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第三章
最後くらい
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案の定とも言うべき展開に、私達は顔を見合わせて苦笑した。
「申し訳ございません、せっかくのお誘いですが……」
「お時間が出来ましたら、また後日連絡を……」
無難な返答でやり過ごし、私達はそそくさと輪から離れる。
その際ふと辺りを見渡すと、ルーシー嬢やレーヴェン殿下も大人達に取り囲まれていた。
兄だけはシレッと撒いているが。
『さすがお兄様ね』と思いつつ、私はリエート卿と力を合わせて何とか逃亡した。
「ふぅ……何とか、躱せたな」
目立たない壁際で一息つくリエート卿は、おもむろに前髪を掻き上げる。
が、『今日はセットしてもらったんだった』と零し、慌てて手を離した。
「ふふふっ。ちょっと乱れてますわ。直してもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
素直に助けを求めてくれるリエート卿に、私は小さく頷いた。
頼ってくれることを誇らしく思いながら手を伸ばし、オレンジがかった金髪に触れる。
半ば撫でるようにして乱れたところを整えると、リエート卿が少しばかり頬を赤くした。
「なんか、頭を撫でられているみたいで照れるな……」
口元に手を当ててボソリと呟き、リエート卿は控えめにこちらを見つめる。
その動作が、眼差しが、表情がなんだかいじらしくて……胸を高鳴らせてしまう。
余裕のないところが、私を想っている証拠みたいで嬉しかったから。
あれ?私、もしかして……。
胸の奥に隠れていたソレをようやく自覚し、私はハッとした。
────と、ここで急に腕を引かれる。
「ファーストダンスの時間だ」
そう言って、素早く私の腰を抱き寄せたのは兄のニクスだった。
どことなく不機嫌そうな様子でこちらを見つめる彼は、四の五の言わずに歩いていく。
『あっ……』と思った時にはもう会場の中央で、ダンスを踊っていた。
放心していても、ダンスって踊れるのね。
お兄様のリードが上手いからかしら?
考えるよりも先にステップを踏んでいるような感覚に、私は『凄い』と感心する。
その時、ふとレーヴェン殿下と踊っている麻由里さんを見掛けた。
きっと、求婚を避けるという意味でペアになったのであろう二人に、頬を緩める。
なんだか、知り合いが居ると思うと嬉しくて。
『二人とも、凄い注目されているなぁ』とぼんやり考える中、不意に腰を抱き寄せられる。
「────最後くらい、僕を見ろ」
どこか拗ねたような口調でそう言い、兄はじっとこちらを見つめた。
今にも泣きそうな表情を浮かべる彼の前で、私は瞬きを繰り返す。
「最後……?」
「ああ。だって────気づいたんだろう?自分の気持ちに」
「!!」
ハッと息を呑む私は、兄の観察眼と勘の鋭さに瞠目した。
と同時に、『不機嫌だった理由はソレか』と悟る。
お兄様は本当に誰よりも、私のことを理解してらっしゃる。
一目で心境の変化を見抜く程度には。
『敵わないわね』と内心苦笑する中、兄はクシャリと顔を歪めた。
「……何で僕じゃダメなんだ」
独り言に近い声色で吐き出し、兄は縋るような目をこちらに向ける。
「やっぱり、兄だからか……?」
「いいえ、違います」
迷わず首を横に振り、私はスッと目を細めた。
どう伝えようか悩みつつ、クルリと優雅にターンする。
「こう言ってしまうと、その……お兄様にとっては、残酷に聞こえるかもしれませんが」
「構わない。教えてくれ」
『優しい嘘も、遠慮も要らない』と述べる彼に、私は小さく頷いた。
「正直、お兄様のことは……ニクス様のことは────好きに、なりかけました」
「!!」
大きく目を見開き、兄は思い切り腰を引き寄せた。
「本当か?」
「はい。兄であることをやめてからのニクス様は、私の横に並んで物事を考えてくれるようになりましたから。ただ────」
そこで一度言葉を切ると、私はそっと眉尻を下げる。
「────苦労を分けてはくれなかった」
要領がいいからこそ全部一人で抱え込もうとする兄の習性を指摘し、私は足を止めた。
最初のワルツが、ちょうど終わりを迎えたから。
「これは私のワガママかもしれませんが、互いに助け合える関係が良かったんです。だって、二人で決めた道なのに責任を取るのは片方だけなんて……不公平でしょう?何より、『朱里は何も出来ない子だ』と言われているようで少し悲しかったんです」
『私だって同じものを背負いたいのに』と述べると、兄は強く目を瞑った。
「そう、か……僕は愛する人の負担を減らしてやるのが、愛情だと思っていた。でも、お前は違うんだな……」
『選択を間違えた』と嘆く兄に、私は小さく首を横に振る。
だって、愛に正解はないから。
ただ、お互いの価値観が……愛し方が合わなかっただけ。
きっと、彼の愛もある意味では正しいんだと思う。
「ごめんなさい、ニクス様」
『貴方の気持ちには応えられない』と正式に断りを入れると、彼は暫く沈黙した。
失恋の痛みを堪えるように……そして涙を流さぬように上を向き、唇を噛み締める。
悔しい気持ちを吐き出すように『くそっ……』と小声で呟き、兄は大きく深呼吸した。
かと思えば、ようやく目を開けてこちらを見る。
「……分かった。僕の気持ちに真剣に答えてくれて、感謝する」
「いえ、こちらこそ。私を好きになってくれて、ありがとうございます」
正直ニクス様の気持ちには驚いたけど、とても嬉しかった。
これは紛れもない事実で、本心。
じんわりと胸に広がる温かさと他人の好意を拒絶した罪悪感に、私は目を細める。
『これが人の感情の重み』と実感する私を前に、兄はフッと笑みを漏らした。
「それじゃあ、僕は兄に戻るとする」
こちらに負担を掛けないためかすんなりと失恋を受け入れ、兄は優しく私の頭を撫でる。
『もういいよ』とでも言うように。
「さっさとリエートのところに行け。僕はちょっとバルコニーに出てくる」
「はい、分かりました。では、また後ほど」
正直、今の兄を一人にするのは心配だが……振った本人が傍に居て、慰めるのはなんだか違う気がして踵を返す。
後ろ髪を引かれる思いでリエート卿の元に戻り、私は不安に駆られながら二度目のダンスへ突入した。
「申し訳ございません、せっかくのお誘いですが……」
「お時間が出来ましたら、また後日連絡を……」
無難な返答でやり過ごし、私達はそそくさと輪から離れる。
その際ふと辺りを見渡すと、ルーシー嬢やレーヴェン殿下も大人達に取り囲まれていた。
兄だけはシレッと撒いているが。
『さすがお兄様ね』と思いつつ、私はリエート卿と力を合わせて何とか逃亡した。
「ふぅ……何とか、躱せたな」
目立たない壁際で一息つくリエート卿は、おもむろに前髪を掻き上げる。
が、『今日はセットしてもらったんだった』と零し、慌てて手を離した。
「ふふふっ。ちょっと乱れてますわ。直してもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
素直に助けを求めてくれるリエート卿に、私は小さく頷いた。
頼ってくれることを誇らしく思いながら手を伸ばし、オレンジがかった金髪に触れる。
半ば撫でるようにして乱れたところを整えると、リエート卿が少しばかり頬を赤くした。
「なんか、頭を撫でられているみたいで照れるな……」
口元に手を当ててボソリと呟き、リエート卿は控えめにこちらを見つめる。
その動作が、眼差しが、表情がなんだかいじらしくて……胸を高鳴らせてしまう。
余裕のないところが、私を想っている証拠みたいで嬉しかったから。
あれ?私、もしかして……。
胸の奥に隠れていたソレをようやく自覚し、私はハッとした。
────と、ここで急に腕を引かれる。
「ファーストダンスの時間だ」
そう言って、素早く私の腰を抱き寄せたのは兄のニクスだった。
どことなく不機嫌そうな様子でこちらを見つめる彼は、四の五の言わずに歩いていく。
『あっ……』と思った時にはもう会場の中央で、ダンスを踊っていた。
放心していても、ダンスって踊れるのね。
お兄様のリードが上手いからかしら?
