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⑲抱擁
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もし、自分の選択がこの先何らかの影響を彼に与えてしまうのだとしたら。
先程の言葉が、引っかかっている。
でも、お互い様なのかもしれない。
少なくとも自分にも彼からの影響は、大なり小なり与えられている。
「友人の家に泊まる事も、無かったから…きっと驚くと思います。」
『…え、僕はきみの友人では無いよ。』
「話がややこしくなるので、止めましょう。」
彼はスマホをテーブルの上に置いて、ウチの店の方に電話を掛けた。
「店の番号まで入ってるんですか?」
『念の為だよ。だって、きみは連絡を取る手段が無いから。』
その内、本気でスマホを持つように言われるのでは?と
思っていると
「あ、もしもし…雪だけど。ゴメン。今、知ってると思うけど遠江さんの家に居て…うん。」
祖父の声は、思ったよりも穏やかで落ち着いている気がした。
「泊まらせてもらう事に、あ…一緒には住んでないみたいで。」
彼のご両親に対する配慮などを伝えられて、淡々と受け答えしていく。
こんな時でも、彼は俺から視線を外さないから目のやり場に困るし。
電話のやり取りを聞かれるのって、どうにも苦手だ。
通話を終了してもらって、ドッと疲れた。
『なんか、電話の口調ってあるよね。雪(きよ)だけどって言うの可愛い…。』
「恥ずかしいので、あんまりからかわないで欲しいです。」
『うん。電話には電話の良さがあるよね。電話を通した声も、なかなか聴いていると
いつもとは違う感じがしてさ。』
彼が以前、夜中に家を訪ねて来た時の事を思い出した。
確かに、今の彼とは全く違うイメージを抱く。
ただ、あの時は彼も辛い状況だったから。
「遠江さんは、声…良いですからね。」
『僕はこの声に、何の頓着も無いけれど。』
「中止になった観測会の解説、やっぱりもうしないんですか?」
『そう言えば、もうそろそろだったね。あのまま、天文所の職員さんに任せても
良いんじゃないかな。僕は、自発的には言い辛いよ。』
彼の言う事は、一理ある。
「やっぱり、ちょっと残念ですね。」
『…きみが執着を見せてくれる事は、僕は嬉しいよ。さてと、じゃ…車からきみの荷物を
持ってくるよ。待ってて。』
席から立ち上がり、彼が車のキーを携え廊下へと歩いて行く。
「あ、すみません。お願いします。」
部屋に1人になると、途端にそわそわしてしまう。
所在の無い感じが不慣れで、椅子を座り直して横向きになって
部屋をながめる。
まだ、住んでから日が浅いせいか物が極端に少ない。
観葉植物がいくつか置いてある。
白い壁面や空間の色味に鮮やかな緑が目に飛び込んでくるだけでも
充分インパクトがある。
彼が選んだのだろうか?それとも秘書さんが…?
いや、秘書さんは関係ないだろうに。
すぐにドアの開く音がして、彼が両手に抱えたリュックを貰い受ける。
『きみの、実家って離島なんだってね。』
「もともとは、祖父が生まれた家なんです。昔は今のお店の方に住んで居たんですが、年をとっても
祖父が店舗を続けているので、母は以前から離島での生活を望んではいたのに。バラバラになって
しまったんですよ。」
『きみは、何でお爺さんと暮らそうと思ったの?』
「お店があるから、本から離れたくなくてです。祖父に懐いていたというのもあって。」
『僕の家族もおかしかったけれど、きみの家も…なかなか難儀だったんだね。』
「でも、おかげでそんなに寂しさは感じなかったし。少し視力を落としたくらいです。」
『あれ、もしかしてコンタクトしてる?』
「一緒に入れてあるので、大丈夫です。」
『そっか。で、今からお風呂沸かすんだけど…人の家だし抵抗あったりする?』
「そんな相手の家になら、泊ろうとしませんよ。」
『……そっか。』
我ながら、今の言葉はちょっと間違っていたんじゃないかと言ってから後悔した。
「どう、接して良いのか分からないんですけど。遠江さんと…」
『どうしたいかが答えなんじゃないの。そんな、正解は無いんだから小難しく考えないで。』
彼は、笑って両腕を開いてくれる。
さすがに、どうすればいいかも分かる。けど。
「抱き締める、感じで…?」
『考えなくても良いのに。ほら、ぎゅ……っ』
突っ立っていた俺の手を引いて、抱き寄せる彼の顔は恥ずかしくて見れなかった。
「何か…出そうです…」
『え!?まだ、何にもしてないけど…え?』
「何て言えばいいのか…心から、何かが」
『あ、そっちね…。もー、びっくりさせないでよ。』
一体、何が出ると彼は思ったのだろう?
多少の身長差はあるから、俺が彼を見上げる事になる。
『荷物が邪魔で、上手く抱けないよ…。』
持ち手の部分を彼に外さされて、ボトッと床に落ちる音がした。
「……」
『もっと、ちゃんと…手もまわして』
こんなにも誰かと体をくっつけた事が無くて、動作が自分でも
ぎこちないのが分かる。
緊張が解けない。
「うわ…っ、」
まさか、抱き上げられるとは思わずに間抜けな声が出た。
『その気になれば、こういう事も出来るけどね。って、冗談だよ。』
完全におもちゃにされている。
でも、何でだろう?俺から見えている彼は楽しそう。
少し見ているこっちは嬉しくなる。
「遠江さんに、慣れていくんですね。こうして…」
『また、そんな事言う…。きみは多分、小説とかの読み過ぎだよ。』
「おかしな事言ってます?俺」
『聞いてるコッチが恥ずかしい様な事言う様になっていくからさ。』
「はぁ、無意識です。」
『潮の匂いがする。フェリーで長く外に出ていたの?体も冷えてる気がする。』
「そうですね、海風に吹かれるのも久し振りだったので。」
『僕も、海が好きだから。きみの気持ちは少しだけ分かる気がするよ。』
丁寧に抱き締める腕の感触や、息遣い、あり得ないほど近い距離感に
頭がクラクラしそうだ。
先程の言葉が、引っかかっている。
でも、お互い様なのかもしれない。
少なくとも自分にも彼からの影響は、大なり小なり与えられている。
「友人の家に泊まる事も、無かったから…きっと驚くと思います。」
『…え、僕はきみの友人では無いよ。』
「話がややこしくなるので、止めましょう。」
彼はスマホをテーブルの上に置いて、ウチの店の方に電話を掛けた。
「店の番号まで入ってるんですか?」
『念の為だよ。だって、きみは連絡を取る手段が無いから。』
その内、本気でスマホを持つように言われるのでは?と
思っていると
「あ、もしもし…雪だけど。ゴメン。今、知ってると思うけど遠江さんの家に居て…うん。」
祖父の声は、思ったよりも穏やかで落ち着いている気がした。
「泊まらせてもらう事に、あ…一緒には住んでないみたいで。」
彼のご両親に対する配慮などを伝えられて、淡々と受け答えしていく。
こんな時でも、彼は俺から視線を外さないから目のやり場に困るし。
電話のやり取りを聞かれるのって、どうにも苦手だ。
通話を終了してもらって、ドッと疲れた。
『なんか、電話の口調ってあるよね。雪(きよ)だけどって言うの可愛い…。』
「恥ずかしいので、あんまりからかわないで欲しいです。」
『うん。電話には電話の良さがあるよね。電話を通した声も、なかなか聴いていると
いつもとは違う感じがしてさ。』
彼が以前、夜中に家を訪ねて来た時の事を思い出した。
確かに、今の彼とは全く違うイメージを抱く。
ただ、あの時は彼も辛い状況だったから。
「遠江さんは、声…良いですからね。」
『僕はこの声に、何の頓着も無いけれど。』
「中止になった観測会の解説、やっぱりもうしないんですか?」
『そう言えば、もうそろそろだったね。あのまま、天文所の職員さんに任せても
良いんじゃないかな。僕は、自発的には言い辛いよ。』
彼の言う事は、一理ある。
「やっぱり、ちょっと残念ですね。」
『…きみが執着を見せてくれる事は、僕は嬉しいよ。さてと、じゃ…車からきみの荷物を
持ってくるよ。待ってて。』
席から立ち上がり、彼が車のキーを携え廊下へと歩いて行く。
「あ、すみません。お願いします。」
部屋に1人になると、途端にそわそわしてしまう。
所在の無い感じが不慣れで、椅子を座り直して横向きになって
部屋をながめる。
まだ、住んでから日が浅いせいか物が極端に少ない。
観葉植物がいくつか置いてある。
白い壁面や空間の色味に鮮やかな緑が目に飛び込んでくるだけでも
充分インパクトがある。
彼が選んだのだろうか?それとも秘書さんが…?
