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タイムカプセル。

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僕のタイムカプセルは、どうか開けないで欲しい。
誰にも、知られずに僕は未来の僕へと宛てた思いがあった。

今の自分を、子供の頃の僕は想像もできていないだろうけど。
小さな僕には、とうてい抱えきれなかった心の中身を
缶に詰め込んでいた。

廃校になってしまった僕の学び舎は、静かに
眠りに就いたんだと思う。

僕も、時を感じない。
白い光の中を、歩くだけ。
どうしてだろう?ここの所、水のある場所ばかりを求めて
来たというのに。

何かが、もし…変わったのであれば
未来に期待してもいいのだろうか?

僕の片割れは、まだ帰らない。
独り歩きをしてしまって、誰かの瞳に
映る事があるのなら、
その相手は…礼緒くんであってほしいと思うのだ。

まだ、会えないけれど
きっと、会いに行くから…
どうか待っていて下さい。


礼緒side
自分の田舎住まいは、悪くないと思ってこれまでずっと
暮らして来た。
けれど、今日ほど歯がゆい思いを感じたことは無かった。
田舎の駅から鈍行に乗って、市内まで出て
まだ、電車を乗り継いでやっと新幹線が停車する駅にまで
出られたのだ。

はやく、はやく…。

人生で、多分一番焦っている。
当たり前だ。

俺の目の前に、現れていたはずの悠里は姿を消してしまった。
悪い予感。
一夜を明かさずに、本当なら悠里の元へ行きたかった。
が、叶わなかった。

悠里のおばさんが、心配する中
俺は一人で、とある県にまで出て来れた。
必ず、連絡する事を約束して
おばさんは、不安そうに俺を見送ってくれたのだった。

心が重くて、呼吸すら浅くなっている気がした。
午前の内に、病院の場所を確認して
たずねるのは、午後からにする事にした。

その前に、悠里が住んでいるアパートに行ってみる事にした。
搬送先の病院と駅からは、車で15分ほどの距離に
アパートがある。
歩けない距離ではなかった事に、ホッとした。

「暑い…」
照り付ける、日光。後頭部がジリジリと熱い。
道すがら、噴水のある公園を通りかかる。

ふと、ここも何度となく悠里が歩いた道なのだろうかと
思うと、こみ上げてくる感情にのまれそうになった。

荷物は、あまり持ってこなかった。
悠里が好きな、地元の甘夏を持っては来たが。
食べられる状態なのだろうか?

暑さに目がくらんで来た、少し時間もある。
公園の木陰でベンチに座った。
心なしか、涼しい風が吹いたのかと思い
上体を起こすと、隣には悠里が座っていた。

「…お前か、」

近くまで来ているのに、会えていない。
面会は、午後2時を回るまでは、
遠慮するものだと頭にあった。

悠里は、噴水を見つめながら瞬きを重くして
俺を振り返る。

「今日は、何にも言わないんだな。」

すっ、と悠里が立ち上がり歩き出した。

「お前が帰らないと、悠里は起きないんだよ…」

どこか、怒っている様にも見えた悠里の顔。
また、居なくなってしまった。

朝早くに出てきてから、何も口にしていない。
気持ちが、向かないのだ。
自分の事よりも悠里の事が、気になって
落ち着かない。

水道で濡らしたタオルを、目元に充てて
これだけで今は、充分な気さえしていた。

少し休んだ後に、悠里のアパートに向かった。
古い感じはしたものの、なかなか味のある雰囲気だった。
今どきらしく、部屋にも苗字などは掲げられては
いなかった。

部屋に入れる訳でもない。
これ以上、ここにいても仕方ないだろうに…。
悠里の住むアパートから、また病院へと歩いた。
着く頃には、面会のできる時間になっているだろう。

半端な都会、そんなイメージだった。
悠里は、のどかな田舎を去ってここにやって来たのだ。
何かを、見つけられたのだろうか?
誰かと、通じ合えただろうか?