考えるよりも先にステップを踏んでいるような感覚に、私は『凄い』と感心する。
その時、ふとレーヴェン殿下と踊っている麻由里さんを見掛けた。
きっと、求婚を避けるという意味でペアになったのであろう二人に、頬を緩める。
なんだか、知り合いが居ると思うと嬉しくて。
『二人とも、凄い注目されているなぁ』とぼんやり考える中、不意に腰を抱き寄せられる。
「────最後くらい、僕を見ろ」
どこか拗ねたような口調でそう言い、兄はじっとこちらを見つめた。
今にも泣きそうな表情を浮かべる彼の前で、私は瞬きを繰り返す。
「最後……?」
「ああ。だって────気づいたんだろう?自分の気持ちに」
「!!」
ハッと息を呑む私は、兄の観察眼と勘の鋭さに瞠目した。
と同時に、『不機嫌だった理由はソレか』と悟る。
お兄様は本当に誰よりも、私のことを理解してらっしゃる。
一目で心境の変化を見抜く程度には。
『敵わないわね』と内心苦笑する中、兄はクシャリと顔を歪めた。
「……何で僕じゃダメなんだ」
独り言に近い声色で吐き出し、兄は縋るような目をこちらに向ける。
「やっぱり、兄だからか……?」
「いいえ、違います」
迷わず首を横に振り、私はスッと目を細めた。
どう伝えようか悩みつつ、クルリと優雅にターンする。
「こう言ってしまうと、その……お兄様にとっては、残酷に聞こえるかもしれませんが」
「構わない。教えてくれ」
『優しい嘘も、遠慮も要らない』と述べる彼に、私は小さく頷いた。
「正直、お兄様のことは……ニクス様のことは────好きに、なりかけました」
「!!」
大きく目を見開き、兄は思い切り腰を引き寄せた。
「本当か?」
「はい。兄であることをやめてからのニクス様は、私の横に並んで物事を考えてくれるようになりましたから。ただ────」
そこで一度言葉を切ると、私はそっと眉尻を下げる。
「────苦労を分けてはくれなかった」
要領がいいからこそ全部一人で抱え込もうとする兄の習性を指摘し、私は足を止めた。
最初のワルツが、ちょうど終わりを迎えたから。
「これは私のワガママかもしれませんが、互いに助け合える関係が良かったんです。だって、二人で決めた道なのに責任を取るのは片方だけなんて……不公平でしょう?何より、『朱里は何も出来ない子だ』と言われているようで少し悲しかったんです」
『私だって同じものを背負いたいのに』と述べると、兄は強く目を瞑った。
「そう、か……僕は愛する人の負担を減らしてやるのが、愛情だと思っていた。でも、お前は違うんだな……」
『選択を間違えた』と嘆く兄に、私は小さく首を横に振る。
だって、愛に正解はないから。
ただ、お互いの価値観が……愛し方が合わなかっただけ。
きっと、彼の愛もある意味では正しいんだと思う。
「ごめんなさい、ニクス様」
『貴方の気持ちには応えられない』と正式に断りを入れると、彼は暫く沈黙した。
失恋の痛みを堪えるように……そして涙を流さぬように上を向き、唇を噛み締める。
悔しい気持ちを吐き出すように『くそっ……』と小声で呟き、兄は大きく深呼吸した。
かと思えば、ようやく目を開けてこちらを見る。
「……分かった。僕の気持ちに真剣に答えてくれて、感謝する」
「いえ、こちらこそ。私を好きになってくれて、ありがとうございます」
正直ニクス様の気持ちには驚いたけど、とても嬉しかった。
これは紛れもない事実で、本心。
じんわりと胸に広がる温かさと他人の好意を拒絶した罪悪感に、私は目を細める。
『これが人の感情の重み』と実感する私を前に、兄はフッと笑みを漏らした。
「それじゃあ、僕は兄に戻るとする」
こちらに負担を掛けないためかすんなりと失恋を受け入れ、兄は優しく私の頭を撫でる。
『もういいよ』とでも言うように。
「さっさとリエートのところに行け。僕はちょっとバルコニーに出てくる」
「はい、分かりました。では、また後ほど」
正直、今の兄を一人にするのは心配だが……振った本人が傍に居て、慰めるのはなんだか違う気がして踵を返す。
後ろ髪を引かれる思いでリエート卿の元に戻り、私は不安に駆られながら二度目のダンスへ突入した。
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