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第7話
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週明け、すっかり元気になられた伯爵様はまた、自動車に乗ってお仕事に行かれた。
今日の薪割りは少し多めにしておいた。
熱めの風呂を沸かすのに、十分に用意しておきたかった。
伯爵様がお帰りになるとまたはぐときすがあった。
お出かけのときもあったし、慣れるしかないようだけど、正直俺には意味がわからないし、あまり好きじゃない。
なんか、恥ずかしいし。
赤ん坊じゃないし。
そして今夜は和食でほこほこに温まる粕汁をすすりながら、伯爵様とお話をする。
「議会で宰相様と近衛大将にお会いしたよ。
二人ともキヨノさんに会いたいとおっしゃっていた」
「っ」
「そうしたらお近くにいらしたスメラギ様もそうおっしゃってね。
今週の木曜日にある宰相様のパーティに二人で招待されました。
一緒に行きましょう、キヨノさん」
俺はぶんぶんと顔を横に振った。
スメラギ様って、あれだろ、この帝都の真ん中のぱれすにいらっしゃる天子様だろ。
俺みたいなの、会えるはずないじゃないか!
「宰相様に近しい人だけの小さな立食パーティですから、気負うことはありません。
きっと楽しいですよ」
やだ。
しかし、声に出すのは憚られた。
涙目になって、中川さんと藤代さんの方を向いて見たけど、二人は「それはよろしゅうございましたね」と相槌を打っている。
結局、俺は伯爵様が小さいときに着ていらしたという紋付き袴で、燕尾服の伯爵様に連れられて宰相様のお屋敷に向かった。
「スメラギ様は宰相様の大伯父にあたる人だからね。
今夜はお忍びでいらっしゃるそうですよ」
自動車の中でそんなことを聞かされて生きた心地がしないまま、着いてしまった。
宰相様のお屋敷は完全な洋館で、草履を脱がずにそのままふかふかの絨毯の上を歩き、大きなお部屋に連れていかれた。
そこには立派な服を着た立派そうな大人がたくさんいた。
裾の長い洋装の女性は珍しい髪形をして、あんなに胸元が開いていて恥ずかしくはないのか。
しかし、そこには綺麗な宝石の首飾りがついていてギラギラと光っていた。
どこかで乾杯の挨拶している声が聞こえたが、周りを背の高い人に囲まれて背の低い俺には誰がしゃべっているのかわからなかった。
伯爵様が俺のために蜜柑の絞り汁の入ったぐらすを持たせてくれた。
挨拶が終わり「乾杯」の声がすると、「乾杯」と言い合いながらぐらすがぶつかる音がした。
伯爵様はご自分の葡萄酒の入ったぐらすを掲げ、そして俺の蜜柑のぐらすに小さくぶつけ「乾杯」と言った。
俺も小さく「乾杯」と言い、伯爵様の視線に促されて一口飲んだ。
伯爵様と中川さんがおっしゃったように、俺は伯爵様のそばから離れないようにしていた。
「なにか食べましょうか」
そう言って伯爵様が歩き出すとすぐに「三条院様」と伯爵様は呼び止められる。
伯爵様は立ち止まり、にこやかに挨拶を始めるので俺は黙って聞いている。
相手がどんな人か説明をしてくれるがよくわからず、俺のことを紹介してくれるととりあえず黙って頭を下げておいた。
中には、洋装の女性を伴った男性もいて「妻です」と紹介していた。
伯爵様も「伴侶のキヨノさんです」と俺のことを言っていた。
ぴくっと伯爵様の足が止まり、緊張感が上がった。
しかしそれは一瞬ですぐに元に戻り、片手に新しい葡萄酒のぐらすを持ち、もう片方で俺の肩を抱くと歩き始めた。
「三条院、やっときたな」
「滑川様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや、かまわんよ」
恰幅のよい燕尾服の堂々とした男性の前で伯爵様は止まり、挨拶をした。
「そちらが?」
滑川様、と呼ばれた男性は俺に不躾な目で見てきた。
「はい、わたくしの伴侶のキヨノさんです」
俺はこれまでと同じようにぺこりと頭を下げた。
すると伯爵様はそっと俺に囁いた。
「キヨノさん、決して声を上げないでくださいね」
俺がうなずくと、伯爵様はそのまま耳に口を当てるようにして言った。
「こちらはスメラギ様です」
「なっ」
叫びそうになったが、伯爵様がぐっと俺の口を手で塞いでくれたのでそうせずにすんだ。
目の前にいらっしゃるのが天子様……
「こういう場所では滑川と名乗っているよ。
母の旧姓だ」
は、はい。
俺は無言でうなずく。
「君が三条院の奥方か。
神隠しのようにさらっていったと聞いているが、そうか、君か」
神隠し?
