異世界着ぐるみ転生

こまちゃも

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第百三十六話 海と猫と冒険者

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第百三十六話 海と猫と冒険者


さてはて、葛の準備は出来た。だが、水饅頭だけってのもなぁ。どうせなら、色々作ってみたい。

「となると、後必要なのは‥‥寒天か」

寒天と言えば、天草。天草と言えば、海。と言う事で、島から一番近い浜辺に箒で降り立った。
海産物だけは、自給自足が無理なんだよね。

「さて、と」

森の中でも潮の香りがする。周りに町も街道も無いらしい。
大きく伸びをして、気持ちいい風を思い切り吸い込んだ。

「ああ“?」

突然聞こえた低い声に振り返ると、草むらから出て来たらしき男性と目が合ってしまった。
目が合った瞬間にメンチ切られたぁ!
ジローに似た軽装だが、腰にはしっかりと剣が‥‥冒険者か。また魔獣と間違えられるかも。

「あ~‥‥」

男性は頭をガシガシと乱暴に掻くと、私から目を逸らした。そしてそのまま岩場に向かうと、釣り竿を取り出して、釣りを始めてしまった。しかも、さっさと行けと言わんばかりに右手を振る。「見逃してやる」的な雰囲気。
釈然としないが、戦いたいわけではない。まぁ、良いか。少し離れた場所に行き、ブレスレットを使って潜水服に着替えると、海へと飛び込んだ。





「‥‥腹が減った」

森をさ迷い、かれこれ一週間。水も食料も無くなり、いよいよもってヤバい。
風に乗って運ばれてくる潮の香りが濃くなって来た。海にさえ出れば、何とかなる。
やっとの思いで浜辺にたどり着くと、目の前には魔獣がいた。
だが、何故か敵意や殺気を感じない。と言うか、服着てないか? 腹が減り過ぎて、頭が回らん。
普段なら、食料確保に勤しむところだが、こんな状態で魔獣と戦うとか、無理だろ。
魔獣を刺激しないように距離を取る。こちらに戦意は無い‥‥魔獣に伝わるかどうかは知らん。
こちらの意図が伝わったのか、俺が背を向けても襲い掛かって来る気配は無い。それどころか、海に飛び込んだ⁉ 

「おいおいおい」

陸上の魔獣が海に飛び込むなんて、自殺願望‥‥なわけないか。
まぁ、その内上がってくるだろう。





久しぶりの海! やっぱり綺麗だなぁ。サンゴや色とりどりの魚。キラキラと光る水面。ふわふわと、ゆらゆらと、流れに身を任せる。気持ちいい‥‥っと、目的を忘れるところだった。
鑑定を使いながら天草を探し、アイテムポーチへと入れていく。

「(これくらいで良いかな)」

う~ん、潜水服でも良いんだけど、やっぱり人魚の姿になった方が泳ぎやすい。どうしようかなぁ? 海なんて久しぶりだしなぁ。よし! 人魚に変身!

「海はやっぱりこっちだよね!」

その時、ザバン! と、水の中に何かが落ちた様な音がした。上を見ると、人と言うか、さっき上で会った男性だった。

「?」
「ぐぼっ⁉」

目が合った瞬間、物凄く驚いた顔をした男性の口から大量の気泡が‥‥。そして、少しの間もがくと、くったりと力が抜けた。

「な、なんだぁ?」

落ちたのか飛び込んだのかは知らないが、このままにしておくのは駄目だろうな。
男性を波打ち際まで引き上げ、声を掛けた。

「ちょっと、大丈夫⁉」

ペチペチと男性の頬を叩いてみるが、反応が無い。男性の胸に耳を当ててみると、微かに心臓の音が聞こえて来た。今度は口に手をかざしてみるが、息が無い。

「え、これって、心臓マッサージ必要⁉ いや、人工呼吸か⁉ えっと、確か」

男性の顎を上げ、口を開ける。これで合ってるのか? 会社でやった研修を思い出せ!
男性の鼻をつまみ、ゆっくりと男性の口に息を吹き込んだ。横目で男性の胸が上がるのを確認。男性の口から離れると、胸が下がる。二回ほど繰り返すと、男性がゲホゲホと咳き込み水を吐いた。

「うっ‥‥」

男性がゆっくりと目を開けた。

「良かったぁ」
「ま」
「ま?」
「魔獣は⁉」
「はい?」
「猫っぽい魔獣が海に入って‥‥うっ」

立ち上がろうとした男性の身体がグラリと揺れた。

「そんな急に動いたら駄目だよ! 息止まってたんだから」

もしかして、私を心配して飛び込んだのか?

「猫って、これ?」

変身を解いて元の姿に戻ると、男性が固まった。

「‥‥は? 人魚‥‥猫‥‥喋って‥‥腹が減り過ぎて、幻覚でも見てるのか?」

どうやら腹ペコらしい。
初夏とは言え、濡れたままでは風邪を引いてしまう。魔法でサクッと自分と男性を乾かし、男性に毛布を渡した。

「とりあえず火起こすから、ちょっと待ってて」

持ってて良かった、バーベキューセット。
コーンスープの入った鍋を火に掛け、柔らかいパンも用意。

「はい、どうぞ」

男性にお茶の入ったマグカップを渡すと、呆然としながら受け取ってくれた。

「お前さんは、いったい何だ?」
「見ての通り、猫の獣人」
「‥‥‥」

おぉぅ、視線が刺さるぜぇ。

「じゃあ、魔獣?」
「ふ‥‥じゃあって何だ、じゃあって。まぁ、どっちでも良い。命を助けてもらったようだしな」
「元々は私を助けようとしたんでしょう? お互い様って事で」
「なんだそりゃ」
「はい、とりあえずスープとパンね。スープに浸して食べると良いよ」
「ああ、すまんな‥‥‥うまっ」

てっきりガツガツ行くかと思ったけど、男性はゆっくりと咀嚼しては飲み込んだ。
これは、空腹に慣れた人の食べ方だ。
その時、ぐぅぅ、とお腹の音が聞こえて来た。
胃が動き出したのか。どんだけ食べてなかったんだか。

「他にも食べれそう?」

私がそう聞くと、男性は少し恥ずかしそうに自分の頭を掻くと「ああ」と小さな声で返事をした。





「にゃふ♪ にゃふ♪」

ヒナが海へ向かった後、いつもの様に畑のお世話に勤しむコマ達。
新しい種を植え、幾つかは芽吹き始めていた。

「にゃふ♪ にゃふ? ここは‥‥ヒナしゃまの畑」

魔法で水撒きをしていたコマが足を止めたのは、ヒナが新しく買って来た種を植えた場所だ。

「きのうは、みっつだった? でも、いち、に、さん、よん、ご、ろく? げんき!」

一晩で倍になった双葉に驚いたコマだが、ヒナが楽しみにしているのを知っているので、元気に育っているのは良い事だと喜んだ。

「ニャ~」
「ん? ああ、きみもあそびにきたんだね!」

コマの足元には、小さな子猫がちょこんと座っていた。最近では散歩をする事も増え、元気に走り回っている。

「ふふふ。あ、そろそろおひるごはん!」
「ニャ」

もう直ぐ、夏が来る。
今年もまた、忙しくなりそうである。
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