LETTER*GIFT

友樹 みこと

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2話 ゲームセンター

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第二章「ゲームセンター」

 俺たちの通う学校から、徒歩二十五分。
通学路の住宅街を抜けて、小さなコンクリートの橋を渡って、長い坂道を超えた先にようやく大きなショッピングモールがある。
そこの中に大型ゲームセンターがあって、それが今、目の前にあった。
「うおっしゃあ! ハイスコア! ハイスコア!」
「ちょっと、まちいや! うちも行くから!」
「えっ!? 私とのダンス対決は~!?」
健、鈴音、真理の三人はゲームセンターの前に着くや否や、走り出し、お目当てのゲームのあるエリアに移動した。
「うわ~…色んな色がいっぱ~い…」
文香は、ゲームセンターの前に立ち、一歩も動こうとはしない。
「そうか、文香俺たちよりも沢山の色が見えてるんだっけ」
「うん、そうらしいね…少し羨ましく思うこともあるよ。どんな感じなんだろう」
ぼ~と立つ文香を見て感慨にふける俺と傑。
俺も傑の言う通りそう思う。文香の見ている世界が見てみたい。
人の気持ちが色で見えるってどんな風に見えるのだろう。
このゲームセンターの風景ですら、どんな風に見えているのかわからない。
「一度、文香の景色を絵でいいから見てみたいな。」
「…ゆうちゃん…まだそう…思う…?」「あ、ああ。」
今までの会話には一切参加してこなかったのに、突然ゲームセンターを見るのをやめて俺の言葉に反応する文香。俺はその様子に驚いてしまう。
「…ゆうちゃんが見たいと思うなら…いつか見れるかもね…」
「えっどういう意味?」
「あっ、ゆうちゃん。僕、あれやってみたいです。文香さんも行きましょう。」
傑は少し慌てた調子で何かやりたいゲームがあると言い出した。
「…わかった…行こう…ゆうちゃん」「お、おう、行こうか。」
俺は、胸につっかかりを覚えたまま、傑について行った。

「僕、あの三つ目の宇宙人欲しいです。」
「…ん~…あれ難しそう…無念の赤紫…」「あっそうなんですか? なら、あっちはどうでしょう?」「あの、ビッグ宇宙星人は…行ける…栄光の明るい黄色…」「なら、行ってみましょう! ゆうちゃん、やりにいこう!」「な、なんかずるしてるみたいだな。」
文香は物に込められた人の雑念なんかも見える。
だから、どの機種が取りやすいとか、あたりの出るパチンコ台なんかもわかると言っていた。
つまり、さっきのやり取りを要約すると、三つ目の宇宙人は運営側がお金を使わせるために作った機種で取れず、むしろ取りづらそうな巨大な宇宙星人は運営側があげてもいいと思っている商品だからとれる可能性がある。ということだ。恐るべき文香の才能。
「何言ってるんですか! これも立派な文香さんの才能ですよ! さぁゆうちゃん出番です!」「私が出来るのはここまで…あとは、任せた」
ぐっとふわふわとした表情で手を突き出してくる文香。
両手に力を込めて、期待の眼差しを向ける傑。
二人ともめちゃくちゃかわいい。二人とも嫁にしたいくらいだ。
絶対に言わないけど。
「わ、わかった任せろ!」「ふぁいとん…」
そのぐっと握っていた手でゆっくりと殴られ、反射的に拳を受け止めると、、文香の手から500円玉がポンと渡された。
「い、いいのか?」「これで…取れるものなら…取って…みたまえ。」
どうやら軍資金らしい。俺は文香の好意に甘え、巨大宇宙星人と戦うことにした。
「さて、どこを狙うべきか…はさみ、足、あとはタグか…」
目の前にいる両手ばさみの宇宙人はひっかけられそうな位置が三つある。
倒して寄せるという作戦があるにはあるが、軍資金500円ではそれは成功確率が下がる。
「ゆうちゃん…全部ハズレ…正解は…つの…」
「あ、頭か!? うそだろ! あんなところに引っかかるのか!?」
「やってみたら…分かる。」
文香いわく、一本だけ生えたつのにひっかけると上手くいくらしい。
だが、どう見ても柔らかい布で出来ているあのぬいぐるみの出っ張ったツノの部分をひっかけられたとしても、その体重の全てを支えられるとは思えない。
「到底信じられませんね…あんなところにひっかけてとろうだなんて…」
傑も唖然としている。傑は頭がいいから数式で確率の計算とかしていたのかもしれない。
「まあ、文香の軍資金だしなやってみるか。」
「うん…為せば成る…さ…何事も…ふぅ…」
なにか、喋りつかれたとでも言いたそうなしぐさでそんなことを言って、何も言わなくなる文香。確かに、いつもよりかは喋ってくれた。ヒントもくれた。
文香の見えている世界を信じてみよう。
「よし、行くぞ!」
俺は、コインを投入し、画面上に3PLAYと表示される。
「ゆうちゃん頑張って!」
「おう、任せろ!」
とは言ったものの、ツノの根本を狙うこと自体はそう難しい事ではない。
目線のちょうど前にあるからだ。微調整とかでミスしない限りツノを掴むことは容易だろう。
「右…上…こんなもんでどうだ!」
俺はレバーを操作し、自分の思う所にクレーンを持っていく。
少し抜けたサイレンのような音ともにクレーンが動きはさみ星人の上で止まる。
ゆっくりとレバーを広げ、そのまま降りていく。
その機体は、徐々に降りていきツノをそのまま押し倒して、ぬいぐるみが前に倒れた。
「な、なに!? ツノを掴めない!」「まさか、そんなにさがるなんて! 僕も計算してなかった!」
その後、クレーンは無情にもツノを掴むことはなく、その代りぬいぐるみのど真ん中、お腹を掴んだ。
「えっ!? うそ!? そんな展開!」「いや、これならいけるよ! 文香さんは初めからこれが狙いだったんだ!」「…にこり。」
「「なんて計算高い人なんだ!」」
そのままクレーンは体を持ち上げ、自慢の安定感を見せつけるように、がっしりと掴んだ大物を離すことはない。
「いける! いけるよ!」「おれ、こんな大物取るの初めてだ! すげー嬉しい!」
勝利を確信し、ハイタッチまでしていた俺たちに襲い掛かったのは第二の試練。
急停止。穴に落とす寸前、クレーンが急に止まるため、途端にバランスを失ってしまうのだ。
「ああ~! 忘れてた!」
「そうだった! まだそれがあるんだ! 頼む、堪えてくれ!」
ゆらゆらと揺らぎ、その反動でまた右側の大地にはさみを着き、ふぉふぉふぉっと言いそうな笑顔をこちらに向けてくる、はさみ星人。
その様子を見て負けたような気がしたが、文香のにこりは微動だにしていなかった。
そして、いよいよクレーンが完全に開き、反動で思い切り陸地に飛ばされるはずだったはさみ星人。
「ああ…!」「くそっ! こんな勢いじゃ、はさみを穴に落とすことはできない!」
そう思った瞬間。奇跡が起こった。はさみ星人は、クレーンに陸地に突き戻される。
だけど、ツノだけは。二本のツノだけは穴に引っかかった。
「び、微妙だ! 反力が勝のか、質量が勝のか!」
「何を言ってるかわかんねぇけどとりあえず勝ってくれツノ! はさみ星人のチャームポイントははさみじゃなくてツノだと信じてるぞ! 頼む、ツノの意地を見せてくれ!」
「…WIN…IS…TUNO。」
文香が何かを呟いた。そっちに目を取られた瞬間。ガタンと大きな音がした。
「やったぁああああ! 落ちた! 落ちたよゆうちゃん! 流石だよ二人とも!」
「うわっ! ほんとか!? すげえな! こんなドラマチックなUFOは初めてだ!」
「こんぐらっちゅ…れーしょん。」
この時の笑顔は、にこりではなく、レアな方のにこっだった。