ああ、そうか。そうだな。
うまいことおっしゃる。
「三条院は忙しいだろう。
一緒にいられなくて寂しくはないか」
スメラギ様が俺を見て聞いてくる。
伯爵様を見ようにも視線を逸らせないほどの力で見つめられ、そして伯爵様が俺の代わりに答えようとしてもそれはスメラギ様によって遮られた。
「寂しくなどありません。
わたしは忙しく過ごしています」
「なにをしている?」
「薪割りです」
「薪割り?」
「はい、伯爵様に入っていただくお風呂を焚くための薪を作ります」
「三条院がそうしろと言ったのか」
「いいえ、そんなことはおっしゃいませんでした」
「おまえは田村のところの使用人だったと聞いているが、三条院のところではもう働かなくてもいいのではないか」
「伯爵様は自由にしていいいとおっしゃいました。
働いてはならぬとはおっしゃらなかったので、わたしは自分のできる仕事を見つけてやっています」
「ふん」
スメラギ様は小さく笑った。
失礼だと思ってむっとしてしまった。
「面白いな、キヨノは」
は?
俺はぽかんとスメラギ様を見た。
「三条院、おまえが祝言を挙げないから宰相にこんな会を開かせることになったんだ」
「申し訳ありません」
伯爵様が頭を下げるので、俺もつられて一緒に頭を下げた。
下げながら考えた。
祝言?
なんで祝言?
「そりゃあ、結婚したからだろう」
「え?」
どうやら俺は思わず口に出していたらしい。
そしてスメラギ様の言葉に驚いてしまった。
「結婚?」
「そうだ。
キヨノは三条院の妻だろう」
妻?
さっきのあの紳士が洋装の女性を「妻」と紹介していたけど、あの女性と同じように、俺が伯爵様の……
「妻!」
スメラギ様が大笑いを始め、伯爵様が渋い顔をされている。
「申し訳ありません!」
なにかしくじった!
俺は真っ青になって頭を下げた。
っと、蜜柑の絞り汁がこぼれそうになったのを伯爵様がぐらすを俺の手から取った。
「おいおい、三条院、本当にさらってきたのか。
なにもわかってはいないじゃないか」
笑い過ぎて浮かんだ涙を指で拭いながら、スメラギ様は伯爵様に言った。
「そんなつもりはないのですが」
「形から入るのもあり、か。
祝言が決まったら教えてくれ。
キヨノ、おまえの薪で沸かした風呂に入りにいくから頼む」
スメラギ様は高らかに笑って去っていった。
が、俺はわけがわからなくなっていた。
今、天子様にお会いし、すごいことを言われた気がする。
伯爵様と結婚で妻で祝言。
どういうことだ。
伯爵様が心配そうに「慣れない場所で疲れましたか。帰りましょう、キヨノさん」と言った。
俺は人形のように伯爵様に連れられ屋敷を出ると、また車に乗せられた。
車の中でもずっと
「妻?
結婚?
俺が?
え?」
と小さくぶつぶつとつぶやくばかりで、なにも目にも耳にも入らなかった。
伯爵様の屋敷に着くと、中川さんと藤代さんが出迎えてくれた。
俺は二人の姿が見えると繋がれていた伯爵様の手を振りほどいて走り、中川さんに縋りつくようにして見上げた。
この人なら本当のことを知っているはずだ。
「おかえりなさいませ、キヨノさん。
いかがでしたか」
「俺っ。
俺っ!」
「はい」
「俺、『伯爵様の妻』って本当?」
中川さんは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って「そうですよ」とうなずいた。
「本当の本当に?!」
「はい、本当の本当です」
「な…んで?
