13 / 15
13話 隣国の騎士
しおりを挟む娼館で出会ったあの男が、騎士服を着てアシュリーの後ろを歩いている。
いや、正確に言うと、アシュリーのお姉さんであるアンナ様をエスコートしているんだ。
アンナ様は帝国の第五皇子に嫁いでいる。
だけど、彼はアンナ様の配偶者ではない。結婚式には僕もアシュリーと参加したから第五皇子の顔は知っているし、そもそも雰囲気が全然違う。唯一の共通点と言えば、癖のある黒髪くらいだろうか。
主要な国内貴族の顔と名前はだいたい知っているのに、彼のことは見覚えがないと思ったら、帝国人だったのか!
帝国の騎士服を着ているので、護衛のためにアンナ様と一緒に帝国からやってきたんだろう。
アンナ様が定位置に着いたらエスコートの役目は終わったようで、少し離れた場所に移動していた。
壇上で国王は挨拶をした後、最近の国内の様子や、普段の国政への協力の感謝などの口上を述べる。
国王が話をしている間、僕は彼のことを食い入るように見ていたらしい。
こちらを向いた彼とバッチリ目が合ってしまった。
ニッと唇の端が上がったので、僕の存在を認識したんだろう。
僕は慌てて視線を逸らした。
そしたら、会場の端の方でゴソゴソとしている人物が居ることに気付いた。
ジョン先生……今まで僕に閨教育をしてくれていた講師だ。
僕がアシュリーの婚約者ではなくなってしまったら、もう王城には用事はないはずなのに、いったいなんでこんなところに……?
「────そして、アシュリーだが、このたび婚約を解消することとなった。今まで長きに渡ってアシュリーを支えてくれたユリエルには礼を言おう」
考え事をしていたら、突然、名前を呼ばれた。
僕は一瞬キョトンとしたけれど、すぐに胸に手を当てて礼をする。
国王のお話を全然聞いていなかっただなんてことは悟られてはいけない。
実際は婚約破棄だったけれど、僕たちの婚約は円満解消だったということのアピールだなと僕は思った。
今回の件で、僕だけじゃなくアシュリーも婚約者を失ったことになるので、次の婚活がスムーズになるようにという配慮だろう。
会場内は少しざわついたけれど、そのざわめきは、国王の誕生日を祝い、今後の王国の発展を祈願するための乾杯にかき消された。
「ユリエル殿は、もう次の相手を見つけたんですね」
乾杯の直後、ハリーに喋りかけられて、僕は眉を顰めた。
まだ居たんだ……
「……なんのことかな?」
僕はアシュリーと話ができるタイミングを見つけなければならないから、正直、ハリーにはあんまり構っていたくないんだけど。
「またまた、とぼけちゃって。あの人が、ユリエル殿の新しい恋人なんでしょう?」
「は?」
アシュリーのことを考えていたのに、不意打ちで妙なことを言われて、思わず素の声が出てしまった。
「とぼけなくてもいいですよ。この前、ユリエル殿が黒髪の男性と一緒に娼館から出てきたって聞いたんですけれど、あの人だったんですねー」
「なん、のことだ……」
あの日、娼館に行ったのを誰かに見られていた……!?
背中を、嫌な汗が流れていく。
「いやー、うちの執事が、たまたま娼館で見かけたって言っていましたよ!」
ケンプ家の執事なんて、あの場に居たか!?
あの日、あの場に居たのは、僕とあの男とテオと娼館の主人だけだったはずだ。
でもそんなことを言ったら、僕が娼館に行ったことを認めてしまうことになる。
っていうか、執事がなんであんな時間にそんな場所に行く用事があるんだよ!?
絶対、あの場には居なかったよな!?
「いつから二人は付き合っていたんですか? もしかして、真実の愛に目覚めちゃったとか!? それで婚約破棄になったんですか?」
「おい、ちょっと……」
酔っているハリーは、大きな声で自論を展開していく。
その内容を聞いて、僕たちのやり取りを遠巻きに見ていた貴族たちがざわめき始めた。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる