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第8話 道徳的に生きましょう
しおりを挟む謎のお月見からひと月近くが経過しました。木々の緑は色を深め、薔薇の見頃もピークと言えるでしょうか。薔薇が好きな私は最近しょっちゅう庭に出ています。今もお昼休みなので庭へ。
この世界の薔薇は特別な改良をしなくともベーシックなものに加えて青に茶色に緑、それに赤と白のような複色まであって、本当に色とりどり。きっと、作者様も薔薇がお好きだったんだわ。
アーサー様は相変わらず、事あるごとに私の元へ来てはお菓子を置いて帰っていきます。餌付けかしら? 美味しいし過度な接触があるわけでもないので、文句はないのですけど。
原作でも特別なイベントのない時期だったかと記憶しています。主人公のふたりは確か、カフェでたまたま会ったとか庭の噴水のところでばったり遭遇したとか、そういった些細な偶然を積み重ねていく時期。それがいつの間にか、いつも一緒にいるのが当たり前という風になっていくのです。
「……だったので……それが」
いつものように薔薇を愛でながら散策する私の耳に、女性の声が聞こえてきました。目の前には噴水。私がいるのとは逆側に誰かがいるようです。
……え、まさかね?
足音を忍ばせながら噴水に近づき、首を伸ばしてこっそり向こう側を覗きます。息もひそめて、さながら忍者のように!
サイドの髪を無造作に後頭部でくるっと結わえた灰赤色の頭と、ふわふわと柔らかなピンク色の髪が仲良く並んでいました。原作通りのその様子に喜ぶべきところですが、私の心臓はひとつ大きく跳ねてから血液を循環させるのをやめてしまったみたいです。一気に手足の先が冷たくなっていきました。
私のことなどお構いなしに、二人の会話は続きます。
「えっと、すごく憧れ、ています」
言葉を選びながら遠慮がちに発せられる可愛らしい声。
「それはすごく嬉しいな」
よく通る心地よい声はいつもよりずっと明るくて。
私はその場を離れました。
なんだ、ちゃんと原作通りに進んでるじゃないですか。んもう、心配してたのに。
では私は……追放後の生活について予定を立てておいた方がいいでしょうか。アーサー様のことですから、ちゃんと修道院へ送ってくれるとは思うのですが。
でも苛めというのは被害者がどう感じるかが大きいもの。私が控えたつもりでもマリナレッタさんにとっては耐え難い苦痛だったかもしれません。そうするとアーサー様にもそのように伝わるはずですから「手加減すると言ってしていなかったから国外追放にする!」なんて言われる可能性も。
というわけで、午後の授業が始まる前に図書館へ立ち寄って来ました。図書館では休憩時間のほとんどを使って、異国の文化や私でも就けそうな職業について学ぶための本を探し、借りて来たのです。善は急げと言いますからね!
パラパラと立ち読みした感じでは、思ったより生きていけそうで気が楽になりました。なんといっても、私にはアラサー地味庶民という属性が混じっていますからね。むしろエメリナの隠し切れない美貌をどうするかのほうが問題……。
あら? 講堂の手前に人だかりができています。
午後の授業は下級生も混じる大講義なので、人がたくさんいること自体は不思議ではないのですけど。どうにも雰囲気がよくない印象です。
人だかりの中に友人の姿を見つけたので、尋ねてみましょうか。
「どうかしたの?」
「あ、エメリナ様。ご覧になって、彼女のお召し物に泥が。そのまま講堂へ入ろうとなさるからおやめなさいと言っているところなのです」
友人の指し示す先を見ると、確かに制服のスカート部にべったりと泥をつけた女生徒の姿がありました。マリナレッタさんです。ピンク色の髪や白い頬にも少し。休憩時間の初めにはアーサー様とお喋りをしていたのに、一体なにが?
「なるほど、あのまま座ったら椅子を汚してしまうからということね?」
「ええ」
「でもどうしてあんな姿に……。あのままでは風邪をひいてしまうわ」
すわ苛めかしら、なんて自分のことを棚に上げて動揺していたときです。また別の女生徒が声をあげました。制服のシャツの色からして、マリナレッタさんと同じ学年の方ですね。
「泥遊びをなさってるからです。仮にも貴族の娘が土いじりだなんて」
「なるほど土いじり」
思い出しました。彼女は母と姉を亡くす前は領民に混じって畑仕事さえするような子だったのです。入学後もなかなか友人に恵まれず、庭師の計らいで花壇の一部を手入れさせてもらうことに。土を触っているときは嫌なことを忘れられるからと、そういった設定があったはずです。
一方で貴族であればそれが褒められた行いではないのも確か。
つまりここでさらに私が彼女を苛めて差し上げれば、アーサー様とマリナレッタさんの仲は確実なものになるのでは。
胸に抱いた本をぎゅっと抱き締めて、私は人だかりの中から一歩内側へと出ました。
「マリナレッタさん、あなた、土いじりをなさってたとか」
私の言葉に周囲の生徒たちがクスクスと笑い声をあげました。彼女を取り巻くのは嘲るような視線や、にたりと冷たく歪む口元ばかり。耳を塞ぎたくなるような罵倒言葉も囁かれているようです。
本当に嫌な気分ですが、彼女はこれに耐えさえすれば幸せが待っていますから。
もう一度、本を抱く腕に力を込めます。マリナレッタさんの肩がびくっと震えました。
「貴族なら……」
――こんなの読んでんのかよ!
子どもたちの声が脳裏に響きました。
私は大きく息を吐いて、周囲をぐるりと見渡します。私も、この生徒たちも、まだまだ伸び盛りの若者だわ。
「貴族かどうかなど関係なく、他者の趣味嗜好を嘲笑う姿は美しくないわ」
周りがざわめきました。
マリナレッタさんの見開かれたスカイブルーの瞳が小さく揺れています。
「でもその汚れはいただけないわね。着替えがないなら私のをお貸しするわ、行きましょう」
「ワイゼンバウムさん……!」
「わ、私もこの荷物を部屋に置きたかったのよ、マリナレッタさんのためじゃないの!」
そうです、本が重かっただけですからね!
私は苛めっ子なんですから!
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