Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅰ〜アローサル:ラークシャサ・ラージャー〜

羅刹天・爆発!!

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「だから僕には……ひっ!!」

 真横から風が吹き荒れ、粉々になった砂埃がこちらに吹き寄せる。


「いいか、イメージしろ、勝ち誇った自分を。そして出し尽くせ、最高の最善を。放て、お前の全てを…‥!

 自分を信じろ、自分の力を信じろ。例え通用しないとしても、自分を信じる事を……諦めるな……そして、ヤツを、絶対に許すな…………!!」


 ———信じろ……?
 今まで、何の役にも立たなかった自分の力を———信じろだって……?

 僕1人で、やり遂げてみせろって?
 僕1人で、この化け物に勝ってみせろ……って?

 なんで……なんでそんな、無理だと分かっていることを押し付けてくるんだよ……!

「イデアさん……イデアさん! イデアさん!!」

 話し終えた途端、イデアさんは意識を失う。
 ———本当に傍迷惑だ。……僕に全てを丸投げして……逃げて……!



「最期の別れは済んだか。ならば貴様も、だ」


「がっ……ああっ!!」

 その言葉は、僕に向けられたものではなく。


「っ、くいなーーーっ!!」

 紛れもなく、その足元で倒れ伏していた少女くいなに向けられたものだった。



「そして、貴様も終わりだ……!」

 次にヴォレイが視線を傾けたのは。



「……あっ…………でヤンスね」

 僕の親友……だった。



「やめろーーーーーっ!!!!」


 瞬間、その場が弾け飛ぶ。
 完全に場が砂埃に包まれ、誰の姿も見えなくなる。


「……ふ、ふはは、はははははは!

 キサマのその、絶望に、苦痛に歪んだ顔が見たかった! 非力なガキめ、苦しませず殺してやろう……んふはははははは!!」



 ……死んだ。

 僕のせいで、僕に力がなくて、くいなも、ヤンスも、白さんも、サナさんも、あの人も、イデアさんも、全員……死ぬ……


 ……死ぬ、のか……?
 こんなところで?
 そんな理由で?

『自分を信じる事を、諦めるな……!』

 イデアさんの、言葉だった。



 だからどうした、僕は非力なんだ、ヤツには勝てやしない。
 ましてや———この状況は、今までのそれとは違うんだ。


 時間さえ稼げば、あとは白さんがなんとかしてくれたり。
 こんな僕でも、ワンチャンスあるかないかの強力な武器を、この手に持ってるわけでもないのに。

 だから———無理なんだ。
 ここで僕がどれだけ頑張ったって、無駄なんだ。
 結局殺される。
 結局失う。

 僕は最後まで、何1つ守れず、死んでゆくんだ。

 白さんも、イデアさんも、みんなみんな、虫の息。







 もうダメだ、諦めよう———と、思考を停止した頭に投げ込まれたのが、いつかの誰か白さんの発言だった。

『漢には、必ずやらなくちゃならない時があるんだ。

 例え負けると知っていても、無理だと分かっていても、それでもやらなくちゃならない時があるんだよ』




 やって、みようか……?
 希望などない。勝機など、微塵もない。

 力もない、知力もない、魔力もない。
 期待に添える勇気も、根性も、気力も、何1つ残っちゃいない。

 くだらない、本当にくだらない、無謀な勇気だった。
 それでも僕は、自分の今の気持ちを抑えることすらできはしない。





 それでも僕は———、もし再起する理由に足るものがあると言うのなら———、



 僕は、僕の親友を殺した、お前が許せない……!




