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第28話 ヘイトと魔王軍との戦い

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「な、なんだっ! こいつはっ! 人間が一人きりでっ!」

「く、くそっ! 舐めやがって!」

 魔王軍の魔族兵達はヘイトを認め、そして、歩みを止めたのだ。まず、邪魔なヘイトを始末して、それから進軍を再開しようという魂胆であった。だが、その目論見は簡単に崩れ去る。
 ヘイトが人間一人とは思えない程の、圧倒的な強さを見せるからだ。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ!
ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ!
ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ! ザシュ! ズバ!

 ヘイトの大剣が唸り、大勢の魔族兵を一瞬で斬り裂いた。普通、あれだけの大剣を連続して振るう事はできない。『剣神』のスキルを授かっているというだけあって、まさしく剣の神としか思えない立ち振る舞いであった。

 大勢の魔族が斬り裂かれ、吹き飛んでいく。

「「「う、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」

 魔族兵達の悲鳴がそこら中から上がる。まさしく、阿鼻叫喚といった様子だった。

「く、くそっ! この人間! 思ったもやるぞっ!」

「い、嫌だ! し、死にたくない! に、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 戦意を失い、逃げ出しそうになる魔族兵も多く存在した。

「す、すごい……」

「流石、『剣神』のスキルを授かったヘイトだ。憎らしい性格をしているけど、その戦闘力は凄まじい。本物だ」

「あのまま、魔王軍を一人で倒してしまうんでしょうか」

「それはどうかな……魔王軍の数は凄まじいものがあるが、数だけじゃない。特に魔王——それから魔王の直属の幹部である四天王は凄まじい力を持っていると聞く。それこそ、一人で一万の軍に匹敵する位の戦力を。もし四天王が出てきたら、ヘイトでも危ういと思うよ」

「出てこなければいいのですが……」

 俺達はとにかく、ヘイトの戦闘を見守っていたのだ。

「く、何をやっているのだ! 人間たった一人に、何を手を焼いている!」

 魔王軍魔族兵団の隊長である、魔人クレイモアはうろたえていた。予想外の襲撃——それもたった一人の人間にここまで魔王軍がてこずるとは夢にも思ていなかった事であろう。

「倒せ! なんとしても倒せ! こんな人間一人にやられてしまっては、魔王軍の名折れだぞ!」

「た、隊長! こいつは強いです! こ、ここはクレイモア隊長の出番じゃないか!」

「馬鹿もの! もしわしが闘って死んだらどうするつもりだ! お前達下っ端の命と違って、隊長である私の命は貴重なのだ! 奴は強い! わしが闘って勝てる保証がない! わしは闘って勝てる喧嘩しかしないのだ!」

 敵ながら物凄くダサい台詞を魔人クレイモアは平気で吐く。

「「「そ、そんな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」」」

 手下である魔族兵達は嘆いていた。

「くっ! 情けない奴らめっ! 魔王様の為に喜んで命を投げ捨てなくてどうする!  それでも栄光ある我が魔王軍の兵士かっ!」

 自分の事は棚上げして、魔人クレイモアは部下である魔族兵達を叱責したのだ。

「情けないのはどちらだ……魔人クレイモアよ」

 どこからともなく、冷徹な声が響き渡ってきた。

「な、なにやつ!」

 突如、亜空間から姿を現したのは美しい魔女の女性であった。戦場に立つには相応しくはない、妙に露出度の高い煽情的な服を着ていた。自らの豊満な身体つきを周囲に見せつけているようであった。ただ、美しくて煽情的というだけではない。その全身から放たれる圧倒的な魔力量……そして、氷のように冷たい殺気は周囲を圧倒するに十分過ぎるものであった。

「あ、あなた様は……!」

 彼女が出現した途端、魔人クレイモアは血相を変えた。

「モリガン様ではございませぬかっ! な、なぜこのような前線にあなた様がっ!」

 彼女は魔王軍四天王の一角である魔族の女性——モリガンであった。魔王軍の中で魔王の次に偉い四天王の一人であり、魔人クレイモアの直属の上官でもある。

 つまりは魔人クレイモアの決して、頭の上がらない相手という事であった。

 どうやら転移魔法(テレポーテーション)で前線まで移動してきたようだ。限られた者しか使う事ができない、高位魔法ではあるが彼女はその魔法が使える限られた者の一人であった。

「お前達があまりに不甲斐ないから駆け付けてきたに決まっておろう……」

 モリガンはそう告げる。

「ま、誠に申し訳ありませぬ……お、思った以上に手強い人間が出てきまして、手を焼いておりまして……」

 視線を反らし、魔人クレイモアは見苦しくも言い訳をしていた。

「もう良い……貴様達には何も期待していない」

 モリガンは一歩前へと出た。

「な、何をなさるつもりですか! モリガン様!」

「あのような下劣な人間だと、私が人捻りしてやろう」

「そ、そんな、モリガン様の手を煩わせるなど……」

「理解しろ……既に私の手は煩っているのだ……今更の話でしかない」

 冷徹な声で表情一つ変えずにモリガンは告げる。

「んだよ……そこのエロいねーちゃんは」

 戦場であるにも関わらず、ヘイトはモリガンに対して卑猥な視線を送り、鼻の下を伸ばしていた。

「へへっ……随分とエロい身体しやがって……どんなプレイで俺様を愉しませてくれるつもりだ?」

「私は四天王の一角であるモリガンだ……下劣な人間よ。死にゆく貴様への慈悲だ。特別に名乗ってやろう……そしてその品のない顔も許してやる」

「な、なに! 四天王だと!」

 四天王という言葉に流石のヘイトも表情を変えた。だがその驚きの表情もすぐに元に戻る。余裕のある、相手を舐め腐ったようないつもの顔だ。

「へっ……少しは手応えのありそうな敵が出てきたじゃねぇかよ……おい。英雄である俺様の踏み台になって貰うぜ! 俺様の栄光の道の踏み台によ!」

 ヘイトはモリガンに斬りかかる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ヘイトは風よりも速く、その大剣を持って、モリガンに襲い掛かる。

 ――しかし。

 モリガンに剣げ触れるよりも前に、猛烈な勢いで弾かれた。

「な、なんだと! 魔力障壁(マジックシールド)かっ!」

「そのような大層なものではない……無意識に生じてしまう、ただの魔力による護りだ」

 モリガンは表情ひとつ変えずに告げる。

「……くそっ!」

 仕方なく、ヘイトはモリガンから距離を取った。そして打開策を探る……。だが、スキル任せによる力業で自分より格下を屠ってきただけのヘイトに、自分より強い相手への対抗手段はそう簡単に思いつくものではなかった。

「これから貴様を撫でるぞ。死んでしまうなよ……虫けら」

 モリガンは冷たい目でヘイトを見下した。ヘイトにとっては見下す事はあっても見下される事はなかったのだ。初めての経験だった。

 モリガンは魔力の波で撫でた。撫でると言っていたが、ヘイトにとってはただ事ではない。強烈な魔力の衝撃波がヘイトを襲ったのだ。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ヘイトは魔力による衝撃波に吹き飛ばされ、地べたを這う事となる。

「ふむ……死ななかったか。虫けらだけあって、生命力だけは確かにあるようだ」

「く、くそ! ちくしょう!」

 ヘイトは地べたを這いつつ吐き捨てる。

「それでは次に参ろうか……」

 モリガンが鋭く、眼光を放つ。
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