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つらみざわぴえみ

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第一学期

始業式

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 挨拶ができなかった僕とは対照的に、外の世界はキラキラと輝いていた。鳥たちは歌を唄い、風は春を運び、鬱陶しいほどに元気な太陽は、まるで元気を分けてくれているかのようだった。落ちた桜の花びらを舞い踊らせながら、二輪で坂を駆け降りる最中、前向きな気持ちに切り替えようと必死だった。きっと大丈夫。だって、鳥たちも、風も、太陽も味方してくれている。きっと良い日になるに違いない。


 電車内や通学路には、学制服を着た人達がたくさんいて、これまでの日常を戻していた。久々に顔を合わせ喜ぶ彼等を横目に羨んだ。僕にもそんな相手がいたら………ううん、僕には鳥や風や太陽がついてるから大丈夫。ポジディブ!ポジティブ!


 僕は家から最寄り駅までは自転車で行き、そこから電車に乗り換え学園に向かう。降車駅から学園までは徒歩20分程度だ。山の広大な土地を耕してできた楓華学園へ行くには、長い坂道”楓華坂”を登る必要があるけれど、四季折々いろんな表情を見られる風光に恵まれたその坂は、僕の心に癒しをくれる。


 学校に着いて靴を履き替えると、すぐそこには人集ひとだかりができていた。
   そう、クラス替えの発表だ。祈るような気持ちで名前を探す。








「か…か……か・き・く…く…空閑…空閑……空閑………………あった!」







 そしてすぐに絶望した。身体から期待や希望と言う名のちからが抜けていくのを感じた。僕の名前の上には、虐めてきた人の名前が記載されていたのだ。彼の名前は清盛きよもり れん。一年の時のクラスメイトで、群がって虐めるのが好きなタチの悪いタイプ。どうしよう。よりによって出席番号が並んでしまったのだ。いっそ上手く付き合ってみせるか…いや、そんなことをすれば増々面倒な事に……一体どうすれば…。そんなことを考えながら、僕は楽しい一年を諦めていた。嫌な記憶が脳裏を巡り、足は重くなり、教室へ向かうのが怖かった。


「婆ちゃんごめん…。できそうにないや……。」


 賑やかな教室に入ると、清盛の周りに三人が集まっており、その内の一人が僕の机上に座っていた。最悪だ…仲間もいたのか…。追い打ちをかける絶望に心が軋み、今にも崩れてしまいそう。恐る恐る席に着いくと、その目がコチラを向いた。


「あれ?空じゃん。俺らまた同クラとかマブだな。ラッキー!一年よろしくなー。」


「う、うん。そうだね。よろしく。」


「お前ら知ってる?コイツさ、いつも暇してっから俺たちにコキ使われてたんよwそれが嬉しいみたいでよー。」
「その話知ってる!それコイツのことなんだ。」
「空閑なお暇なお?(空閑なお暇なの?)とか言われててウケたなー。」
「酷ぇw他県から来て友達いないって話っしょ。」
「そうそう。可哀想だし俺らも構ってやろうな。」
「首輪やリード付けられると喜ぶって噂もあったよな!」
「あったあった!それでついたあだ名がワンワン!」
「HAHAHAHAHAHA」


 やめろ。やめろ。やめろ。やめてくれ。初日からの最悪だ。みんなの前でみっともない。恥ずかしい。なんて惨めなんだろう。ワンワンって、そういう理由で名付けられたんだ…情けないなぁ。きっと今年もワンワンって呼ばれて、犬みたいに扱われて……はは、なんで僕は少しでも期待してしまったんだろう。もう嫌だよ…鳥たちも…風も…太陽も……僕の味方ではなかったんだね……母さん……。そう思うと涙で視界がボヤけた。その時。
「ちょっと~。蓮くんたち、やめなあ~。」


えっ…。おっとりした優しい声が耳に響いた。
目線を上にやると、黒髪の女子が彼等に注意をしていた。


「可哀想でしょ~。しかもそこ座るとこじゃないし。もうすぐ先生も来そうだし早く自分の席に戻りなよ~。」


 あまりにも突然のことで驚いた。誰なんだ…この子は。初めてかばってもらえたように感じて、なんだか救われた気持ち。この気持ちは何だ。嬉しくてたまらない。その瞬間はまるで時が止まっているかの様だった。彼等はその後も口論を続けていたが、僕には何も聞こえず、思考も聴力も止まったその体の中は、彼女の勇姿でいっぱいだった。しばらくすると先生が入ってきて、廊下に並ぶよう伝えられ、体育館へ移動。そのまま始業式を行ったが、式中も彼女のことで頭がいっぱいだった。


あの清盛に話しかけるなんて、カッコよくてキラキラしてたなぁ。怖くて何も言い返せない僕とは大違いだ…。何て名前なんだろう。後でお礼を言わなきゃ。


 そして、終礼が終わるとすぐに彼女の元へ駆け寄った。


「あ、あの。今朝は助けてくれて、ありがとう…!」
「ん? あ~今朝の? 全然気にしないで。私こそごめんね。」
「え?」
「間に入って余計なことしちゃったかなって思ってたんだ。きっと言いたいこともあったんじゃないかなって。」
「余計じゃないです。すごく助かったんです。嬉しかったんです。いつも言われっぱなしで、悔しくて、でも何も言えなくて。」
「…。今朝みたいなことしないように、また私から言っとくね。今はあんなだけど、本当はいいところもたくさんあるんだよ。」
「え………そう…なんだ……仲……良いんですね。」
「…私と蓮くん、幼馴染なんだ~。」
「え……。」
「怖い…? じゃ私そろそろ行くね、ワン子くん。」
「なおです。」
「え?」
「あっ、空閑なおって言います…。名前。」
「ふふっ、私はゆかだよ~。かなえゆか。よろしくね。」
「あ、はい。よろしくお願いします! えっと…叶さん。」
「ゆかでいいよ。何でさっきから敬語なの~?」
「あ…すみません…あまり慣れてなくて……。」
「そっか。無理はしなくていいけど、もっと思ってること口に出した方がいいんじゃない?一緒に頑張ろ~?」
「えっ」
「じゃ私行くから。またね、なおくん。」
「あっ…。」


 そう言うと彼女は教室を出ていった。上手く話せなかった僕は、自分のコミュ力の無さを痛感して少し落ち込んだけど、自然に接してくれるクラスメイトがいる喜びも同時に感じていた。彼女がいるのなら、この一年も悪くないかもしれない。そんな微かな希望さえ感じていた。思ったことを口に、か。僕にもできるだろうか。


 この日の僕は、彼女のことが頭から離れなかった。「一緒に頑張ろ~!」のひと言に期待してしまうのは浅はかだろうか。彼女も言いたいことを言えずにいるのだろうか。清盛と幼馴染と聞いた時は驚いたけど、どれくらいの仲なのだろう。明日も会話できたらいいな。なんてことばかりを考えていた。


 婆ちゃん。僕、少し楽しみができたよ。
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