奪われたはずの婚約者に激しく求められています?

ROSE

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シャロン 7 沈鬱な夜会 1

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 急激な眠気だった。
 もう我慢できないと、昼過ぎには就寝したはずだ。
 しかし、気がつくと昼だった。つまりシャロンは丸一日眠っていたことになる。
 なぜ誰も起こしてくれなかったのか。怒りの矛先は真っ先に長兄に向いた。
「兄さん、どうして起こして下さらなかったのですか」
「おはよう、シェリー。だって運動の後は疲れるだろう? 多めに寝ておいた方がいい」
 いつもよりも楽しそうな彼の表情が憎らしく思えた。
 なにより、殿下が寝顔だけ観察して帰ってしまったという事実が、余計にシャロンを感情的にさせる。
「私に隠れてこそこそと……一体殿下となにをお話していたのです?」
 もしや昔の恥ずかしい話をされていないかと不安になってしまう。
 教育を受ける前のシャロンは今思えば恥ずかしいことを両手の指では数え切れないほどしでかしているに違いない。本人は全く覚えていなかったとしても、年長の兄たちは嫌と言うほど把握しているはずだ。
「たいした話ではないよ」
 アレクシスははぐらかす。
「そーそー、兄さんがちょっと殿下のこといじめてただけだから」
 ジェフリーは気怠そうな表情で言う。彼はいつも通りだ。
「あとで殿下が人を寄こすって。シャロンが寝てるならそのまま追い返して構わないって言ってたよ」
「え? ご本人ではなく?」
「うん。今日はちょっと忙しいからって。最近サボりすぎたから仕事がたっぷり溜まってるんじゃないかな」
 いつもの調子に見えて、なにか隠し事をしているようにも感じられる。
 けれどもこういうときの次兄は頑固なのだ。シャロンがなにを言っても情報を出してはくれないだろう。
 シャロンは溜息を吐き、殿下が寄こす人を待つことにした。

 殿下が寄こした人は仕立屋だった。彼のお気に入りで、新作をオーダーしようとすれば年単位で待たされると評判の女性だ。殆ど殿下専属になっている彼女は分厚い本を抱きしめながらシャロンに挨拶した。
「殿下のご命令でシャロン様のドレスを制作することになりましたリオと申します」
 背が高く、予想よりも低い声。
「よろしくお願いします?」
 シャロンは少し反応に困った。
 ドレスは望んでいないけれど、これを断ればまた彼を不快にさせてしまうだろう。
 南国の鳥みたいに鮮やかな色の髪をしたリオは威嚇するように力強い化粧を施している。
 シャロンはリオを美しいと思った。
 まるで自然の力強さそのものを表現しているようだと。
「夜会まで時間がございません。こちらの候補からお選び頂き、型紙を補正して間に合わせたいと思います」
 こちらの候補。そう言ってリオが見せたのは分厚い本だった。
 いや、本だと思った物はデザイン画を綴じたものだったらしい。辞書に匹敵するのではないかという分厚さのそれをパラパラと捲るリオ。
 シャロンは目を丸くするばかりだ。
「シャロン様の好みに合わせるようにと命じられております」
 リオはそう言うけれど、シャロンには特に好みはない。
「……肌の露出が少なければそれで構いません」
 あまり胸元が大きく開いた服は好きではない。そのくらいしか浮かばない。
 けれどもリオは夜会と言わなかっただろうか。
 招待状が届いた記憶がないのに、一体いつ開催される物の話をしているのだろう。
「お色の好みは?」
「特にありません」
 どうせ好きな物を選んでも否定されてしまう。
 夜会の場で、殿下の隣に立つ女性として恥ずかしくない装いなんてシャロンには考えられなかった。
「お任せします。その……殿下の隣に立っても迷惑にならないようなものにしてください」
 そう依頼すれば、リオは深い溜息を吐く。
「これは……重症ですね……。貴族のご令嬢が自分の服ひとつ選ぶことが出来ないなんて……あなたは未来の王妃ですよ? 我が国の服装史において重要な立場にあらせられるというのに……」
 それからすさまじい勢いで束を捲る。
「こちらとこちらならどちらがお好みでしょうか?」
 二枚の絵を見せられても、なにも考えることができない。
 胸元は隠れている。けれども腕が出ているものと、腕も隠れているけれど横腹の部分がレースになっていて透けて見えるらしいものがある。
 どうすればいいのだろう。
 シャロンはちらりと背後を見る。
 護衛に立っているスティーブンの意見を訊ねようとしたが、彼は全く視線を向けようともしない。会話する気すらないのだろう。
 仕方がない。
 シャロンは目を瞑り紙に手を伸ばす。
「こちらでお願いします」
 触れたのは腕が出る方のデザインだった。
 リオは何度目かわからない溜息を吐く。
「……私が仕立てると言ってここまでなにも考えずに依頼されるのは初めてのことです。屈辱ですよ……」
 苛立ったように奥歯を噛むリオに申し訳ない気持ちが湧くが、シャロンにはどうしようもならない。
 いっそいつものように殿下が選んで送り付けてくれればいいのに。
 そう願い、彼が贈ってくれたドレスは一度も袖を通したことがない物ばかりだと思い出した。
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