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赤の他人

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「……パパって、料理上手いんですね。胃に沁み渡ります」
「そうねぇ。作り始めてまだ一年くらいになのに美味いわね。多分何かの素か惣菜なんじゃないこれ?」
「失礼過ぎるぞその発言は。そもそも食材はお前が持ってきたもんだろうが」
 夕食を作り終えた俺はテーブルに料理を置いた後、ゆっくりと箸を進めていた。
 ちなみに献立はアジの南蛮漬け、キャベツの量を増やして豚肉を減らした豚汁、後はかぶの浅漬けだ。和食一色である。
「和食なんて久々ですよまったく」
「そりゃかれこれ三日は水しか口にしてねえしな」
「そうですねぇ、でも水も中々お腹が膨れるものですよ?」
「待て、俺は突っ込みを期待したんだ。馬鹿正直にそんな涙を誘う事実を言わんでいい」
「うう、でも本当に美味しいです。はむ……はむ……」
 箸の動くスピードは遅いものの、彼方は一口一口噛み締めるように食べ、恍惚の表情をしている。こんなに美味しそうに食べられたのなら、作り手の俺としては嬉しくないわけがなかった。
「っておい、泣くなよ」
 すると突然、彼方はぽろぽろと涙を零し始めていた。
「あ、すみません……」
 ぺこりと一度頭を下げ、華奢な腕でぐいっと目元を拭う。涙は拭えたものの、目尻は赤かった。
「それで、柚季。この子ってアンタとどんな関係にあるの?」
「さぁな、こいついわく親子の関係らしいが俺にとっちゃどういう意味かもわかんねえ」
「親子……それで私がママって……え? 私アンタと結婚してたっけ?」
「空想上の話に決まってんだろ、そもそもこいつは今俺たちと同じ学年だぞ。俺たちはゼロ歳の時から子作りに励んでるわけじゃねえだろ?」
「その口振りだと今はしているように聞こえますが」
「「してない!」」
 否定の言葉が同時に部屋を反響した。
「……じゃあアンタからして見れば彼方さんは赤の他人ってことでしょ? じゃあ何でこんな状況になってんの? 普通アンタなら無視するわよね?」
「……いいだろ別に。俺にだって色々あんだよ」
 どうせこいつに説明しても罵りしか返ってこないだろうからな、ここは言わないのが正解だ。
「でも、パパって学校と自宅じゃ随分とキャラクターが変わるんですね。どっちが素なんですか?」
「こっちが素よ。間違いないわ。学校じゃいつも不良気取ってるけどあんなのは所詮は仮面に過ぎなくて、その仮面を剥がしてしまえばこんな風なヘタレに大変身よ」
「誰がヘタレだ誰が」
「ヘタレでしょ? それに、アンタの好物と趣味なんてヘタレどころか女っぽいじゃない」
「へ? パパの好物と趣味ですか? 気になります~」
 興味が湧いたのかジッと俺を見てくる彼方。俺は答えを言うつもりはなかったのだが、遠江が勝手に答えを口にした。
「好物はとにかく甘いお菓子で、趣味、特技がお菓子作り。冷蔵庫の中にはいつもお菓子が補充されてるわ。――どれどれっと」
「おい! 勝手に見るなよ!?」
 という忠告も聞かず、問答無用で冷蔵庫を開け、中から俺の渾身の力作である様々な装飾を施した円形のチョコレートケーキが姿を現した。
「お~、随分と凝ったものを作ったのね。夜中に作ってるんだから相当眠いんじゃないのアンタ」
「わぁー、凄いです! 美味しそうです! 食べてもいいですか?」
「駄目だ。俺のもん」
「ほーんとケチよねアンタ。こちとら食材分け与えてあげてんだからいいでしょうが。ま、駄目と言われても食べるのが私なんだけどね」
「食材って……あれお前が勝手に持ってきてるだけだろうが! おいふざけんな――ってああ!? 俺が徹夜して作ったシュガークラフトが!」
 かなりの時間を労して作り上げたシュガークラフトが一瞬にして遠江の口に消える。
「ん~おいち。……んじゃあまずは食器を片付けてっと」
 ケーキを一度冷蔵庫に戻し、空になった食器を流し台に持って行く遠江。その後、食器棚から三つの小皿とフォークを取り出し、テーブルに広げ、ケーキを再び手に取ってテーブルの上に鎮座させた。
「さってと、食べましょうか」
「シュガークラフト……一番楽しみにしてたシュガークラフトが」
「ほんっとキャラ変わりますねパパって」
 少し呆れたような顔で彼方は俺を見つめる。自分でも確かにキャラが変わっているとは思っている。自嘲した方がいいのだろうか。
「仲よく三分割~。はい、はいっと」
「わぁ~」
「クソ……、これ全部俺のもんなのに。呪ってやる、呪ってやるぞ……」
「そんな簡単に呪って人に不幸が訪れるのであればアンタや私なんてとうの昔に死んでるわよ。考えなさいよ馬鹿」
「そんくらいわかってるよちくしょう!」
 反論した後に、俺はフォークでケーキをちまちまと食し始めた。うん、渾身の力作とだけあって中々に美味い。
「って、ほんとにお前カロリー大丈夫かよ。自分の家で飯食って、ここで飯食って、デザートに高カロリーのケーキなんて食べて」
「私某芸能人のように太らない体質なの」
「へぇーっ、羨ましいです」
「真に受けるな、これは嘘だ。ちなみに俺の目から見ればこいつの体重は着々と増えてる。最近お腹が出始めてるからな、すぐわかる」
「どこ見てんのよアンタ! 女子のお腹を凝視するなんて、変態よ! 不良変態よ!」
「凝視しなくともその違いはわかる。お前毎日毎日きてるからな。ふと見て気づくんだよ、あれ、太ってるなってな。しかもお前は運動部には所属してねえからな、こうなることは必然。まぁドンマイだな」
「うぐぐ……でもそれはアンタだって同じよ! 顔がいいからって調子に乗らないでよ! アンタだって私みたいにぶくぶく太っていくんだから!」
 いや、まださほど太ってないように見えるが……まぁ言わなくていいか。
「残念だが、俺はお前とは違って運動してるんでな。毎日のようにサンドバッグ殴ってる」
「人間というサンドバッグをね」
「…………」
 正解なので反論出来なかった。
「アンタねぇ、これ以上問題になったら退学になるかもしれないのよ? わかってる? 私だって庇いきれないんだから」
「生活費も学費だって自分で払わなきゃなんねえんだからバイトしなきゃ駄目なんだよ。でも、そこら辺のバイトじゃ稼げねえからそういった特殊なバイトをしてんだ。そっちの方が割が違うからな」
「やめなよ、そんなこと。学費も生活費もお父さんが出してくれるって言ってるんだから」
「ハッ」
 俺はその申し出を、鼻で笑った。遠江瞬華という少女を、嘲るように、笑った。
「……何で」
 そして、遠江を見下しながら、俺は言った。

「何で赤の他人なんかに世話されなきゃいけねえんだよ」

「――っ」
 かちゃん、とフォークが置かれた音がした直後、快音が炸裂した。それは、遠江が俺の頬を引っ叩いた際に生じた音だった。
「ってぇ」
 ずきずきと痛む頬を摩りながら呻くように呟く俺に対し、遠江は怒りの染まった表情で、肩を震わせながら言う。
「アンタは……! 本当にアンタって奴は……」
 と言って、唇を噛み締めた後、立ち上がって無言で出て行った。
「何がどういう状況なのか、わかりませんねぇ。……はむり」
 空気を読めない彼方は一人ケーキを貪りながらそう言葉を零すのだった。
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