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第一章

バハルの後悔③

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「ジェラルドの好意には裏があったけど、彼のおかげで救われていたのは紛れもない事実。たとえ、おままごとのような関係だったとしても……恋愛ごっこだったとしても、確かに幸せだった」

「……」

「不純な動機だったからと言って、彼のくれた温もりや幸せな時間を無下には出来ないわ」

 父とのすれ違いも精霊との関係性も知らなかった私にとって、ジェラルドはまさに希望だった。
大恩人と言ってもいい。

 『僕が居るよ』と口癖のように言っていたジェラルドを思い出し、私はそっと目を伏せた。
溢れ出してくる色んな感情に耐えていると、バハルがようやく口を開く。

「辛い結末を迎えたのに?」

「ええ、その過程は私にとって掛け替えのないものだったから」

 自分でも驚くほどすんなりと出てきた言葉に、バハルはスッと目を細めた。
黄金に輝く瞳に葛藤を滲ませ、大きく息を吐く。
と同時に、背筋を伸ばした。

「分かったわ。ベアトリス様の意志を尊重する」

 自分の感情を押し殺し、バハルは『貴方のために』と折れてくれた。
苦笑にも似た表情を浮かべるキツネに、私は頬を緩める。

「ありがとう、バハル」

「いいえ……元はと言えば、辛い思いをしているベアトリス様のところへ駆けつけられなかった自分のせいだから」

 『そうすれば、あんな男に引っ掛かることもなかった』と言い、バハルは少しばかり視線を下げた。

「ベアトリス様を亡くしてから、ずっと後悔していたの……どうして、自分の方から会いに行かなかったのか?って」

「えっ?でも、それは精霊の特性上しょうがないんじゃ……?」

「そんなことはないわ。確かにマナを得られなければ死んでしまうけど、常時住処に居ないと死ぬという程じゃないの。短時間であれば、周辺を探すくらいは可能よ。だから────」

 そこで一度言葉を切ると、バハルはニンフ山のある方向を見つめた。

「────他の管理者が目覚めて体制を整えたら、探しに行こうと思っていたの」

 『まあ、それより早くベアトリス様が会いに来てくれたけど』と述べ、バハルはうんと目を細める。
どこまで無邪気で優しい笑みに、私は目を剥いた。
『そうまでして、私に会いに……』と衝撃を受けて。

「リスクのある行為だけど、前回のように何も出来ず……何もせず、失うことだけは嫌だったから。たとえ、その途中で死んだとしても悔いはないわ」

「バハル……」

 清々しいとすら感じる迷いのない物言いに、私はただただ戸惑う。
でも、決してバハルの気持ちを否定はしなかった。
色々悩んだ末に出した結論であることを理解しているため。

「そっか。じゃあ、私の方から会いに行かなくてもいつかは会えたのね」

 この出会いは必然なんだと……運命なんだと思うと少し嬉しくなり、私は柔らかい笑みを浮かべた。
と同時に、バハルの頬を手の甲で撫でる。

「でも、貴方に無理をさせるのは嫌だから────やっぱり、あの日会いに行って正解だったわ」

 ルカとグランツ殿下の提案から始まり、お父様の決定で行くことになったニンフ山。
何か一つでも間違っていたら会いに行けなかった事実を噛み締め、私は

「あの日、あの時、あの場所でバハルに出会えて良かった」

 と、心の底から思った。
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