藤枝にて

宮浦透

文字の大きさ
2 / 4

2話 宿にて

しおりを挟む
 傍観的に見れば綺麗に写る夕陽がまた長袖をグサリ、と刺しこんでくる。その夕陽から逃げ込むように宿へと足を進めた。
 その宿はやけに涼しく、先程までの日差しとは似ても似つかぬ哀愁を漂わせている。気付けば足を踏み入れてきたはずの後面にはもう光はなく見たことないほどの薄暗い世界が広がっていた。そのまま部屋に案内され風呂を済ましお世辞にも広いとは言えない館内を心向くままに徘徊した。
 立てかけられる新聞、床に敷かれた畳、空間の雰囲気を作り出す土壁、そして何より壁に吊るされた電画に群がる大人数人、には混ざらず椅子に座り一人鉛筆を握る眼鏡の老人に私は釘付けになっていた。数分観察した後、調子、良いですか。と鉛筆の横に茶を差し出した。眼鏡を外して一度背もたれに身を任せ、そして体を起こし私に目を合わせ、まずまずだね、あなたは。と返した。一度合わせたはずの目線をすぐさま外し茶に口を運ぶ。電画に夢中の人間には興味もないようで、ましてそれだけでなく私にすらも興味はあまりないような様子だった。面倒そうにも私にも貴方と同じくらいの歳の孫が居てね、と他愛の無い会話を繰り返した。然し遂に、では、ここで。と荷物を纏めてその場を後にしてしまった。そしてその場に残ったものは明朗な彼方とは表裏を成すような薄暗い不安な空間だった。
 どうやら今夜は地雨らしい。何かを訴える雨、窓を蹴る風、私を照らす薄暗い光、全てが私に現実だと叫んでみせた。その場に居ることすらままらなくなった私はふと何かを思い出したかのように席を立ちそのまま部屋へ足をすすめた。あのお茶を出した時、眼鏡の老人の手元には原稿用紙があった。その数十枚と重ねられた用紙には題名と、奥底深い努力が滲み出す結晶が詰まっている気がした。
 ──そして私はその日から彼を先生と呼ぶことにした。
 宿に泊まっていた一週間のうちに私は先生に様々な知識を与えてもらった。連絡先は、と聞くと、私にそんなものはない。でもこれは。と住所を記したメモ書きを渡された。またある日には原稿を書いている横に座れば嫌な顔をされ、差し入れにメロンを持っていけば、私は遠慮しておくよ、と一切口をくけずその場に残した。そんな人間味溢れる先生だった。私が宿を出る数日前には先生は帰宅するようで、その頃にはもう原稿は完成した様子だった。
 とは言え、私も連日宿に居続けたわけではない。毎日昼間は外へ足を運び存分に藤枝を堪能した。蓮華池寺にも顔を出したが思い描いていたほどの驚きはなく、ただただ綺麗な世界が広がっていた。それだけだった。それなら私は、鉛筆を手にし、原稿と睨み合う先生の方が趣きがあるように感じた。



 そんな私は、後に驚くべきことを知ることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。  

処理中です...