分からない。

俺の小さなキッカケのせいで、悠里が…

考えるだけで恐ろしかった。
俺は、安心のために有利に会うのだろうか?
いや、少しはそうなのかもしれないが

ただ、悠里に…側に居て欲しかったそれだけなんだ。

病院の受付案内で、事情を話し部屋の番号を
教えてもらった。

俺は、頭が真っ白になりながら
目の前の相手が話す言語の意味がよく分からなくて
無意識に首をひねっていた。

『面会は、出来ますが』(その後の言葉がよく分からなかった)

短めに切り上げてください。と言われたのだけは
はっきりと覚えていた。
移動のエレベーターの浮遊感に、嫌な冷や汗が出た。

ドアが開けば、悠里の病室は目と鼻の先だった。

手の消毒を済ませてから、控えめにノックをして
ドアを横に引いた。

真っ白い空間に、俺は気後れしそうになったものの
ベットに眠る悠里を、やっと見ることが出来た。

「悠里、…」
名前を呼ぶだけで精一杯で、しばらく動けなかった。
頭の包帯が痛々しくて、顔にもいくつか傷があるらしく
手当てされた姿に、胸が痛んだ。

『……』
応答は無かった。息をしている。
本当にただ、眠っているのだろうか。
鼻のあたりの、薄いそばかすが愛おしくて
あぁ、俺は悠里をこの腕で抱き締めたいのだと
震える手を見て、思った。

悠里の側に、あの悠里が立っている。
哀しそうに微笑むのは、
何故なのか。

「戻ってくれ、お願いだ…」
悠里は、悪戯っぽく笑って俺の荷物をあさりはじめた。
「おい、何やって…」

また、にこりと悠里が姿を消した。
俺の荷物にあるのなんて、悠里の好きな
甘夏くらいなのに。

一体、何を伝えたいのか?
最後に、悠里が手にしたのは
「これか?」

食べごろの甘夏からの、豊かな香りは
何もしなくても、香って来るものだった。
「まさかな、」
一瞬だけ、寝ている悠里の顔の近くへと
甘夏を近づけてみた。

そんなに、上手くいく訳がない。
とりあえず、悠里のおばさんに連絡をする事にした。

部屋を後にしようと、踵を返す。
『……』

「ずっと、眠っているだなんて…お前が言っていた、お姫様じゃないか。」

もう一目、悠里を見てから出ればよかった。
そうすれば、この時の悠里の涙に
気付くことが、出来たかもしれないのに。



悠里side

なんだか、懐かしい香り…
あぁ、幸せの匂いだ。

僕が、一番大好きな田舎で育てられた
甘夏の、甘酸っぱい思い出の香り。

なんて、素敵なんだろう…僕も早く起きて
自由に動けるようになりたい。

ねぇ、もしかしたら
来てくれたのは礼緒くんだったりするのかな?
僕の、憧れの礼緒くんは
夏になると、とっても良い匂いをさせて
僕の前に現れる。

胸が、きゅっと切なくて
苦しかった時期の僕を、抱きしめた腕の温かさを
今でも覚えてるから。

喧嘩する事があっても、必ずまた笑い合える
礼緒くんと僕は、とても仲良しで
信頼し合える2人だ。

会いたいのに、寝てる場合じゃないのに…
さっきの匂いは、絶対に
礼緒くんに間違いない。

…願うだけじゃ、足りないのかな?
届かないよね。
今の僕に、出来る事は何だろう?

また、一人になって
白い天井を見つめるだけの僕。

一瞬、広がった甘夏の香り。

僕、やっぱり…礼緒くんが
恋しかった。
想うだけで、涙がでる理由が分かる。


礼緒side
とにかく、少しでも早く悠里のおばさんに連絡をしたかった。
病院の外に出て、携帯で連絡を入れた。

まずは、安堵の声と、次に不安の声。
まだ、目を覚まさない理由も分からないとすれば
仕方なかった。

俺も、あまり長居出来ない身ではある。
せめて、起きてもらえれば。

いたたまれない気持ちを抱えたまま
俺は、もう一度悠里の眠る病室へと戻った。

少しだけ、飲み物を口にして落ち着いたせいか
今度は、室内の低い椅子に腰かけて
悠里に語り掛けた。

「俺の、懺悔を…聞いてほしい。悠里」

ずっと、言い出せなかったが、俺には悠里に一つ
大きな負い目があった。

「お前と、俺は昔…同じ缶に、タイムカプセルの手紙をそれぞれ入れただろう?」
『……』
「俺、掘り起こされた時にうっかりと…同じ缶だから、間違えてお前の子供の頃の手紙を
読んでしまったんだ。驚いた…、まさかずっと俺が一人で悠里を想っていたとばっかり…」

心拍数が段々と上がって来る。
いつでも、告白じみた事と言うのは
こんなにも心が揺れるのか。

「未来の僕へ…。今でも、礼緒くんの事が好きですか?『…ハイ。』…」

え?

今、声が聞こえた気がした。
いや、気のせいか?
小さな声だったが…。

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