正直な悪役令嬢は婚約破棄を応援しています~殿下、ヒロインさんを見てあげてください!私を溺愛している場合じゃありません!

伊賀海栗

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第7話 お月見をしました

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 アーサー様とのデートを終えた夜、夢を見ました。うろ覚えですけど、前世の夢を。

 自宅のそれと比べると半分ほどのサイズしかない寮のベッドから出て、カーテンを開けました。外はまだ真っ暗で、色とりどりの星がきらめいています。まん丸の月は薄い赤色で、ここが創作物の……前世とは異なる世界なのだと思い知らされるよう。

 と言っても地球とほとんど変わらないですけどね。見たことのない食べ物や動物がいる程度で。子どもたちに見せたらきっと目を輝かせて喜ぶでしょうに。

「あの子たちは元気にしているかしら」

 こぼれた言葉は窓を少し曇らせました。

 前世の私は周防すおうエミリという名の小学校教諭でした。可愛い名前ですが完全に名前負けだし、もっと地味な名前にしてくれればよかったのにと、両親を恨めしく思ったものです。

 教師という仕事は多忙で、異性との出会いも多くありません。職場恋愛から結婚にいたる人が多いとか。でもそれって同じ学校に同世代の独身男性がいないと成り立たないわけで。はい、つまりそういうこと……にしておきましょう。

 ロマンス小説は素晴らしかったです。通勤や食事中などちょっとした隙間時間に読めるし、それに恋のトキメキを疑似体験できる!
 何かしらの信念を持つヒロインが立ちはだかる困難に全力で立ち向かい、ヒーローはそれを陰に日向に支え、時には対立しながら愛を育んでいく……。ああなんて素晴らしいのかしら、私の日常には生涯訪れなかったロマンス、そう、ロマンス!

 あら、ちょっと興奮してしまいました。
 とにかく、前世の私にとってロマンス小説は趣味であり日々のオアシスでありました。
 生を終えた日もやはり私はそれ……いま私がいるこの世界を描いた「壁キス」を読んでいたんです。子どもたちが帰路について少しずつ静けさが広がり始めた放課後、気分転換にと小説を広げました。

 それは一瞬のことでした。小説に集中しすぎて周りが見えていなかったのだと思います。いつもイタズラをして私を困らせる三人組が、そっと近づいて私の手から小説を奪い取ったのです。

 豚さん柄のブックカバーを外して表紙を眺めて一言、

「わっ、エッロ! こんなの読んでんのかよー!」

 そう叫んで本を持ったまま走り出しました。
 ロマンス小説は往々にして表紙が特殊です。多くはお城や田園、または夜の街の遠景をバックに外国人女性のバストアップ写真。それだったらまだよかったのですが、「壁キス」は衣類のはだけた男性とドレス姿の女性が密着してキスをする写真だったのです。
 確かに、子どもたちには少し刺激が強いでしょう。

「周防せんせーのえっちー!」

 子どもたちはそう叫びながら校内を走ります。私は指導の必要性を感じて彼らを追いかけました。

 人の物を承諾を得ずに持ち出してはいけない。人の趣味を嗤ってはいけない。それを伝えたくて、小走りで子どもたちの声を追います。さすがに校内を全速力で走るのはいけませんからね。

 死に際に関して、私はふたつ後悔があります。

 ひとつは彼らにしっかり指導してあげられなかったこと。そのような時間を持つことなく死んでしまいましたから。
 もうひとつは……。

 思案に耽る私のそばで、コツンと窓が叩かれる音。え、ここ二階ですけど。

 びっくりしながら音の出どころを探していると、下で手を振っている人の姿を見つけました。暗いし見間違いかと思ったのですが、やっぱりそれはアーサー様で。
 窓を開けると、彼は瓶を掲げて「おいで」と囁き声。あれはワインかしら? 状況の全てにおいて意味がわからなくて、なぜだか笑いがこみ上げてきました。

 ガウンを羽織って下へ降りると、アーサー様が寮の裏庭のベンチから手を振っていらっしゃいます。んもう、ここは女子寮なのに。

「どうしたんですか、こんな時間にこんなところで!」

「窓から明かりが漏れてると報告があったから、会いに来た」

「プライバシーの侵害だわ」

「プライ……?」

 まさか、プライバシーの概念がない? いえいえ、似たような法は我が国にもあったはず。

「私的空間を詮索されない権利です」

「ああ。それは確かに大切なことだね。言い訳をさせてもらうと、眠れなくて月を眺めていたら無性にエメリナに会いたくなった。それで君も起きていたらいいなと」

「だからって女子寮の敷地に入って来るだなんて」

「俺たちだけの秘密だ。エメリナには共犯になってもらうよ、俺が叱られないように、ね」

 そう言いながら、アーサー様が木製のジョッキにワインを注いで差し出しました。持ち運ぶ際、乱暴に扱っても大丈夫なようにこれを選んだのだと思うのですけど、ジョッキって!

 本当は駄目なことなのに、彼を追い返すよりもこの楽しい時間をちょっとだけ共有したいと思ってしまいました。教師失格です。でも、もう教師じゃないから。

 ワインを口に含んで空を見上げると、薄い赤の月。これを見て私を思い出してくれたってことは、きっと私の瞳を連想したのでしょう。嬉しいようなくすぐったいような気持ちで、もう一口。

「……あ」

「ん、どうかした?」

 思い出しました。これ、原作にあった、このシーン。
 アーサー様が月を見て思い出すのは薄いピンク色の髪です。赤い瞳なんかじゃなくて!
 そういえば今日も結局夕方まで解散できなくて、アーサー様とマリナレッタさんのデートが実現してないし!

「あの、アーサー様、ここに呼ぶべきは本当は私じゃなくて――」

 言いかけた私の唇を、アーサー様の人差し指が塞ぎました。

「しっ。予言書がどうであれ、俺は君に会いたかったんだ。俺の感情を無視するつもり?」

「……いえ、ごめんなさい」

 アーサー様が優しく微笑んでくださって、この話は終わり。

 その後はふたりでただ静かに月を眺めていました。



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