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行先は、現実。

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夜の田舎は、とても静かなのに心がざわめく様な暗さも相まって
神秘的でもあった。

夕涼みに出かけると、田んぼばかりの風景にぼんやりと浮かぶ
蛍の柔らかな明かり。
心の暗がりを優しく照らすような蛍火を、ながめているだけで
懐かしさがこみ上げてくる。

感傷に流されるのは、10年物月日が自分の中を
過ぎて行ってしまったから。

何を意固地になって、この地から遠のいていたのだろうと
急に馬鹿馬鹿しく思えて。

「ねぇ、僕の事…許してくれると思うかな?礼緒くん。」
廃校になった学校まで歩いて、鳥肌が立った。
過去の思い出が、脳裏に浮かぶ。
時間が止まってしまった、校舎。
ずっと、古くてボロイと思っていた
木造の校舎は、夜でも記憶を呼び覚ますには充分で
夏の夜の虫が、鳴けば寂寥感を増すだけだった。

校舎の周りは、まだ、駐車場に車が停まっていた。
おそらく、さっき礼緒くんが言っていた関係者なのだろう。

もう少し、歩けば小さな橋のかかる川辺にたどり着く。

少ない外灯、たかる虫。
心はすっかり子供の頃に戻っているみたいで
何の躊躇もなく、夜道を歩く。

ただ、ぞわぞわと背中に気配を感じたりして
振り返っても、誰もいない。
居ては、困るのに。

ただ今日は、違っていた。
走って来る。まさか、誰が?
息遣い、本当に

『悠里!川、行くな…』
走って僕の元に来たのは、礼緒くんだった。
「ひぇ、びっくりした…なんで?」
『いいから、行くな!今日はもう家に帰れ。いいな…』
礼緒くんは、昔からいわゆる

なにか

が見えるタイプらしくて、僕も子供の頃に何度か
今みたいに理不尽な静止を受けた事があった。

「分かった。礼緒くんが言うんだから…そう言う事なんだね。ありがとう」
『あぁ、しばらくは近寄るな。…はぁ、あっつい…』
「ぁ、本当だ。汗が凄いよ…もぅ、僕なんかを追って来てくれるなんて、嬉しいなぁ」

礼緒くんの顔の表情は、暗くてぼんやりとしている。
少し、怒っている?
『…なぁ、俺はお前に言わなきゃいけない事がある。聞いてくれ。』
「うん、何でも聞くよ。だって、礼緒くんの言葉なんだから…」
『言いづらい事なんだが、…その…お前はやっぱり、ここにいちゃいけないんだ。』

「ぇ?」
『頼むから、…このまま静かに帰ってくれないか?』
頭の中がグチャグチャで、よく分からない。
礼緒くんが、何を言っているのか。
「僕、ここに帰って来てもいいかなって…思い始めた所なんだよ?どうして」
『駄目だ、帰れ…』
「どうしちゃったの?礼緒くん…僕、礼緒くんに何か、したかな?」

心が、痛くて辛くて、切なくて
涙がこみ上げてきそうだった。

『悪い、俺からは何にも言えない。ただ…もう、いいだろ?俺が会いたかったのは、
確かに悠里だけど…』

礼緒くんは顔を上げて僕を見て、ハッキリと言った。

「僕じゃ、ない?」
『そうだ。』
「……やっぱり、礼緒くんはスゴイね。僕が、僕じゃないって分かるなんて。」
『悠里は、家には来ていないとお前の母親が言った。』
「来たくてもね、僕は…来られなかったの。だから、こうして僕が来たんだよ。」


礼緒side

幼馴染の家に行って、俺は悠里とのやり取りを思い返していた。
『礼緒くん、』
呼ばれれば、声の主は悠里で間違いないのに
妙な胸騒ぎを感じていた。

もし、自分に目に見えない特別な何かがあるとすれば
それは、感じ取る能力と言えるだろうか。
子供の頃から、嫌な気配や、虫の知らせに関しては
特に受信しやすかった。

今日、出会った悠里は本当に本人だったのか。

とても、幽かな気配。
其処にいるのに、なぜか心が落ち着かない。
俺の知る、悠里は明るくあどけない笑顔の
ひまわりの様な存在だった。

10年の月日が、悠里を変えたというならそれまでだ。
胸騒ぎが治まらずに、仕事が終わってから
俺は、悠里の家に押しかけて、おばさんに
悠里はいるかと、聞いてみたのだ。

おばさんは、心配そうな顔をして

今日、来るって聞いていたのにまだ来ないから
心配しているのだと言った。

連絡を取ろうとしても、悠里の携帯には繋がらないのだと
言っていた。

どうか、俺の嫌な勘が外れているようにと願って
外を飛び出した。
悠里が…まだ居るのだとしたら
現れるかもしれない場所へと、急いだ。

悠里は、橋を渡ろうてしている。
俺は、どうあってもこの事を阻止しなければいけない。
理由は、簡単だ。

悠里を、助けるため。


悠里side

僕の名前は、春久 悠里。
しがない会社員をしています。
今日は、とっても楽しみにしている事があって
心のワクワクが、久しぶりにやって来た。

きっと、良い一日の始まりだと。
家を出て、電車に乗ろうとしている所でした。
駅の階段で、向かいから走って来た誰かと肩がぶつかって
僕は、そのまま階段から脚を踏み外して
転げ落ちてしまった、のです。

いつもドジをするけど、今日くらいは
何事も無く過ごせたらと思っていたのに。

僕は、結構なひどい怪我をしてしまったので
救急車で、当番医に救急搬送されました。

…僕自身がびっくりしました。
とても、ショックです。
このやり場のない意識が、いつしか僕の心と体から
あふれ出して、僕を生み出してしまいました。

こんな事ってあるのですね、本当に驚きです。
ただ、同時に僕の意識もソッチに移ってしまったため
僕の意識は空になってしまったのです。

…どうしましょう?このまま待っていれば
僕の片割れは帰って来るのでしょうか?
疑問は残りますが…待っています。
この体の温かな内に、帰ってきますように…。



礼緒side
なんとか、悠里を戻さなければいけない。
本当の悠里は助けを求めているに、違いない。
俺は、おばさんに悠里の身に何か起きたのではないかと
心配している事を伝えた。

念のため、連絡を取り次いでもらえるようにした。

目の前の悠里は、うつむいている。
『礼緒くん、僕を…助けて欲しい、お願い…』

「当たり前だ。お前が知っている範囲で、悠里の事を教えてくれ。」

『僕、体が温かい内に…君に会いたかった。後の事、お願いね。』

悠里は、病院の名前を言った。
近くにある外灯が、チカチカと点滅をしだす。

あぁ、急がなければ…悠里が危ないのだと
俺はすぐに悟った。

差し出された手には、触れる事も出来ずに
悠里は、姿を消した。

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