正直な悪役令嬢は婚約破棄を応援しています~殿下、ヒロインさんを見てあげてください!私を溺愛している場合じゃありません!

伊賀海栗

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第9話 王太子もすなる土いじり

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 週末です。本日の授業はすべて終わり、いつもなら自室でゆっくりしているところですが……。三十センチくらいでしょうか、園芸用のスコップを片手に、私はなぜか庭で土いじりをしています!
 というのも、泥まみれになっていたマリナレッタさんがとっても気落ちしていたので、私も同じ経験があるとお伝えしたんですよね。もちろん前世での話ですが、それは伏せて。そしたら同好の士と勘違いなさったみたいで、お礼代わりにとカンパニュラの種をいただきました。

 ……植えないと失礼じゃないですか? お花は好きですし? 情操教育にもいいですし? まさか自分で自分の情操を教育することになるとは思いませんでしたけども。
 子どもたちと一緒に花壇をいじったときは、みんなよくはしゃぐのですごく大変だった覚えがあります。さすがに自分ひとりでやるとスムーズですね。まだ土を掘り起こしただけですけど。

「泥遊びをする令嬢がいると聞いて来たのだけど、まさかエメリナだったとはね」

 頭の上で心地よい声が。
 スコップを持つ手を止めて恐る恐る見上げると、スミレ色の瞳が楽しげにきらめいていました。

「わっわっ、私じゃ……。はい、私です」

 どう見ても私でした。
 噂の元は恐らくマリナレッタさんのことだと思うのですけど、現在、今この時に泥遊びをしているのは私でございます。間違いありません。

 立ち上がってスコップを後ろ手に隠しました。生まれながらの公爵令嬢であるエメリナの部分が恥ずかしがっています。やっぱりちょっと、貴族のすることではないなとばつが悪い気持ちです。

 ふふと笑ったアーサー様が手を伸ばしました。

「頬に土が」

「あっ、失礼しました。手が汚れちゃう」

「いいよ、どうせ君と手を繋げば俺の手も泥まみれだ」

「なんて?」

 アーサー様は聞き返す私に微笑みを返すばかりで、腕をまわして私の手からスコップを取り上げてしまいました。や、ちょっと顔が近い! 抱き締められるのかと思ってびっくりしました、びっくりしました!

「まだ終わってないなら俺も一緒にやっていいかな」

「なんて?」

 またしても私の問いかけには何も返答せず、アーサー様はスコップを手にしゃがみました。骨ばった男性らしい手で握ったスコップの先端が土にささります。
 私はそれを止めようと彼の手に自分の手を重ねました。

「だっ、だめです!」

「どうして?」

「危ないからです。庭師が整備してくれてますから危険は低いでしょうけど、もし石などで手を切ってしまったらそこからばい菌が入って」

 破傷風のワクチンやペニシリン……でしたっけ、そういったものはまだないような気がします。少なくとも、私はこの世界においてワクチンを接種した記憶はありません。

「そんな危ないことなら君にもさせられないな」

「アーサー様は王太子で」

「君はその妻になるのに」

 あ、これは譲ってくれないときの表情です。口元がヘの字に曲がって、スミレ色の瞳が少し鋭くなって。

 でも確かに私はともかく、マリナレッタさんに土いじりを続けさせるのは良くないのかしら? だって彼女こそが未来の王妃になるはずですからね。彼女の趣味を奨励するべきじゃなかったんだわ。

「またおかしなことを考えてるね?」

「えっ? いえ……」

「後ろを見て。君に憧れて土いじりをしてみようと思ってる者も多いようだよ」

 何を言っているのかしらと振り返ってみると、私たちふたりを遠巻きに見守る同級生たちがいました。ええと、私ではなくアーサー様に憧れているのだと思うのですけども。王子もすなる土いじりといふものを我もしてみむとてするなり、ですよコレは。

 私はハッとしてアーサー様を振り仰ぎました。

「もしかしてアーサー様」

「嫌な予感がする表情だね」

「マリナレッタさんのために土いじりのイメージを払拭しようと……!」

「やっぱり」

 アーサー様は立ち上がり、懐中時計を取ろうとしてご自身の両手が汚れていることを思い出したようです。振り返って、近くの男子生徒に時間を確認なさいました。

 次いで、手を差し伸べて私を立たせてくださいました。

「今日はここまでにしよう。誰もが極力安全に花を植えられる場所や道具を用意させるよ。それまでは、これはお預けだ」

 私がずっと握り締めていたカンパニュラの種の入った袋もまた、アーサー様が取り上げてしまいました。
 そして私の手を握って歩き出します。私たちを見守っていた生徒たちが左右に分かれ、道ができました。なんでしょうこれ、みんなの間を歩くの恥ずかしいんですけど!

 水場で手を洗いながら、アーサー様が学院の門のほうを顎で示しました。

「そろそろ迎えが来るから、家へ戻る準備をしてくるといいよ」

「え、当家の迎えはもう少し遅い時間かと思うのですが」

 普段は週末だからと言って家へ戻ることはないのですが、明日、私とアーサー様には孤児院への訪問予定があります。いわゆる公務ですからね、タウンハウスへと戻って準備をしなければなりません。

 アーサー様は至極真面目な顔で「それは断った」とおっしゃいました。なんて?

「公爵家へ立ち寄るくらい大した手間ではないし、ふたりでいられる時間は多いほうがいいからね」

 ん?
 今、ちょっと恥ずかしいことおっしゃいませんでしたか、大丈夫ですか?

 私が回答に困って目をしばたかせていると、アーサー様はハハと小さく笑ってスコップを目の高さに掲げました。

「さあ、準備しておいで。これは俺が返しておくから」

 うう、イケメンめ……。
 私は右足を後ろへ引きながら小さく腰を落として淑女の礼カーテシーをとり、自室を目指しました。



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