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買い物が終わると部屋に戻って、ご飯の用意をした。自分で言っていたように修平は馴れた手つきで千晶のおむつを替えてくれた。ムム、出来る男……。 いつも食事は一人だったし千晶を見ながらだったから、出来合いのものが中心でたまに野菜をゆでるくらいだった。久しぶりにゆっくり料理が出来るだけで酷く感動してしまう。
「黒川、食べようか?」
声をかけると返事がない。不思議に思って見ると一つだけ置いていた大きなビーズクッションに千晶を胸に抱いた修平が一緒になって眠っていた。ダブルで可愛い……けど、
なんだか、痩せたな……。
その後、起きた修平は『美味しい、美味しい』と何度も繰り返しながらシチューをお代わりした。もうちょっとふっくらした方が修平らしい。
食器を片づけて、千晶の洗濯物をして、掃除機をかけて、と修平がいることで家の用事もスムーズに進んだ。修平は機嫌よく千晶の世話をしてくれたし、千晶もすぐに修平を受け入れていた。
親子だからかな……。
とても今日初めて会った感じがしない。これが普通だったと言われてもおかしくない状況だった。修平は帰るそぶりも見せず、千晶と風呂まで入った。千晶のベビー布団の隣に一組しかない布団を敷くと当然のように修平が後ろから私を抱きしめた。
「千沙さん、ありがとう……千晶を産んでくれて、ありがとう」
拒否しようと思ったのに、そんなことを言いながら修平が泣くものだから、そのまま、私もいつかの夜のように久しぶりに眠った。
ふぎゃあ、ふぎゃあ、
「ち、千晶!」
千晶の泣き声で目を覚ますと、もう部屋が明るかった。いつもは夜中に何度も起こされるのに。起き上がると修平が千晶のおむつを替えてくれていた。
「おはよう、千沙さん。僕、一旦着替えてから会社に行くから。帰る時に連絡します」
「え? う、うん……」
修平はそう言って千晶を私に渡してきた。ぼうっとしたまま突っ立っていると、修平が玄関で振り返った。
「いってらっしゃい、は?」
「あ、はい、いってらっしゃい」
「いってきます。千沙さん、千晶」
そのまま自然に修平が私と千晶の額にちゅっとキスを贈った。
な、なに……。
衝撃の修平の行動に私は玄関先でしばらく立ち尽くしてしまった。心臓がドキドキして破れそうだった。
それから、なんとか落ち着いて、千晶を寝かしてから私も仕事をした。育児疲れしていたからかすぐに眠ってしまったけれど、昨晩修平はただ私をいたわるように抱きしめてくれた。そのぬくもりを思い出して身もだえることを何度も繰り返した。お昼にどうしているかメッセージが入って、いつの間にか連絡先がバレていたことに驚いた。まさか、と思って玄関のカギを確認したら、スペアキーが無くなっていた。
―晩御飯は簡単なものでいいです
何か買ってくるものはありますか?
夕方にメッセージが入って、ドキドキした。これではまるで新婚夫婦である。こんなこと、していていいのだろうか。でも、修平がここにまた戻って来ることが嬉しい気持ちの方が上回っていた。
―お疲れさま、牛乳一リットルお願いします
とだけ返してなんだかもう恥ずかしくなった。簡単にご飯を用意してソワソワ待っているとインターフォンが鳴って、大荷物を持った修平が牛乳を持って来た。
その日から転がり込んできた修平は当然のように家で暮らし始めた。手狭になった家なのに、それを楽しむように修平の腕が伸びてきて、私や千晶を構ってくれる。大家さんに住み着いてしまった修平をどう説明しようかと思っていたら、すでに菓子折りを持って挨拶に行っていたらしく、顔を合わせると嬉しそうにお祝いされた。
「寺田さん、良かったわね! DV夫から逃げるお手伝いをしてくれた人なんですってね! でも、あなたダメよ、そんないい人まで巻き込みたくないって、なにも知らせずにいなくなるなんて。彼、寺田さんの事本当に慕っているって言ってたわ。素敵な人に守ってもらえたら安心ね! そのうち出て行くことになるだろうから寂しいけど、でもあなたと千晶ちゃんの幸せを祈ってるわ!」
興奮する大家さんがそんなことを言ってくる。勘違いが勘違いを呼んでいるようだが、大家さんはそれで納得してくれているようだった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
朝早く出社する修平に声をかける。当然のように私と千晶の額にキスを贈って、家を出て行く。修平は孝也が飛ばされた支社に今勤務しているらしい。通えるとはいえ、少し遠いので毎朝六時に起きて車で通勤している。――孝也はあれから二度目の離婚をしたらしく、間もなく退社したらしい。
修平は私を見つけたネタ晴らしをしてくれた。
「千沙さんの居場所を教えてくれたのは孝也さんです。絶対に後悔して千沙さんを探すと思ってあらかじめ支社の知り合いに頼んで妙な動きはないか、張ってもらっていたんです。案の定、離婚して元嫁とよりを戻すって言いだしたって聞いて急いでこっちに来ました。それもすでに引っ越してて千沙さんには逃げられましたけど。でも、一歩遅かったらここにもたどり着けませんでした」
「孝也が後悔するって……ええと、修平は知ってたの? その、細井さんが三股してたこと」
「三股云々は知りませんが、僕も細井さんに誘われたことがあるんで」
「えっ」
「社内じゃ有名でしたよ。細井さんがいろんな人に手を出していたの」
「そうだったんだ」
「まあ、細井さんが浮気女でなくても、千沙さんには勝てませんけどね」
「……」
