甘夏と、夕立。

再会

家に帰るなんて、簡単そうなことがここ１０年
出来なかったのは、過去との折り合いがいまだに
つかないからだと思っていた。

僕が、地元の駅に降り立つと、心地のいい風鈴の
涼やかな音で迎え入れてくれた。
吹き抜ける、少しあたたかい風。
とうとう来てしまった。わずかな旅の荷物と
土産物を持って。

暑い日差しから、髪を守るための帽子。

熱気をはらんだ外の空気に、喉が既に貼りつきそう。
地元の駅周辺は、相変わらず閑散としていて
時間の流れが、僕が住む所よりかはゆっくりと流れている。
そんな錯覚を感じ始めていた。

両親には、帰る事を伝えてはあるものの。
平日だから働きに出ている。

贅沢にも、タクシーを利用して。
自宅近くまでの距離を、移動した。
昔ながらの小さな文具屋の隣に、僕の家はあって
運転手さんも、僕の顔を一瞬チラッと見て
何かを言いかけて、止めた様子だった。

今の時期だから、帰省や夏休みだと思われているのだろう。

ルームミラー越しに僕の顔、半分程が映って見える。
そばかすは、昔よりかは薄くなった。
幼馴染には、どんな顔をされるだろう？
家に行けばいいのか？
それとも、一度廃校になった僕らが通っていた
小学校に行こうか？

迷っている間に、家の前に停車されて
運賃を支払って僕は荷物を降ろして、家の鍵をポケットから
取り出した。

「…ん？」
ガチャガチャ、と鍵を鍵穴の中で揺らす。
開いたのかも分かりづらく、玄関の戸が
レールの上で揺れた。

「うちも、随分と歳を取ったみたいだね…。はぁ、ただいま。」

家の中は、しんとした冷たい空気が潜んでいた。

下駄箱の横には、水槽がある。
「また、何か飼い始めたのかな。」
靴を脱いで、キシキシと居間へを向かう。
日当たりが良い居間には、エアコンがついていた。
母親が気を利かせて、タイマーをしてくれたのか。

冷蔵庫を開けて、グラスにデキャンタから麦茶を
注ぎ入れる。一口飲むだけで、懐かしさが止まらなかった。
麦茶って、こんなにも美味しかった？
お腹の底から、求めていたものが満たされていく気がして
大きなため息が漏れた。

僕は、ここに何をしに来たのだろう？
すっかり、感傷に流されてしまいそう。
少しだけ、旅の疲れが出た気がして
「シャワー浴びたい…。」
自分の部屋に上がると、部屋の窓は開けられていた。
空気のこもりが無いようにと、部屋はきちんと
管理されている事が分かった。

着替えは、持ってきたものを着るとして。
早速、風呂場に向かう。

すっきりと、汗を洗い流してシャワーを終えて
着替えをしていると、玄関先のチャイムが鳴った。
誰だろう？こんな、お昼過ぎに。
何かの荷物でも届いたのだろうか？

まだ、濡れた髪をタオルで拭きながら僕は
薄ぼんやりと映るガラス戸を開けた。

「…はぁい、」

『悠里…？』

多分、僕と同じ年頃の人物。身長は首が少し疲れそうな程の長身。

「ぁ、えーと…」
『今日、帰って来たのか？』

僕の前に、立っていたのは幼馴染の
九葉　怜緒だった。