なんで?
俺、女でもなんでもないのに。
田村様の使用人なのに、なんで?!」
「キヨノさん?」
「気がついたらこうなっていたっ。
なんでっ?
本当に?」
これまで俺は田村様のお屋敷にいるのと似たような感覚を持っていた。
そりゃ、破格の扱いだったけど使用人の気分だった。
田村様のお屋敷にも「田村様の妻」がいた。
俺たちは「奥様」とその女性のことを呼んでいた。
奥様は執事の宗方さんたちと一緒に屋敷を取り仕切っていた。
俺があの奥様と同じ、「妻」。
それも「伯爵様の妻」。
いつの間に?
なんで?
「ええ、キヨノさんはご結婚されて三条院伯爵様の妻ですよ」
嘘だ!
嘘だ嘘だ嘘だ!
俺が首を振るが、中川さんは揺らがなかった。
嘘だ!
「うっ」
声がこぼれた。
「う………」
たまらなかった。
「うわあああああああっ。
わああああああああんっ、うわあああああああんっ」
堰を切ったように、声と涙が溢れ出た。
「うわあああああんっ、あああああああっ、うわああああああん」
俺は立ち尽くし、顔を上にあげ、天に向かって泣いた。
「キヨノさんっ」
伯爵様が駆け寄り、片膝をついて俺を抱きしめようとしたが、俺はそれを拒んだ。
誰にも触られたくなかった。
とにかく、高い天井に向かって泣き叫んだ。
ひとしきり泣いて、息が苦しくなった頃、中川さんが俺に言った。
「キヨノさん、まずはその堅苦しい格好から着替えられてはいかがですか。
藤代とシノがやってくれますよ。
さ、いってらっしゃいませ。
旦那様もです。
参りましょう」
俺はまだひくひくと喉を引きつらせながら、藤代さんとシノさんのあとをついていった。
今日の薪割りは少し多めにしておいた。
熱めの風呂を沸かすのに、十分に用意しておきたかった。
伯爵様がお帰りになるとまたはぐときすがあった。
お出かけのときもあったし、慣れるしかないようだけど、正直俺には意味がわからないし、あまり好きじゃない。
なんか、恥ずかしいし。
赤ん坊じゃないし。
そして今夜は和食でほこほこに温まる粕汁をすすりながら、伯爵様とお話をする。
「議会で宰相様と近衛大将にお会いしたよ。
二人ともキヨノさんに会いたいとおっしゃっていた」
「っ」
「そうしたらお近くにいらしたスメラギ様もそうおっしゃってね。
今週の木曜日にある宰相様のパーティに二人で招待されました。
一緒に行きましょう、キヨノさん」
俺はぶんぶんと顔を横に振った。
スメラギ様って、あれだろ、この帝都の真ん中のぱれすにいらっしゃる天子様だろ。
俺みたいなの、会えるはずないじゃないか!
「宰相様に近しい人だけの小さな立食パーティですから、気負うことはありません。
きっと楽しいですよ」
やだ。
しかし、声に出すのは憚られた。
涙目になって、中川さんと藤代さんの方を向いて見たけど、二人は「それはよろしゅうございましたね」と相槌を打っている。
結局、俺は伯爵様が小さいときに着ていらしたという紋付き袴で、燕尾服の伯爵様に連れられて宰相様のお屋敷に向かった。
「スメラギ様は宰相様の大伯父にあたる人だからね。
今夜はお忍びでいらっしゃるそうですよ」
自動車の中でそんなことを聞かされて生きた心地がしないまま、着いてしまった。
宰相様のお屋敷は完全な洋館で、草履を脱がずにそのままふかふかの絨毯の上を歩き、大きなお部屋に連れていかれた。
そこには立派な服を着た立派そうな大人がたくさんいた。
裾の長い洋装の女性は珍しい髪形をして、あんなに胸元が開いていて恥ずかしくはないのか。
しかし、そこには綺麗な宝石の首飾りがついていてギラギラと光っていた。
どこかで乾杯の挨拶している声が聞こえたが、周りを背の高い人に囲まれて背の低い俺には誰がしゃべっているのかわからなかった。
伯爵様が俺のために蜜柑の絞り汁の入ったぐらすを持たせてくれた。
挨拶が終わり「乾杯」の声がすると、「乾杯」と言い合いながらぐらすがぶつかる音がした。
伯爵様はご自分の葡萄酒の入ったぐらすを掲げ、そして俺の蜜柑のぐらすに小さくぶつけ「乾杯」と言った。
俺も小さく「乾杯」と言い、伯爵様の視線に促されて一口飲んだ。
伯爵様と中川さんがおっしゃったように、俺は伯爵様のそばから離れないようにしていた。
「なにか食べましょうか」
そう言って伯爵様が歩き出すとすぐに「三条院様」と伯爵様は呼び止められる。
伯爵様は立ち止まり、にこやかに挨拶を始めるので俺は黙って聞いている。
相手がどんな人か説明をしてくれるがよくわからず、俺のことを紹介してくれるととりあえず黙って頭を下げておいた。
中には、洋装の女性を伴った男性もいて「妻です」と紹介していた。
伯爵様も「伴侶のキヨノさんです」と俺のことを言っていた。
ぴくっと伯爵様の足が止まり、緊張感が上がった。
しかしそれは一瞬ですぐに元に戻り、片手に新しい葡萄酒のぐらすを持ち、もう片方で俺の肩を抱くと歩き始めた。
「三条院、やっときたな」
「滑川様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや、かまわんよ」
恰幅のよい燕尾服の堂々とした男性の前で伯爵様は止まり、挨拶をした。
「そちらが?」
滑川様、と呼ばれた男性は俺に不躾な目で見てきた。
「はい、わたくしの伴侶のキヨノさんです」
俺はこれまでと同じようにぺこりと頭を下げた。
すると伯爵様はそっと俺に囁いた。
「キヨノさん、決して声を上げないでくださいね」
俺がうなずくと、伯爵様はそのまま耳に口を当てるようにして言った。
「こちらはスメラギ様です」
「なっ」
叫びそうになったが、伯爵様がぐっと俺の口を手で塞いでくれたのでそうせずにすんだ。
目の前にいらっしゃるのが天子様……
「こういう場所では滑川と名乗っているよ。
母の旧姓だ」
は、はい。
俺は無言でうなずく。
「君が三条院の奥方か。
神隠しのようにさらっていったと聞いているが、そうか、君か」
神隠し?
ああ、そうか。そうだな。
うまいことおっしゃる。
「三条院は忙しいだろう。
一緒にいられなくて寂しくはないか」
スメラギ様が俺を見て聞いてくる。
伯爵様を見ようにも視線を逸らせないほどの力で見つめられ、そして伯爵様が俺の代わりに答えようとしてもそれはスメラギ様によって遮られた。
「寂しくなどありません。
わたしは忙しく過ごしています」
「なにをしている?」
「薪割りです」
「薪割り?」
「はい、伯爵様に入っていただくお風呂を焚くための薪を作ります」
「三条院がそうしろと言ったのか」
「いいえ、そんなことはおっしゃいませんでした」
「おまえは田村のところの使用人だったと聞いているが、三条院のところではもう働かなくてもいいのではないか」
「伯爵様は自由にしていいいとおっしゃいました。
働いてはならぬとはおっしゃらなかったので、わたしは自分のできる仕事を見つけてやっています」
「ふん」
スメラギ様は小さく笑った。
失礼だと思ってむっとしてしまった。
「面白いな、キヨノは」
は?
俺はぽかんとスメラギ様を見た。
「三条院、おまえが祝言を挙げないから宰相にこんな会を開かせることになったんだ」
「申し訳ありません」
伯爵様が頭を下げるので、俺もつられて一緒に頭を下げた。
下げながら考えた。
祝言?
なんで祝言?