いや、秘書さんは関係ないだろうに。
すぐにドアの開く音がして、彼が両手に抱えたリュックを貰い受ける。
『きみの、実家って離島なんだってね。』
「もともとは、祖父が生まれた家なんです。昔は今のお店の方に住んで居たんですが、年をとっても
祖父が店舗を続けているので、母は以前から離島での生活を望んではいたのに。バラバラになって
しまったんですよ。」
『きみは、何でお爺さんと暮らそうと思ったの?』
「お店があるから、本から離れたくなくてです。祖父に懐いていたというのもあって。」
『僕の家族もおかしかったけれど、きみの家も…なかなか難儀だったんだね。』
「でも、おかげでそんなに寂しさは感じなかったし。少し視力を落としたくらいです。」
『あれ、もしかしてコンタクトしてる?』
「一緒に入れてあるので、大丈夫です。」
『そっか。で、今からお風呂沸かすんだけど…人の家だし抵抗あったりする?』
「そんな相手の家になら、泊ろうとしませんよ。」
『……そっか。』
我ながら、今の言葉はちょっと間違っていたんじゃないかと言ってから後悔した。
「どう、接して良いのか分からないんですけど。遠江さんと…」
『どうしたいかが答えなんじゃないの。そんな、正解は無いんだから小難しく考えないで。』
彼は、笑って両腕を開いてくれる。
さすがに、どうすればいいかも分かる。けど。
「抱き締める、感じで…?」
『考えなくても良いのに。ほら、ぎゅ……っ』
突っ立っていた俺の手を引いて、抱き寄せる彼の顔は恥ずかしくて見れなかった。
「何か…出そうです…」
『え!?まだ、何にもしてないけど…え?』
「何て言えばいいのか…心から、何かが」
『あ、そっちね…。もー、びっくりさせないでよ。』
一体、何が出ると彼は思ったのだろう?
多少の身長差はあるから、俺が彼を見上げる事になる。
『荷物が邪魔で、上手く抱けないよ…。』
持ち手の部分を彼に外さされて、ボトッと床に落ちる音がした。
「……」
『もっと、ちゃんと…手もまわして』
こんなにも誰かと体をくっつけた事が無くて、動作が自分でも
ぎこちないのが分かる。
緊張が解けない。
「うわ…っ、」
まさか、抱き上げられるとは思わずに間抜けな声が出た。
『その気になれば、こういう事も出来るけどね。って、冗談だよ。』
完全におもちゃにされている。
でも、何でだろう?俺から見えている彼は楽しそう。
少し見ているこっちは嬉しくなる。
「遠江さんに、慣れていくんですね。こうして…」
『また、そんな事言う…。きみは多分、小説とかの読み過ぎだよ。』
「おかしな事言ってます?俺」
『聞いてるコッチが恥ずかしい様な事言う様になっていくからさ。』
「はぁ、無意識です。」
『潮の匂いがする。フェリーで長く外に出ていたの?体も冷えてる気がする。』
「そうですね、海風に吹かれるのも久し振りだったので。」
『僕も、海が好きだから。きみの気持ちは少しだけ分かる気がするよ。』
丁寧に抱き締める腕の感触や、息遣い、あり得ないほど近い距離感に
頭がクラクラしそうだ。
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