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説得

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 上には上がいるって、ことね……。

 普段の皇帝からは想像もつかない横暴っぷりに、私は苦笑を漏らす。
『どうやって、周囲を黙らせたんだ』と少しばかり興味が湧く中、ルイス公子は眼鏡を押し上げた。

「そういう過去があるため、周囲に難癖をつけられることはほぼないかと。我々を責めれば、かつて同じ手法を使ったレウス皇帝陛下も責めることになりますので」

 『お小言くらいは言われるかもしれませんが』と話し、ルイス公子はスッと表情を引き締める。
そして、真っ直ぐにこちらを見据えると、右手を差し出してきた。

「レイチェル嬢、もう一度言わせてください。メイラー男爵家との領地戦、引き受けましょう。絶対に負けることはない、と断言します」

 『決意の表れ』とも言うべき力強い口調で、ルイス公子は再度主張する。
領地戦でメイラー男爵家を返り討ちにしてやろう、と。
僅かな迷いも不安も見せない彼の態度に、私は息を呑んだ。
敗北の二文字なんて端から頭にない様子の彼を目の当たりにしたからか、それとも傭兵団の雇用を提案されたからか……気持ちが傾く。
『ルイス公子には詐欺師の才能があるかも』と思いつつ、私は席を立った。

「分かりました────ルイス公子の判断を信じます」

 そう言って、私は差し出された手を取った。
ルイス公子への信頼を表すかのように強く握り締めると、彼は嬉しそうに……でも、どこか誇らしげに笑う。

「ありがとうございます。領地戦のことは、全てお任せください。さすがに私が矢面に立つことは出来ませんが、裏からサポートしますので。申し出を受け入れるよう勧めた以上、絶対に勝たせてみせます」

 実に頼もしい言葉を述べ、ルイス公子はギュッと手を握り返してくれた。
凛とした眼差しをこちらに向ける彼は、『今から作戦会議をしましょう』と提案する。
でも、まずは両親にこのことを報告しなければならないため、一旦お開きに。
詳しい話は、また後日となった────のだが、

「私、完全に蚊帳の外よね」

 自室のベッドで寝転びながら、私はそう呟く。
オセアン大公家を訪問してから約二週間、ルイス公子は頻繁に我が家へ足を運んでいるが……作戦会議には参加させてくれない。
恐らく、両親に頼み込まれて私を領地戦から遠ざけているのだろう。
彼の性格上、仲間外れは有り得ないから。

「まあまあ。会議結果はちゃんと共有してくれているんだから、別にいいじゃないですか」

 午後のティータイムに向けて、ワゴンからケーキやマカロンを下ろすウィルはいつものように私を宥める。

「お嬢様だって、難しい話だらけの会議よりお昼寝の方がいいでしょう?」

 テーブルの上に綺麗に並べたデザート達を前に、ウィルはこちらを振り返る。
シーツに包まる私を視界に捉え、『せっかくだから、ゆっくりしましょう』と述べた。
慣れた様子で紅茶を淹れテーブルにつくよう促す彼を前に、私はのそのそとベッドから這い出る。
普段なら、『面倒臭い……ベッドまで持ってきて』と駄々を捏ねているところだが……最近はどうも、そういう気分になれない。

 領地戦のことが気になって、お昼寝もまともに出来ないし……。

 『私にも案外繊細なところがあったのね』と半ば感心しつつ、一人掛けのソファへ腰を下ろした。
ここからちょうど視界に入る庭の景色を眺め、紅茶に手を伸ばす。
────と、ここで強風が吹いた。
ふわりと舞い上がる銀髪をそのままに、私は開けっ放しの窓をじっと見つめる。

「お嬢様?」

 いきなり身動きを止めた私に不審感を抱いたのか、ウィルは不思議そうに顔を覗き込んできた。
『どうかしましたか?』と問い掛けてくる彼を前に、私は席を立つ。

「行くわよ、ウィル」

「えっ?『行く』って、どこへ?」

「皆のところよ」

 ティーポットを持った状態で固まるウィルを一瞥し、私は扉へ向かった。
一瞬の躊躇いもなく部屋を出る私の後ろで、ウィルは『えっ?ちょっ……!』と慌て始める。
そして、手に持ったティーポットを急いでテーブルに置くと、私の後に続いた。

「お、お嬢様……!まさか、会議室に行かれるおつもりですか……!」

「ええ、そうよ」

「いやいや、ダメですって!旦那様と奥様に部屋で待っているよう、言われているじゃないですか!」

「そうね」

 足早に廊下を突き進む私は、ウィルの説得に相槌を打つ。
────が、絶対に足は止めない。
むしろどんどん加速していく私に、ウィルは焦りを露わにした。

「い、いいから戻りましょう!?」

「無理」

 一も二もなくバッサリ切り捨てると、ウィルは頭を抱える。
『絶対に後で怒られる~!』という心の叫びを言動の端々に滲ませながら、私の前に躍り出た。
かと思えば、目いっぱい両手を広げて行く手を阻む。

「とにかく、乱入は絶対にダメです!もし、どうしても行きたいなら私を倒し……いえ、納得させてからにしてください!」

 実力行使では敵わないと分かっているため、ウィルは慌てて言い直した。
『暴力反対!』と主張する彼に、私は深い溜め息を零す。

「ウィル、貴方は自分の得意分野を活かす機会があったとして……それが仮に家族の一大事だったら、どうする?」

「そりゃあ、もちろん得意分野を活かして家族の助けになりたいと思いますけど……」

 ポリポリと頬を掻きながら答えるウィルは、『何の話だ?』と首を傾げた。
困惑顔の彼を前に、私は小さく肩を竦める。

「つまりはそういうことよ」

「えっ……?」

 『理解が追いつかない』とでも言うように固まり、ウィルは言葉を失う。
その隙に、私は彼の横を通り過ぎた。
『あっ!待っ……!』と焦る彼を他所に、ついに目的地へ辿り着く。
屋敷の中で一番大きい部屋である応接間の扉に手を掛け、私は一思いに開け放った。

「ダメよ、マーティン!当主の貴方に総司令官は任せられないわ!ここは私が……!」

「それこそ、ダメに決まっているじゃないか!愛する君を戦地へ送り込むなんて、考えられない!」

「それを言うなら、私だって……!大体、貴方は……って、レイちゃん!?」

 ノックをせずに入室したおかげか、母と父の言い争っている現場を抑えられた。
ハッとしたように目を剥く二人の前で、私は部屋の奥に居る人物へ目を向ける。
『何故、貴方がここに……?』と驚く彼にそっと近づき、胸元に手を添えた。

「ルイス公子、お願いします────領地戦の総司令官は、私にやらせてください」

「「「!!?」」」

 ルイス公子へ直談判した私に、周囲の人々は面食らう。
『えっ?今、なんて?』とでも言うような目でこちらを見つめ、ただただ硬直していた。
呆然とする面々を他所に、ようやくウィルも合流する。
と同時に、コテリと首を傾げた。
どうやら、部屋に広がる異様な雰囲気を敏感に感じ取ったらしい。
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