士――テオと事を構えなければならない。テオだけではない、先ほど完全に「洗脳」された騎士団全員を敵に回すことになる。
(……あのやる気満々になった、リミッターの外れそうなテオを相手にするのか? 冗談じゃねえ、勘弁してくれ。いくら積まれても、どう考えても割に合わねえな)
カイトは素早く損得勘定を弾き出した。
暗殺という危険な貧乏くじを引く気は、これで完全に失せた。
だが、この面白いくらいに狂い始めた王都の状況は、極上の見世物であり、同時に高く売れる情報の宝庫でもある。
(……ま、もうしばらくはこの街で、高見の見物といくか)
カイトは口元にニヤリと笑みを浮かべると、誰にも気づかれることなく、活気づく王都の深い影の中へと溶け込んでいった。
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