あやかし花屋の花売り少女

あーもんど

文字の大きさ
4 / 48
第一章

その三

しおりを挟む
 一つ目と恋人のろく子───またの名をろくろっ首が出逢ったのは今から数百年前の春のことだった。
 人を化かし、おどかすのにも飽き飽きしていた頃____....一つ目は運命の人との出逢いを果たしたのだ。
 甘い匂いに釣られて訪れた団子屋にその運命の人は居た。

「おばちゃ~ん、団子二つー!」

「あいよぉ!」

 銭がない一つ目は食い逃げする気満々で店の女主人にそう叫ぶと、団子屋の側にあるベンチへ腰を下ろした。
 あんこの甘い香りと近くに咲く桜の香りが混ざり合い、一つ目の鼻を刺激する。
 これはまあ....なんとも言えない香りだなぁ。
 柔らかい春風が一つ目の頬を撫で、次に桜の木を優しく揺らした。
 春風に乗ってヒラヒラと桜の花びらが舞い散る。
 のどかだなぁ。
 あやかしの一つ目にとっては退屈で仕方ない時間だが、ゆったりとした時の流れは嫌いじゃない。

「お待ちどうさま!はい、注文の団子二つね」

 よぼよぼのおばあさんが皺くちゃの手で団子を二つ運んできた。
 昔馴染みの三色団子が白紙の上に置いてある。
 今も昔も....大して変わりないな。
 生と死を繰り返す人間たちを一つ目はずっと見続けてきたが、何か思うことはなく....ただ一つ目は限りのない“暇”をもて余すだけだった。
 自分と同じようなあやかしと出逢ったことはあるが、お互い無干渉を貫き通すだけで会話もない。
 あやかしとして生きて何十年と経つが、面白いことなど特になかった。
 あやかしである自分達は空気に近い存在なのでまず普通の人の目には映らない。
 そのため、利用できる店や会話できる人には限りがあった。
 この団子屋が“見える人”で助かったな...。
 まあ、見えなくても団子は貰っていったが...。
 無論、銭を支払う気はない。
 と言うか、無一文の一つ目に料金など支払える訳がなかった。
 おばあさんから受け取った三色団子を一つ手に取り、先端にある桃色の団子をパクッと一口頂く。
 うむ....なかなか美味だ。
 最近はずっと外国から取り寄せられた甘ったるい菓子ばかり食べていたが、やはり昔馴染みの味が一番だな。
 言わなくても分かると思うが、一つ目が食した外国の菓子は全て盗んだものだ。
 人の記憶に残ることのないあやかしにとって盗みなど造作もないこと。
 暇をもて余す一つ目は盗んだ菓子類を食べ、舌を肥えさせることで時間を潰していた。
 人間側からすれば盗みなど仏に顔向け出来ないほどの悪事だが、残念ながら一つ目はあやかしだ。あやかしに人間の感性や秩序など理解できる筈がない。
 だから、一つ目に“悪いことをしている”という意識はあまりなかった。
 人間の子供のように『間違っている!』『それは悪いことだ!』と指摘してくれる者も、叱ってくれる者も居なかったから当然のことかもしれないが....。
 一つ目は二本の三色団子をペロリと平らげると、いつも通り何も言わず一銭も払わず去ろうとした。
 背もたれのないベンチから立ち上がり、少し痛む腰を労りながら、静かにその場を立ち去ろうとする一つ目に一つの影が動く。

「ちょっと、あんた!食い逃げはあかんで!ちゃんとお金を払いなさいな!」

 舞子姿の美しい女が飛び出してきたかと思うと、一つ目の手首を掴んだのだ。
 ほうっと思わず見惚れてしまうくらいの別嬪さんである。
 濃い化粧のせいで素顔は見えないが、このつり目がちな大きな瞳とスッと筋の通った鼻筋で美人なのは分かる。
 桜色の浴衣に身を包んだ舞子さんはほうっと馬鹿みたいに惚けている一つ目に小首を傾げた。
 たったそれだけの動作でも美しく感じるのはきっとこの舞子さんが洗練された“美”を兼ね備えているからだろう。
 外見ももちろん綺麗だが、内側から溢れ出る美しさが隠しきれていない。
 一つ目はそんな美しい舞子さんに一瞬にして恋に落ちた。
 こんな美しい女が....この世に居たのか...。
 大袈裟な表現かもしれないが、この女性を前にするとそう思わずにはいられない。

「あんたぁ、大丈夫かい?」

「......はっ!う、うむ!じゃなくて、はい!」

 空の彼方へと吹っ飛ばされていた意識が戻り、一つ目は慌てて舞子さんに返事を返す。
 誰かとこうして会話を交わしたのはいつ振りだろうか...。
 食べ物屋なんかで店の人間と軽く会話することはあるが、それはあくまで注文のためだ。必要だから会話を交わしたまで。
 不要な会話を交わしたのは実に数十年振りであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】25年の人生に悔いがあるとしたら

緋水晶
恋愛
最長でも25歳までしか生きられないと言われた女性が20歳になって気づいたやり残したこと、それは…。 今回も猫戸針子様に表紙の文字入れのご協力をいただきました! 是非猫戸様の作品も応援よろしくお願いいたします(*ˊᗜˋ) ※イラスト部分はゲームアプリにて作成しております もう一つの参加作品「私、一目惚れされるの死ぬほど嫌いなんです」もよろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...