 俺たちは、景品を手に入れたので、残りの三人を探すことにした。
後ろにいる傑は自分の体の半分ほどもあるはさみ星人を嬉しそうに抱いている。
「良かったね…すぐちゃん…なでなで…」
「ええ! ありがとうございます! ほんと、なんとお礼を言ったらいいか…」
傑は子どものようににこにこと笑い、文香はそんあ傑を見て背伸びをして頭を撫でていた。
背伸びした状態のまま歩くという器用なことをやってるな~と思いつつあたりを見回す。
すると、ダンスゲームの前に二人を見つけた。
丁度ゲームが始まるところだった。
「勝負や! 真理!」
「望むところ! 今日こそ絶対勝つんだから!」
曲は最近はやりの男性五人のアイドルユニットが歌で世界を救うアニメの主題歌だった。
「REDY…GO!」
「いくでぇ!」
ゲームの仕組みはこうだ。それぞれ、パートわけがされていて、自分のパートでは難易度の高い指示が出される。
ちなみに、指示をこなしたかどうかはカメラについているモーションキャプチャーとやらが判断するらしい。
つまり、自分のパートは激しく踊らなくてはいけないのだが、相手のパートの時はバックダンサーになり、少し難易度の低いダンスを踊るというゲームだったはずだ。
しかし、目の前に広がる光景は全く違うものだった。
「ちぃっ! ひとつミスってもうたわ!」「なんで、素人があのパートをワンミスで踊りきれるのよ!」「何言うてんねん! 自分かて、いまんとこノーミスのくせに! くそ、バックダンスでなんでバク転があるんや! それっ!」「って、鈴音ちゃん、バク転出来るようになったの!? いよいよ私もミスれなくなったね!」
制服を脱ぎ捨てカッターシャツ一枚になる二人。
脱いでる間も足は動いてるし、しっかりダンスをクリアしている。
キレのある動作、無駄のない動き、そしてやる気に満ち溢れた二人に、観客が集まり始めた。
それでも、二人はまったく気にした様子を見せない。表情は真剣そのものだ。
いったい、たった一つのゲームでどうしたらここまで本気になれるのか俺にはわからなかった。俺は遊ぶことは好きだったけれど、本気になるのは苦手だった。別に手を抜いて遊んでいるわけではない。でも本気でやってくじけるのが怖く、部活動の陸上ですら上手くいっていない。でも、二人どうだろう。たった一つのゲームのミスで真剣に一喜一憂し、ここまで完成度の高いパフォーマンスにしている。少し、自分との距離を感じた。
観客のボルテージは上がり、手拍子がゲームセンターに響き始めた。
「ははは! 楽しいなぁ! 真理!」「そうだね! ステージみたいですごい楽しい!」
「これで最後や! せーの!」「「フィニッシュ!」」
二人は、画面に映る俺に向かって膝を着いて手で銃の形を作って放った。
俺は画面に映る二人から目線を離すことが出来ない。
なにかとても大切なものを打たれた気がした。
「うおおお! 点数が出るぞ!」「いったい何点なんだ!」「こんなハイレベルなダンス見たことねぇ!」
観客たちが騒ぎ出した。いよいよ、彼女たちの努力が数字になって現れる。みんな楽しみにもなるだろう。
「ゆうちゃん、助けて!」
後ろから傑の大きな声が聞こえた。俺はあたりを見回す。いつの間にか後ろにいた傑の姿がない。文香に目線を送ると「私のことはいい…行って…私には…すずちゃんと…まりちゃんがいる…守ってあげて…」と言われ、俺は走った。
「どこだ! すぐる!」
「こっち! こっちだよ!」
「うっせぇ! だまれ!」
俺は、声のした方に振り向いた。自販機の裏、大柄な男が拳を構えている所だった。
「やめろぉおおおおおお!」
俺は、必死の思いでタックルした。
「うぉ!」
大男はバランスを崩し、拳を俺の背中に突き立てる。
「ぐぁああ!」「ゆうちゃん!」
自販機の裏側に小さく丸くなっていた傑を見つけた。
「これぐらい大丈夫だ…」「な、なんだよお前! その子のなんなんだ!」
大男は俺の必死の態度にひるんでいた。
この男のしたことはそれほどの事ではなかったのかもしれない。
今までも何回かこういうことがあった。でも毎回襲ったとかじゃなくて、軽く声をかけたら過剰に反応された、みたいなケースが多い今回も多分そうだろう。ならば、言うことは一つ。
「こいつの彼氏だ! 俺の女に手上げてんじゃねぇよ!」
「ゆ、ゆゆゆゆゆうちゃん!?」
「なんだよ、彼氏持ちなら最初から言えばいいのによ…わりいな兄ちゃん、俺、通報されると思って咄嗟に黙らせようと…」
「いいから…すぐるのまえから消えてくれ…」「お、おお。わりぃ。」
大男は、申し訳なさそうに頭を下げてとぼとぼと帰って行った。

「あ、ありがとう…ゆうちゃん…けが、ない?」
「いや、大丈夫だよ。ごめんな。目、離して。」
「ううん。僕、嬉しかったよ。ゆうちゃんに守って貰えて。」
傑は泣いた跡のある顔をぬいぐるみの中に埋めながら言った。
背中が痛む中、腰をさげて傑が落ち着くのを待つことにする。
「ゆうちゃん、あの時もおんなじこと言ってくれたね。」
「だいぶ昔の話だな…俺と傑が出会ったころかな?」
「う、うん。もう、九年も前だけど…」
すぐると俺の出会いは真夜中だった。
俺は好奇心の強い子どもで、その時は鈴音と健の三人で学校探索をしようと言って出かけた。確か、日曜日だった。
真夜中の教室。傑は家に帰るのが怖くて、ずっと学校にいたらしい。だが、お腹が空いた傑はフラッとコンビニ出かけた。その道中、今の大男とは違う目的で襲われたのだ。
俺らにとっては学校に向かう途中で、突然悲鳴が聞こえたから、駆け寄った。大きな男に小さな女の子が襲われてると思った俺は、足の速い健に大人を連れてくるように呼びかけ、鈴音にある作戦を言い渡した。
そして、俺はさっきと同じようにタックルしながら言ったのだ。
「俺の彼女に手を出すなぁあああああ!」
大きな男はバランスを崩して尻餅をついた。
そこにすかさず鈴音がやってきて、股間を踏みにじった。
大きな男は、痛みに呻き、動くことが出来なくなる。
「なぁあんたぁ。小学生とはいえ、いや、むしろ小学生の人の女に手ぇだすゆうんわどうなんや? あほなんちゃうか? あんた、明日から母親にどんな顔しておはよういうつもりやねん。いいや、そもそも、その汚い顔を母親に向けること出来るんか? 出来んよなぁ! 彼氏のいる小学生を襲いましたやなんて言えるわけないもんなぁ! もう、見てるだけで胸糞悪いねん! とっととうせい! このくそ男! お前なんか一生結婚せんと一人哀しく死んじまえ!」
男は、股間をけられながら、ただでさえ言われたらきついことを二度と会えるかわからないほど完璧な美少女に言われ、心がくじけた男はその後すぐにやってきた大人に事情を話し、警察に案内され、静かに出頭した。
この話は、俺たち四人だけの秘密で、文香と真理はまだ知らない。

「あの時のゆうちゃんかっこよかったな~」
「どちらかというと、あんときすごかったのは鈴音の方だけどな…」
ちなみに俺が出した指示は、「お前が最もひどいと思う言葉をあいつの股間をけりながら説教してやれ!」という指示だった。
だけどまさか、あれほど心をえぐる言葉を言える齢八歳がいるとは思っていなかった。
「確かに! あの人もかわいそうだよ! 男の子を襲って、女の子に蹴られて、あげくの果てには刑務所行きだよ! しかも、男を犯そうとした罪で! ほんとかわいそうだ。」
「なぁ、すぐる。無理…しなくていいんだぞ?」「な、なんのこと?」
「お前の気持ち全部はわかってやれねぇけど、俺の前で意地はってもしょうがないと思うぞ…?」「そんなことは…」
「いいんだよ! 男だって泣いたって! 俺がお前なら、大泣きしてるわ! こんな胸でよかったら貸してやるし! お前には、はさみだってツノだってある! いいから、泣けよ! あの時みたいに、お前がどうにかなっちまうのは見たくねぇんだ!」
俺には傑の気持ちの全てを理解することが出来ない。俺から見ても傑は可愛いし、たまにそういう目で見てしまうことはある。だが、傑は決してそういうことはない。
傑にとって男は男でしかないし、女は女でしかない。
そんな傑はよく男に言い寄られている。自分は男なのに…と思いながらも後で乱暴がされるのが怖くて、丁寧に断る。本当の気持ちを隠して。
「ゆ…う…ちゃん…」「ああ、ここにいるからな」
傑は、ぬいぐるみに顔を隠し、そっと右手を差し出した。
俺がそれに気づいて手を出すと、人差し指をきゅっと握る。
「ゆうちゃぁああ~ん」
そうした途端、傑の声が震えていった。
「大丈夫だ、ここにいる」
「うわああああ! ほんとに怖かったんだ! 自分がまた、どうにかされるんじゃないかって! 自分をめちゃくちゃにされて、もう二度と自分を取り戻せなくなるんじゃないかって怖かったんだ!」「大変…だったな…」
思わず、目に涙が溜まる。
やっぱり傑は、本心を隠していた子どもだったんだ。普段は冷静な対応とクールな人柄で大人っぽく見えるけど、はさみ星人が好きだし、取れた時は大はしゃぎする。ずっと自分を隠していたんだ。誰かに見せるのが怖くて、誰かに見られて踏みにじられるのが怖くて。傑はずっと、大人のふりをしていたんだ。
「本当にごめん! 痛い思いをさせてごめん! 泣いてるところ見せてごめん! ただ、今はもう少しだけ…このままでいさせて…」
「お、おう。」
俺は、傑のあまりにも可愛い台詞にふと冷静になった。
自動販売機の裏に挟まっている俺と傑。確かに不慮の事故だしやむをえない状況だったのは事実だ。だけど、どうだろう。傑のしぐさには問題がある。まず、手だ。なんだ、人差し指だけ握るって。物凄く可愛らしいしぐさだし、なんなら男が一度は妄想してもおかしくない仕草だ。さらに、ぬいぐるみに顔をうずめながら、うるんだ瞳をちらちらと覗かしては、顔を真っ赤にして、ぬいぐるみの後ろに隠れるなんてどう見ても好意があるようにしか思えない。
いやいや、落ち着け自分。少し前の自分の言ったことを確認するんだ。傑のことを本気で襲った男はどうなった? 男性としての機能を失い、関西弁で今後一生背負うであろう罪について、沢山の侮辱とともに説教されてしまっていた。
俺は、必死に傑を意識するデメリットを悶々と考え続けた。
「ぐすっ…。ありがとう、ゆうちゃん。もう落ち着いたよ。みんなのところに戻ろう。」
「大切なものを失う…大切なものを失う…大切なものを失う…」
「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
「あっ、ああ! もう大丈夫なのか! 良かった、あと少しで俺は何かを失う所だった…」
「い、いや僕はもう大丈夫だけど。ゆうちゃん? なんか変な事言ってなかった?」
「な、なんでもないぞ? さ、みんな心配してるし、早くみんなのところ行こうぜ。」
「そ、そうだね! うわっ!」
傑はまだ足に力が入らなかったらしく、尻餅をついた。
その時に足元をすくわれた俺ははさみ星人を挟んで、傑と抱き合う形になった。
「わ、わりぃ! あんなことの後に!」
俺は慌てて離れようとした。その時、強く右手を掴まれた。
「待って! まだ、話したいことがあるんだ。もう少しだけ、もう少しだけ話聞いてくれない?」
「お、おう。」
俺は、はさみ星人を挟んで、傑と向かい合っていた。
また、心の中で呪詛を唱えた。大切なものを失う…。
「僕が健とゆうちゃん以外に敬語なのは…」
「なにやってるの…ゆうちゃん?」
「「えっ…」」
傑と俺は、自販機の裏を覗き込む真理を受け入れることが出来なかった。
「ついに、すぐるくんを襲ったの…?」
「ち、違うんだ! ありきたりかもしれないが、これには深いわけが!」
「ありきたりな答えなんか聞きたくないよ! あ~! 妃那さんだけでは留まらず、すぐるくんまで本気出しちゃったわけ!? 勝てる気しないよ!」「な、何の話だよ!?」
「なんやなんや、えらい騒がしいなぁ…」「どうしたの…まりちゃん…困惑の濃い緑」
他の二人もこのあり様を見た。
鈴音はあちゃ~と頭を抱え、文香は珍しく腕を組んでいる。
「なんやついにやられたか…」「すぐちゃん、抜け駆けずるい…」
「ち、違いますよ! 文香さん!」「そうだぞ、文香! 俺の目を見ろ! 嘘ついてないだろ!?」「…欲情の濃い赤…何考えてたの?」
文香は普段のおっとりさからは想像できない鋭い視線を投げかける。
「そっちを読み取ったのね!?」「そっちってどっちよ! やっぱり欲情してたんじゃない!? もう勝てない! もう無理! 倍率高すぎだよ!」「ほんなんずるいわ! すぐるくんが本気出したらうちら勝てるわけないやん! ほんまかんにんしてぇ~や!」「…喪失…」
「だから、違うんですよ!」「そうだよ、話聞いてくれ、別に俺は何もしてないからな!?」
「それは違うよ! ちゃんと僕の事守ってくれたじゃないか!」
「えっ、守った?」「なんやどういうことや?」「あっ…そういえば…」
「だから、みんな俺の話を聞いてくれぇええええええ!」

