3 / 4
3話 手紙と終点
しおりを挟む
先生が帰宅してからの夜はとても退屈なものへと変化した。地雨はただただ嫌で、蟲の声も段々と鬱陶しくなり、最終的には窓を全て閉鎖し、更には光すらも遮ってしまった。何か一つのものを押し付けてくる世界が、とてつもなく嫌になった。しかしそうかと思えば今度は藤枝の世界がとても感慨深く思えた。私は私に振り回されていた。
全てを終わらせ気色の悪い鉄の塊に身を投じた私は風になりたいとは思えなかった。以前楽しかったこの空間は、私にとって退屈なものになってしまっていた。
藤枝の一週間を終えた私にある日一通の手紙が寄せられた。この手紙は、先生のお孫様が白血病で倒れたと言うのである。来年の春まで生きる見込みはないそうで、少し寂しくなると記されていた。しかしそこには悲しみの一言もなく、俯瞰的な言葉が連なっていた。さいごの思い出を残せたらしく、悔いはないそう。だとか、兎に角幸せを押し付けるような言葉ばかりだった。きっと、先生は全てを知っている。その娘が誰よりも悔いを残して死んでいくこと。そして何より先生自身が一番悲しんでいること。あの面倒くさがりの眼鏡の老人がわざわざ鉛筆を握る時は、何かがある時だ。
そして、また藤枝で機会があれば、と濁して結論が何も書かれないまま手紙は最後の文字を浮かばせた。出てくる葛藤と憤怒とを気持ち悪く混ざり合わせ嘔吐を促した。返書の意は無かったが何より礼儀を重んじる先生を前にそんなことはできず、結局は私も鉛筆を持つ羽目になった。しかし所詮私が吠えたところで画面越しに蔓延る言葉と何ら変わりない物になってしまう。捻れた思考を元に戻し結局はそこらに落ちる平坦な言葉を、左様ですか、それは誠に、と並べるだけになってしまった。…もし私と先生が血縁だと言うなら、また変わったかかもしれない。
──そしてその日から本屋に先生の本が並んでいた。
それは手に取ろうしなくても感じ取れるほど異質だ。「囚われの生」と刻まれたそれは私をあまりの威圧感と険悪感で身体を蝕んでいくように地獄へと落とした。蜘蛛の糸すらないそこには凪が吹き一つだけハッキリとした地獄という世界が私に痛みを押し付けた。呼吸すら困難になりそうなそこには先生がただ一人、鉛筆を動かしていた。きっと先生はこの世界に生きていた。私が見ていた眼鏡の老人はこの世界に馴染んだかのように化けた怪物だった。何一つ表情を変化させずただ鉛筆を動かすその怪物は私が近づくことを拒んだ。
しかし憧れたものに拒まれたからと言って引き下がる私ではなかった。広すぎる世界は、この地獄よりもより一層地獄を作り上げていた。俗世を離れ自由な生を送る眼鏡の老人、私の目に映った憧れの先生、誰よりも不自由な空間に住み着く怪物、その一人に風より強いものを感じた。きっと誰よりも自由な人間は誰よりも不自由になる。きっと一つに囚われ、執着する人間はそこから風が吹くことはない。だから私はその怪物を踏み倒すことにした。
現実に戻った私は鉛筆を握り、私だけの地獄に落ちた。そこに風はない。だがその地獄に執着出来る私という怪物を見つけた。
私の目標はあの怪物である。
それまでは彼には会わないこととしよう。
ここは恐らく私にとって楽園だ。
私は鉛筆を手に取った。
そして、地獄に閉じこもった。
全てを終わらせ気色の悪い鉄の塊に身を投じた私は風になりたいとは思えなかった。以前楽しかったこの空間は、私にとって退屈なものになってしまっていた。
藤枝の一週間を終えた私にある日一通の手紙が寄せられた。この手紙は、先生のお孫様が白血病で倒れたと言うのである。来年の春まで生きる見込みはないそうで、少し寂しくなると記されていた。しかしそこには悲しみの一言もなく、俯瞰的な言葉が連なっていた。さいごの思い出を残せたらしく、悔いはないそう。だとか、兎に角幸せを押し付けるような言葉ばかりだった。きっと、先生は全てを知っている。その娘が誰よりも悔いを残して死んでいくこと。そして何より先生自身が一番悲しんでいること。あの面倒くさがりの眼鏡の老人がわざわざ鉛筆を握る時は、何かがある時だ。
そして、また藤枝で機会があれば、と濁して結論が何も書かれないまま手紙は最後の文字を浮かばせた。出てくる葛藤と憤怒とを気持ち悪く混ざり合わせ嘔吐を促した。返書の意は無かったが何より礼儀を重んじる先生を前にそんなことはできず、結局は私も鉛筆を持つ羽目になった。しかし所詮私が吠えたところで画面越しに蔓延る言葉と何ら変わりない物になってしまう。捻れた思考を元に戻し結局はそこらに落ちる平坦な言葉を、左様ですか、それは誠に、と並べるだけになってしまった。…もし私と先生が血縁だと言うなら、また変わったかかもしれない。
──そしてその日から本屋に先生の本が並んでいた。
それは手に取ろうしなくても感じ取れるほど異質だ。「囚われの生」と刻まれたそれは私をあまりの威圧感と険悪感で身体を蝕んでいくように地獄へと落とした。蜘蛛の糸すらないそこには凪が吹き一つだけハッキリとした地獄という世界が私に痛みを押し付けた。呼吸すら困難になりそうなそこには先生がただ一人、鉛筆を動かしていた。きっと先生はこの世界に生きていた。私が見ていた眼鏡の老人はこの世界に馴染んだかのように化けた怪物だった。何一つ表情を変化させずただ鉛筆を動かすその怪物は私が近づくことを拒んだ。
しかし憧れたものに拒まれたからと言って引き下がる私ではなかった。広すぎる世界は、この地獄よりもより一層地獄を作り上げていた。俗世を離れ自由な生を送る眼鏡の老人、私の目に映った憧れの先生、誰よりも不自由な空間に住み着く怪物、その一人に風より強いものを感じた。きっと誰よりも自由な人間は誰よりも不自由になる。きっと一つに囚われ、執着する人間はそこから風が吹くことはない。だから私はその怪物を踏み倒すことにした。
現実に戻った私は鉛筆を握り、私だけの地獄に落ちた。そこに風はない。だがその地獄に執着出来る私という怪物を見つけた。
私の目標はあの怪物である。
それまでは彼には会わないこととしよう。
ここは恐らく私にとって楽園だ。
私は鉛筆を手に取った。
そして、地獄に閉じこもった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる