5 / 11
5
しおりを挟む運河沿いの道を歩く。
潮風が心地よい。
心がざわついたときは海を見るのがいいなんて言う人もいるけれど、俺にはよくわからない。
夏休みには祭りで賑やかになる道も、まだ観光客向けの看板が並ぶ程度だ。
シーズン外れの観光地は微妙な寂しさを漂わせているように思える。けれどもその風景が嫌いではない。
子供の頃、海が見える公園でよく遊んでいた。
公園でおやつを食べようとすると海鳥に横取りされることもあったなと懐かしい気持ちになる。
下校時間からずっと遊んでいるのだろう。ランドセルをベンチに置いて公園を駆け回っている子供達が目に入った。
俺にもあんな時期があったな。
足の悪い朔に自分の荷物を持たせるやつらがいた。
ただでさえ歩くのが大変だろうに、前も後ろも両手にも重い教科書の入ったランドセル。
あの頃はまだ置き勉推奨なんてされていなくて、教科書は毎日持ち歩かなくてはいけなかった。
あんなの、一種の虐待だ。
普通にランドセルを背負うだけでもその重さなのに、朔はいじめっ子達の分まで背負わされていた。細くて貧弱な体で。
見ていて気分が悪かった。
だから朔からランドセルを奪い取って、元の持ち主へ放り投げてぶつけた。
その後取っ組み合いの喧嘩をして、それを見た朔が困り果ててじいちゃんを呼んだ。
全員がっつし怒られた。けれどもじいちゃんは最後に俺だけ呼び出して「ありがとう」と言ってくれた。
たぶんそれからだ。
学校で朔が時々話しかけてくるようになって、下校時間にじいちゃんと会って……なんとなく朔の家に遊びに行ったりすることが増えた。
じいちゃんの職人技を何度も見せてもらったことがある。物作りがすごいってことはよくわかったけれど、朔みたいに自分もそれをやりたいという気にはならなかった。
俺は生き物が好きだ。海の生き物や爬虫類が特に。
きっかけがなんだったかは忘れてしまった。
たぶん山に入った時に脱皮した蛇をみかけただとかそんな理由だ。蛇の皮は特別な物に感じられた。
変身。
生まれ変わるだとかそんな感覚。爬虫類にはそう言った神秘的な魅力がある。
恐れられるのはみんなその生き物について知らないからだ。ちゃんと知っていけば、世間が想像するほどの危険生物ではないと理解出来るだろう。そもそもペットとして飼育できる程度の生き物がそこまで危険なはずがない。正しい知識と正しい管理さえできれば殺人蛇なんて生まれたりはしないのだ。
たぶん将来の不安なんかもそれと似た感覚だろう。
なにが起こるかわからないから怖い。
自分の向かおうとしている方向は本当に正しいのだろうかだとか、その選択に後悔はないかだとか。
好きなことだけ続けられたらそれが理想だ。けれども理想というのは大きなリスクがある。
もし好きなことでぽっきり折れてしまったら? その先になにが残る?
好きなことをずっと好きでいられるのは才能だ。きっと俺にはその類いの才能も他の全てを犠牲にして打ち込むだけの覚悟も情熱もない。
だから、無難な決断でいい。
この道を歩く度に、朔と過ごした日々を思い出す。
足が悪い癖に杖を忘れて歩いていたこと。こっそりソフトクリームを買い食いしたこと。観光客に道を訊ねられ、外国語に困惑していたら、朔が流暢な外国語で案内をして驚いたこと。
出会った時は考えもしなかった程、長い時間を一緒に過ごした。
けれども、人生の中で一緒に過ごす時間はきっと今年が最後だろう。
朔は音楽の道に行く。それは揺るぎない事実だろう。かといってそれを追いかけることなんて出来ない。俺には俺の、朔には朔の人生がある。
きっぱり諦めるためにも、離れた方がいい。
東京に行けば俺みたいな人間も多少目立たなくなるだろうか。
きっと人の多いところに行けば、ゲイも珍しくなくなる。
そうしたら、もう少し楽な生き方を出来るのだろうか。
今の俺は所謂クローゼット状態だ。
自分を曝け出すことを恐れて、内に籠もっている。
いつまでも隠しておくことはできないだろう。そう思っても、まだ母さんにすらカミングアウトする勇気はない。
失望されたくない。
一応それなりに両親には愛されて生きてきた自覚がある。
だめな息子でごめん。せめて人並みに就職して親孝行くらいは出来るようになりたい。
でも、孫は諦めて欲しい。
身勝手だとは思っている。けれども、たとえゲイでなかったとしても俺みたいなタイプは結婚出来ないと思う。よほど大金持ちにならない限り。
残念だけど今から成金を目指すのも難しそうだ。たぶん商才はない。リスクに挑むだけの度胸もない。
母さんが俺を褒めるときは大抵「優しい子」なんて無難な言葉で、時々「生物が得意」が付く。
勇敢や美形とかいう世の中で求められる、つまり女子ウケしそうな要素がない。
父さんはときどきしみじみと「母さんに似て色白だなぁ」と口にするけれど、それもあまり美点には思えない。むしろ、この外見ならひきこもりだから色白だと思われそうだ。一応外には出ている。
色白と言えば朔も色白だ。色白で細っこくて風が吹けば倒れてしまいそう。
けれどもあいつは美形だから女にモテる。共通点は色白ぐらいだ。
オタクはオタクでも爬虫類は気持ち悪い、弦楽器はかっこいいになってしまうのだから世の中は不平等だ。いや、朔と趣味を交換したって朔ならミステリアスなイケメン、俺はデブの癖に生意気と言われるに決まっている。
結局顔が全てだ。
そう思うと溜息が出る。
俺だって多少は体型を気にしている。太っていると就職に不利だとか、それ以前に受験面接で試験官に不快感を与えないかだとか考えてしまう。
生まれつき太りやすい体質だ。それに加え、料理好きの母さんは食べさせることが大好きで、父さんもころころしている方がかわいいと言ってしまう。
母さんはやや肥満気味。たぶん体質も母さんに似た。父さんはどんなに食べても細い。母さんの手料理を俺の倍は食べているというのに、結婚前から体型が変わっていないだなんて世の中本当に不公平だ。
一人で歩くと毎度こうだ。ぐるぐると余計なことばかり考えてしまう。
顔面に強い風が吹く。
暗い思考を天狗に窘められたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる