ブラック・バニーズ

Kyrie

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番外編

第41話 番外編 自分の王様は自分(2)

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どうしてこうなったんだろう。

「早くベッドに入ってください」とうながされ、パジャマ姿の優也は首をひねる。

「風邪ひきますよ」

「ん」

佐伯の重なる声かけに、もそもそとゲストルームのベッドに潜り込む。
普段使っていないせいか、自分のベッドよりひんやりしている。
手足がきゅんと冷たくなった気がして、身を硬くする。
と、ベッドマットがへこみ着古されててろてろとしたロンTとゆったりしたコットンパンツを着た佐伯が滑り込んできた。

「肩、出てませんか」

「うん」

「なにかあったらすぐに起こしてくださいね。我慢しないこと」

「うん」

「じゃ、電気消しますよ」










佐伯が倒れた優也の世話をするため動けなくなったので、龍治が寄越した秘書に桐谷の書類を佐伯が渡した。
泣き過ぎて頭が痛くなった優也が治まるのを待って、佐伯は優也を病院に連れていった。
最初は大丈夫だと拒む優也に「社長がどうやっても連れていくように言った」、「誰も見ていないのでもしかしたら頭を打っているかもしれない」と佐伯は譲らず、せめて目の腫れが引くのを待ってほしい、という優也の希望だけ聞くと、佐伯は少し強引に動いた。
まずかかりつけの松本医師のところに行き、次に紹介された脳外科に行ってMRIを撮った。
いずれも異常なしだったが、明日までは安静にすることと異変があったらすぐに電話をして病院に来ること、特に嘔吐には気をつけることと言い渡された。

桐谷のマンションに戻ってきてすぐに佐伯が言った。

「今夜はここに泊まってもいいですか」

これまでも不安定な優也の世話をするために佐伯が泊まったことがあるので、「いいよ」と優也は言った。
問題はその次だった。

「優也さんが寝室で俺がゲストルームで寝たら、なにかあってもすぐにわからないじゃないですか。
静かにしておきますから、寝室に椅子を持っていってそばにいます」

「佐伯さんだって明日、お仕事でしょう。
寝不足になってしまう」

「大丈夫ですよ。それよりあなたのほうが心配だ」

「俺だって佐伯さんが心配です」


しばらく続いた押し問答の末、セミダブルのベッドで一緒に寝ることになった。
優也が言ったので、寝室ではなくゲストルームで。






暗闇になったが、いつもと違う布団、そして聞こえる他人の呼吸、布団の中の温かさ、淡い水色のガーターベルトとプラチナの指輪。
それらが疲れているはずの優也を興奮させ、なかなか眠気が来なかった。

「眠れないんですか」

「うん、なんかね」

佐伯も起きていたようで、声が耳のすぐそばでした。

「今日は仁にやられちゃった」

少しおどけたように言う優也に「そうですね」と佐伯は相槌を打つ。

「もう3年経つのにね。
いつまでも仁はびっくりさせてくれる」

「そういう人です」

澄まして答える佐伯に優也は笑う。

「ね、佐伯さん」

「はい」

「そろそろ『桐谷の犬』を卒業する頃じゃないの?
3年経ったよ」

これまでも、龍治や優也、そして話を聞くと桐谷からも「桐谷の秘書」や「桐谷の犬」を辞めないかと聞かれたことがあった。
しかしそのたびに佐伯は首を横に振った。

「佐伯さんは仕事の才能もあるし、今のままの生活じゃプライベートもなにもないじゃない。
立ち入ったことだけど、恋人のことも聞かないし、結婚も考えても不思議じゃないし」

佐伯はなにも答えない。

「あなたも仁のそばにいた人だから知っているでしょう。
『自分に命令できるのは自分だけだ。だから自分の王は自分である』」

「桐谷の基本ですね」

「だから、佐伯さんの王様は仁じゃなくて佐伯さんにそろそろ戻してもいいんじゃないの?」

「そんなことをしたら」

佐伯が言葉を切ったので、優也は耳を澄ました。

「とっくの昔にあんたを抱き潰していましたよ」

「!」

驚く優也をよそに、佐伯は身じろぎ一つせず、続けた。

「これでも俺は自分で決めて、桐谷の犬でいるんだけどな。
ちゃんと躾けられているでしょう」

なにも答えることができず、無言が闇に流れる。



「こういう状況で信用しづらいでしょうが、何もしませんよ。
ただあなたに異変があったら、動きたいだけ。
さ、寝ましょう」

佐伯が少しだけ身体を動かし、本格的に眠る体勢を整える。

「俺、佐伯さんより随分年上で、おじさんだけど」

「俺も十分おじさんですよ、世間的にはね。
それこそ桐谷のそばにいて、そんなことを気にしているんですか。
あの人は年齢も性別も世間もなにもかも越えたところであなたを愛していたというのに」

「……」

「今日は、心配もしましたが、安心したんですよ。
優也さん、やっと泣けたから。
そのきっかけが桐谷なのは面白くないですけど、この3年、あんなに感情的になって泣いたことがなかった。
もっと泣いてもいいはずなのに、痛覚がなくなってしまったように痛くても泣かなかった」

「……」

「あなたにも3年という時間が流れたんですよ、優也さん」

すっと優也の目尻に涙が流れた。
見えないはずなのに佐伯が横を向き、その涙を親指で拭った。
が、涙は止まらなかった。
佐伯は優也を抱き込んだ。
優也は静かに泣いた。
佐伯はその肩を守るように少しだけ力を入れた。

こんなにも誰かに抱きしめてもらいたくて、温もりを感じたくて、折れてしまいそうな優也を大切に大切に包む。







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