 血を欲す、闇の獣が蠢く。




「……させない」


 


 舞い散る砂嵐より、吹き荒れる怒りの声。
「……もう、絶対に。やらせない」

 震え上がる涙。
 煮えたぎる怒り。

 空を裂く暴風は、猛々しい怒りを以て彼方へと吹き荒れヴォレイに打ち付けられる。

 怒りの悲しみと哀れみと、そんな混沌のうねりの中で、心の獣は瞼を開く。


「そしてお前を、絶対に、許さない……!!」




「変わった……! 神気反応も、全て変質……なんだコレは、まさかこんなに楽しめそうなヤツが残っていたとは……!」



 の血は、たった今、目覚めた。




 
 羅刹天・セン。
 ついに、爆発。


********


 砂嵐が吹き去った後、見えたのは最強の勇者の姿。
 その額に1本の大きなを宿した、怒りの獣。

「うおぉああああああああっ!!!!」

「そうか、来るがいい! このオレも、久しぶりだ! こんなに燃え上がったのは!!」



「ゔぉっ……ああ……っ、ぶえぇ……へ、ふふ、……ん……!」

 獣、そのものだった。
 以前のセンの面影は一切なく。
 喋り方も、もはや

 血を、そして肉を欲する猛犬のように。孤高を貫く狼のように、少年はただそこに在る。


 その瞳さえも、血に濡れたかの如く、紅く染まっていたのだから。



 センにむけて、距離を詰め始めるヴォレイ。

 だが、もう既に手遅れだった。
 もう勝負は決していた。




「……な……に……??」

 ヴォレイのその強靭な巨体が、一瞬のうちに粉々に砕け散る。
 その肉片の数、約30個。———微塵切りだ。





 刀もなく、剣もなく、
 だがしかし、額に生えてきた1本のツノを用いた訳でもなく。

 センはその素手だけで、覚えたての手刀だけで、その強靭な肉体を切り裂いてみせた。


 意識が高まる。
 精神が昂揚する。
 かつてない、強大すぎる怒りと、かつてない楽しさ。

 センはこの時、人生において最大の快楽を貪っていた。
 

「……な、この、このオレが……まさか、こんなに早く全身再生を使うとは……!」


 先程切り裂いた肉片の数十個の断面が、赤く光り再度形成される。


「……んぶ……っ、…………その、程度か……何度来た、って無駄、だ……僕には、……勝てないっ!!」

 怒りの獣の咆哮に、ヴォレイはなすすべなく完全敗北を受け入れるしかなかった。

「何、だと……おっ!!」


 センは見据えていた。

 この先の未来を。
 この勝負の結末を。

 切り裂かれたヤツの頭の肉片より、少しだけ見える赤い球体。

 そう、アレが、ヤツの再生できる

 アレを潰せば、ヤツは消え去る……!


「許さん、許さんぞ……貴様なんかにこのオレが、負けるはずないんだ! 貴様のようなガキに……!」

 その男には、もはやかつての神父としての落ち着いた性格が消えていた。
 元々神父だったかも怪しいが。



 落ち着きをなくし、冷静を欠き、ひたすら力のみで僕を殺さんと襲いかかってくる。
 だけど、結局無駄だ。

「貴様のような、ガキに負けるなど……許さん……断じて許さぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 飛んでくる拳。
 全て、センは棒立ちで———その強靭と化した身体で受け止める。

 まるで鉄壁の如く、微動だにしない。

「何だと……?!」
「……もう、キサマの弱点は分かっている」

 向かってくる敵に、センは優しくそっと手を差し伸べる。
 ……そう、血に塗れた手を。



 瞬間崩壊。
 その指が、ヤツの拳に触れた時点で、「解体」は終わっていた。

 飛び散る血飛沫。

 センの顔に、頭に、べっとりとその返り血が染み付く。




 ……だからなんだと、センはヴォレイを許さない。
 いたぶって、いたぶって、徹底的にいたぶって、最終的に———一方的になぶり殺すつもりだった。

 なんたってこの男には、それくらいの罰が必要なのだから。

「ぶ……ぶああ……っ、はあ、はあっ……」

「何度でも再生しろ。何度でもいたぶってやるから」

 再生した瞬間切り刻み、また再生した瞬間に崩壊する。



 間違っても、球体は壊さないように、慎重に、慎重に。
 生き地獄だ。しかし、この男には———これくらいの苦痛が必要だと。

「負けるわけが……このオレが、負けるわけが…ないんだ……こんな……西大陸の……下等生物共に……!」
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