「そりゃあ、結婚したからだろう」
「え?」
どうやら俺は思わず口に出していたらしい。
そしてスメラギ様の言葉に驚いてしまった。
「結婚?」
「そうだ。
キヨノは三条院の妻だろう」
妻?
さっきのあの紳士が洋装の女性を「妻」と紹介していたけど、あの女性と同じように、俺が伯爵様の……
「妻!」
スメラギ様が大笑いを始め、伯爵様が渋い顔をされている。
「申し訳ありません!」
なにかしくじった!
俺は真っ青になって頭を下げた。
っと、蜜柑の絞り汁がこぼれそうになったのを伯爵様がぐらすを俺の手から取った。
「おいおい、三条院、本当にさらってきたのか。
なにもわかってはいないじゃないか」
笑い過ぎて浮かんだ涙を指で拭いながら、スメラギ様は伯爵様に言った。
「そんなつもりはないのですが」
「形から入るのもあり、か。
祝言が決まったら教えてくれ。
キヨノ、おまえの薪で沸かした風呂に入りにいくから頼む」
スメラギ様は高らかに笑って去っていった。
が、俺はわけがわからなくなっていた。
今、天子様にお会いし、すごいことを言われた気がする。
伯爵様と結婚で妻で祝言。
どういうことだ。
伯爵様が心配そうに「慣れない場所で疲れましたか。帰りましょう、キヨノさん」と言った。
俺は人形のように伯爵様に連れられ屋敷を出ると、また車に乗せられた。
車の中でもずっと
「妻?
結婚?
俺が?
え?」
と小さくぶつぶつとつぶやくばかりで、なにも目にも耳にも入らなかった。
伯爵様の屋敷に着くと、中川さんと藤代さんが出迎えてくれた。
俺は二人の姿が見えると繋がれていた伯爵様の手を振りほどいて走り、中川さんに縋りつくようにして見上げた。
この人なら本当のことを知っているはずだ。
「おかえりなさいませ、キヨノさん。
いかがでしたか」
「俺っ。
俺っ!」
「はい」
「俺、『伯爵様の妻』って本当?」
中川さんは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って「そうですよ」とうなずいた。
「本当の本当に?!」
「はい、本当の本当です」
「な…んで?
なんで?
俺、女でもなんでもないのに。
田村様の使用人なのに、なんで?!」
「キヨノさん?」
「気がついたらこうなっていたっ。
なんでっ?
本当に?」
これまで俺は田村様のお屋敷にいるのと似たような感覚を持っていた。
そりゃ、破格の扱いだったけど使用人の気分だった。
田村様のお屋敷にも「田村様の妻」がいた。
俺たちは「奥様」とその女性のことを呼んでいた。
奥様は執事の宗方さんたちと一緒に屋敷を取り仕切っていた。
俺があの奥様と同じ、「妻」。
それも「伯爵様の妻」。
いつの間に?
なんで?
「ええ、キヨノさんはご結婚されて三条院伯爵様の妻ですよ」
嘘だ!
嘘だ嘘だ嘘だ!
俺が首を振るが、中川さんは揺らがなかった。
嘘だ!
「うっ」
声がこぼれた。
「う………」
たまらなかった。
「うわあああああああっ。
わああああああああんっ、うわあああああああんっ」
堰を切ったように、声と涙が溢れ出た。
「うわあああああんっ、あああああああっ、うわああああああん」
俺は立ち尽くし、顔を上にあげ、天に向かって泣いた。
「キヨノさんっ」
伯爵様が駆け寄り、片膝をついて俺を抱きしめようとしたが、俺はそれを拒んだ。
誰にも触られたくなかった。
とにかく、高い天井に向かって泣き叫んだ。
ひとしきり泣いて、息が苦しくなった頃、中川さんが俺に言った。
「キヨノさん、まずはその堅苦しい格好から着替えられてはいかがですか。
藤代とシノがやってくれますよ。
さ、いってらっしゃいませ。
旦那様もです。
参りましょう」
俺はまだひくひくと喉を引きつらせながら、藤代さんとシノさんのあとをついていった。
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