苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる

一月ににか

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二話

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「小テストどうだった?」
 一限の英語が終わり、私は紗耶香さやかに話しかけた。
 廊下側一番前の私の席から、左斜め後ろ。緩く二つ結びにした髪をいじっていた彼女は、にやりと笑いピースサインを掲げた。

「バッチリ! 今日の問題はあんまり難しくなかったよね」
 教室内はざわついているが、彼女の明るい声はなんとか私の耳に届く。
「そうなんだ」と返すと、赤く色づいたくちびるをつんと尖らせた。

「なに、余裕? まったく、成績優秀者は言うことが違うね」
 紗耶香は、私の思惑とは違う意味で質問を受け取っていた。
「違うって。私はリスニング苦手だから、散々」

 簡単過ぎたから他の人の感覚が知りたかったんじゃない。簡単だったのか、難しかったのかさえ判断ができなかったから聞いたんだ。
 紗耶香ははじめピンときていない様子で私の顔を見つめたが、ふと納得したらしくへらへらと笑った。

「あー、そういえばそうだったね」
「そうそう。聞こえない訳じゃないけど、聴き取れなくて。頭の中で反芻はんすうしてるうちに次の問題流れてきちゃったし、後半は当てずっぽうもいいとこ」
「聴こえてても似たようなもんだけどね」
 私の心からの嘆きを、彼女は簡単に流した。

 そこは似て非なるものだよ。って、本当は言いたい。だけど、健常者にはわからないから仕方がない。
 私は障碍者として扱われない障碍者だ。
 一側性難聴いっそくせいなんちょう、わかりやすい言い方だと片耳難聴。生まれつき右の耳が全く聞こえない。

 生後すぐに熱を出した私には、その時に聴力を失った説もあるのだけれど、赤ん坊は耳が聞こえないなんて自己申告をしないので、いつこうなったかなんて正確なところは誰にもわからない。

 それでも、私が生まれつきだと言ってのけるのは、母を責めるつもりがないからだ。
 夜泣きをする私のことを祖父母がうるさいと言ったために、真冬の夜に外であやしていたとか、そんな苦労話は何度も聞かされている。ほとんどが実母への恨み節に聞こえるけれど、もしかしたら自責の念の裏返しかもしれないなんて。
 そんな私の小さな配慮など、母は微塵も気にしていないのだけれど。

「ほら、席について」

 適当な会話は先生の一声で終わりを迎える。名残惜しさをかもすこともなく、私たちは前を向き座り直した。
 こうして毎日話はするけれど、紗耶香が友人と呼べる人間なのかは正直よくわからない。クラス替えの後に何となくできあがったグループの中で一番席が近い人、それだけだと言えなくもない。

 彼女の私に対する認識も、似たようなものではないだろうか。孤立しないためのビターな関係。喧嘩をするほど近くもないので、安定感はある。こういう人がクラスに数人いれば、一年を無難にやり過ごすことができるはずだ。
 私は数学の教科書を開き、そこに書いてあった図形を何度もなぞった。
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