 俺は大切な部分を伏せて、大まかに話した。
「なんやそういうことやったんか…やから、突然走ってったんやな。」「それにしてもひどいことする人もいるんだね…よりによってすぐるくんを…気持ちはわかるけど…」「横に同意…」
「僕はゆうちゃんに介抱してもらったおかげでもう大丈夫です。ご心配おかけしました。」
傑はすっかりもとに戻っていた。
少し目が赤くなっていたけど、それ以外は完全に元通り。丁寧な立ち振る舞い、綺麗な敬語と言葉使い。年齢よりも大人に見える。
「まぁ、無事でよかったわ。さて、長く遊べたしそろそろ帰ろか?」「あれ、なんか忘れてないか?」「そういえば…健、いないね」「ほんと…健ちゃん…どこ?」「そう言えばそうですね…健ちゃんどこに…」
みんなが視線を散らすとみんなある一点に集まった。リズムゲームや楽器系のゲームがたくさん置いてあるコーナー。そこに人だかりができていたのだ。なにやら、先ほどの鈴音と真理の時と同じ雰囲気を感じる。まさかとは思うけど、健があの中にいるのだろうか。
「いや、みんなが想像してんのと多分ちゃうわ。健、めっちゃうまなっとった。多分あの人だかりを作ったんは、健や。うち、健にボロ負けしてもうたからな…。また家に帰ったら特訓せなあかん…」
ヴァイオリンを幼少期にやっていた鈴音は、リズム感覚や音感が人より優れている。その、鈴音を健が負かすなんて、想像できない。
「と、とりあえず行ってみよ?」「そ、そうですね…百聞は一見に如かずです。」「う~ん…嘘じゃない…でも…」
みんな、どうにも納得いかないようだ。それもそうだろう、あのへらへらとしたお調子者がどんなゲームにせよ、人だかりを作るほど魅力的なパフォーマンスをするとは思えない。
だけど、現実は残酷だった。
「おら、野郎ども! 次行くぜ!」
「「「「WOOOOOOO!」」」」
なんと、本当に中心にいたのは健だったのだ。ゲームセンター用のドラムスティックを高々と掲げている。鈴音以外の全員が目をこすって、頬を抓り合って、時には頭を壁にぶつけてまで、確認し直した。だけど、本当にそこにいたのは健だった。俺は試しに、そこら辺にいた一人に話を聞いてみた。
「あの兄ちゃん凄いんですか?」
「そりゃあすげよ! 海外の曲から、日本のコアなアニソンまでリクエストに全部答えてノーミスで叩いてるんだぜ! あんなの人間の技じゃねえよ! 誰だあれ!」
「そ、そんなにすごいのか…」

俺が野次馬に話聞いている間、こんなやり取りが行われていたらしい。
「なぁ、確かあれ健の本業やなかったか?」「間違いなく…そう…」「それはルール違反だね」「確かに、これはやりすぎです。」
「「「「止めないと。」」」」

「健! 早くこっちきいや!」「そうだよ健ちゃん! もう、みんな帰るよ!?」
「早く来てください健! じゃないとおいていきますよ!」「健…ばか…」
みんな、健のパフォーマンスを見たいというよりかは、早く帰りたがっているようだ。
「なんでだよ、ちょっとくらい見て行けば」
「「「「ダメ!」」」」
「うぐぅ…どうしたんだよみんな…?」
「とにかく、行くでゆうちゃん!」
「うわっ! 引っ張んなよ! え~! ちょっとぐらい、いいじゃねぇか!」
その後みんなどこか不機嫌そうにゲームセンターを出た。
健のことはゲームセンターの外で待って健が出てくると、よくわからないけど、こっぴどく叱られていた。俺は結局健のドラムを聞くことはできなかった。けれど、また機会はあるだろうと、あまり深く考えてはいなかった。


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