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◇雨男と雨女⑧

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「普通の傘のように見えますけど、よく見ると薄っすらと柄が入っているんです」
「……本当だ」
あさ葉紋はもんという和柄なんですよ。上品ですよね」

 ドットやチェックなどは男性にはかわいすぎるので、私はこれを勧めるようにしている。
 しかもこの柄はよく見ないとわからないくらい薄っすらとしていて上品だ。
 地味かもしれないがセンスはいいので、気に入ってもらえそうだという自信はある。

「へぇ、珍しいね」
「柄が粋ですよね。骨も二十四本ありますから風の強い日でも大丈夫ですよ?」
「じゃあ、それにするよ」
「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げ、お客様をレジへと誘導する。
 お会計が終わり、すぐに使えるようにして傘を差し出すと、男性は会釈をしながら受け取った。
 そのすべての振る舞いがとてもスマートで、久しぶりに男性をカッコいいと思ってしまった。

「じゃあ、また来週にでも」
「……え?」
「ハンカチ、返しにね」
「あ、あぁ……急ぎませんので、お気遣いなく」

 入り口付近でお見送りのおじぎをすると、男性は軽く手を上げて去って行った。

「ひなたさぁ~ん。めちゃくちゃカッコいい人でしたね!」
「うん、素敵だった」

 ほかにお客さんがいないのをいいことに、萌奈ちゃんが目をキラキラとさせて先ほどの男性を評価し始める。彼女は自称イケメン評論家だ。

「ひなたさんが同意するなんて、珍しいですね」
「え?」
「私がイケメンを見つけても、なかなかうなずいてくれないじゃないですか~」

 ……そうだったかな?
 萌奈ちゃんがこうしてイケメンだと騒ぐのはいつものことだ。
 だけど先ほどの男性については、非の打ち所がないので私も素直にうなずいた。
 表情が乏しい人だったけれど、イケメンで素敵な男性だったと思う。

「だけど私……以前あの人をどこかで見た気がするんだよね」

 なんとなく顔に見覚えがあるような……。でもどこで見たのかは思い出せない。

「ひなたさんの知り合い、とか?」
「ううん。違うと思う」

 “知り合い”というレベルなら、会ったことがあるかないかくらいは思い出せる。名前だってそうだ。
 だけど先ほどの男性は名前どころか、以前に会っているかどうかさえも記憶があやふやなのだ。
 でもなぜか初めて見る顔ではない気がした。それが不思議で仕方ない。あんなイケメンと出会っていたとしたら、忘れるだろうか?

「実はな、俺もどこかで見た気がするんだよ、さっきの客」

 私だけではなく、窪田さんまで首を捻ってそんなことを言い出した。

「えぇ~、窪田さんも? じゃあ、前にも来てくれたお客様なんじゃないですか? もしかしたらこの近所に住んでるのかもしれませんね!」

 ……なるほど。萌奈ちゃんの言うとおりなのかもしれない。
 近所に住んでいる人なら、以前に来店していてもおかしくはない。

 急な雨だったけれど、ここなら傘が買えるとわかっていたのかもしれない。
 またこの辺りに来ることがあると言っていたのも、それならうなずける。

 だけど本当にまた来店する気はあるのだろうか。
 ハンカチを返しにわざわざ、だなんて。
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