「千沙さん、僕の事二度と捨てないでくださいね」
「う、うん……」
修平に強く言われてそう答えた。捨てたつもりはない。ただ、幸せになって欲しかっただけだ。
「黒川、食べようか?」
声をかけると返事がない。不思議に思って見ると一つだけ置いていた大きなビーズクッションに千晶を胸に抱いた修平が一緒になって眠っていた。ダブルで可愛い……けど、
なんだか、痩せたな……。
その後、起きた修平は『美味しい、美味しい』と何度も繰り返しながらシチューをお代わりした。もうちょっとふっくらした方が修平らしい。
食器を片づけて、千晶の洗濯物をして、掃除機をかけて、と修平がいることで家の用事もスムーズに進んだ。修平は機嫌よく千晶の世話をしてくれたし、千晶もすぐに修平を受け入れていた。
親子だからかな……。
とても今日初めて会った感じがしない。これが普通だったと言われてもおかしくない状況だった。修平は帰るそぶりも見せず、千晶と風呂まで入った。千晶のベビー布団の隣に一組しかない布団を敷くと当然のように修平が後ろから私を抱きしめた。
「千沙さん、ありがとう……千晶を産んでくれて、ありがとう」
拒否しようと思ったのに、そんなことを言いながら修平が泣くものだから、そのまま、私もいつかの夜のように久しぶりに眠った。
ふぎゃあ、ふぎゃあ、
「ち、千晶!」
千晶の泣き声で目を覚ますと、もう部屋が明るかった。いつもは夜中に何度も起こされるのに。起き上がると修平が千晶のおむつを替えてくれていた。
「おはよう、千沙さん。僕、一旦着替えてから会社に行くから。帰る時に連絡します」
「え? う、うん……」
修平はそう言って千晶を私に渡してきた。ぼうっとしたまま突っ立っていると、修平が玄関で振り返った。
「いってらっしゃい、は?」
「あ、はい、いってらっしゃい」
「いってきます。千沙さん、千晶」
そのまま自然に修平が私と千晶の額にちゅっとキスを贈った。
な、なに……。
衝撃の修平の行動に私は玄関先でしばらく立ち尽くしてしまった。心臓がドキドキして破れそうだった。
それから、なんとか落ち着いて、千晶を寝かしてから私も仕事をした。育児疲れしていたからかすぐに眠ってしまったけれど、昨晩修平はただ私をいたわるように抱きしめてくれた。そのぬくもりを思い出して身もだえることを何度も繰り返した。お昼にどうしているかメッセージが入って、いつの間にか連絡先がバレていたことに驚いた。まさか、と思って玄関のカギを確認したら、スペアキーが無くなっていた。
―晩御飯は簡単なものでいいです
何か買ってくるものはありますか?
夕方にメッセージが入って、ドキドキした。これではまるで新婚夫婦である。こんなこと、していていいのだろうか。でも、修平がここにまた戻って来ることが嬉しい気持ちの方が上回っていた。
―お疲れさま、牛乳一リットルお願いします
とだけ返してなんだかもう恥ずかしくなった。簡単にご飯を用意してソワソワ待っているとインターフォンが鳴って、大荷物を持った修平が牛乳を持って来た。
その日から転がり込んできた修平は当然のように家で暮らし始めた。手狭になった家なのに、それを楽しむように修平の腕が伸びてきて、私や千晶を構ってくれる。大家さんに住み着いてしまった修平をどう説明しようかと思っていたら、すでに菓子折りを持って挨拶に行っていたらしく、顔を合わせると嬉しそうにお祝いされた。
「寺田さん、良かったわね! DV夫から逃げるお手伝いをしてくれた人なんですってね! でも、あなたダメよ、そんないい人まで巻き込みたくないって、なにも知らせずにいなくなるなんて。彼、寺田さんの事本当に慕っているって言ってたわ。素敵な人に守ってもらえたら安心ね! そのうち出て行くことになるだろうから寂しいけど、でもあなたと千晶ちゃんの幸せを祈ってるわ!」
興奮する大家さんがそんなことを言ってくる。勘違いが勘違いを呼んでいるようだが、大家さんはそれで納得してくれているようだった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
朝早く出社する修平に声をかける。当然のように私と千晶の額にキスを贈って、家を出て行く。修平は孝也が飛ばされた支社に今勤務しているらしい。通えるとはいえ、少し遠いので毎朝六時に起きて車で通勤している。――孝也はあれから二度目の離婚をしたらしく、間もなく退社したらしい。
修平は私を見つけたネタ晴らしをしてくれた。
「千沙さんの居場所を教えてくれたのは孝也さんです。絶対に後悔して千沙さんを探すと思ってあらかじめ支社の知り合いに頼んで妙な動きはないか、張ってもらっていたんです。案の定、離婚して元嫁とよりを戻すって言いだしたって聞いて急いでこっちに来ました。それもすでに引っ越してて千沙さんには逃げられましたけど。でも、一歩遅かったらここにもたどり着けませんでした」
「孝也が後悔するって……ええと、修平は知ってたの? その、細井さんが三股してたこと」
「三股云々は知りませんが、僕も細井さんに誘われたことがあるんで」
「えっ」
「社内じゃ有名でしたよ。細井さんがいろんな人に手を出していたの」
「そうだったんだ」
「まあ、細井さんが浮気女でなくても、千沙さんには勝てませんけどね」
「……」
「千沙さん、僕の事二度と捨てないでくださいね」
「う、うん……」
修平に強く言われてそう答えた。捨てたつもりはない。ただ、幸せになって欲しかっただけだ。
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