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◇分岐点のアラサー⑩

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「ひなた! あんなイケメンと知り合い?!」

 すぐに樹里から突っ込まれたのは言うまでもない。

「ここのホテルの……というか、サンシャインホールディングスの副社長さん」
「はぁ?!」
「この前ね、うちの店に傘を買いに来たの。それだけよ」
「あんなイケメン副社長が雑貨屋に傘を買いに来るの?」

 摩訶不思議なものを見るような目で尋ねられたけれど、それは紛れもない事実でウソはついていない。

「でもさっき、スタッフの女性が“奥様”って……」
「うん。結婚してるんだって」
「あ~、そっか。残念だったね。とんでもない優良物件だったのに」
「あはは」

 もしも棚野さんが日下さんだったなら……
 日下さんが独身で、私に好意を示してくれていたとしたら……
 すぐに恋に落ちていたのではないだろうか。
 などと考えた私は酷い女だ。棚野さんに対して失礼すぎる。
 でも今ほんの少しだけど、そう思ってしまった。

 副社長という肩書だとか地位だとか、資産家なのだろうとか、そういうのを全部取っ払って……
 日下さんが普通のサラリーマンで、独身で、恋人もいなくて……
 そんなときに私と自然に出逢えていたら、私は彼に恋をしていたかもしれないな、と。

 私は決して惚れやすいタイプではない。逆に恋愛に関しては慎重すぎて自分でも困っているくらいだ。
 そんな私がこんなふうに思うのは珍しい。このドキドキしている心臓が何よりの証拠。

 ハードルがなにもない状態で出会いたかったな。
 日下さんはサンシャインホールディングスの副社長で、しかも既に結婚している。
 ただのハードルどころか、高い高い壁がそびえ立ってる状態なのだ。
 たとえどんなにがんばってたとしても、乗り越えるのは絶対に無理だろう。

「お客様、失礼致します」

 まだ心臓が落ち着かない中、先ほどのスタッフの女性が私たちのテーブルまで戻ってきて、同じ目線の高さになるようにスマートに腰を折る。

「本日頂戴いたしました代金は、返金させていただきます」

 女性スタッフが私と樹里に対して白い封筒をそっと渡してきた。
 中を確認すると、この会場に入るときに支払ったデザートバイキングの代金が入っていた。

「返金って、どうしてですか?」

 お金を返してもらう理由など見当たらない。
 ホテル側になにか不手際でもあったのだろうかと、樹里と顔を見合わせる。

「副社長から返金するように言われましたので」

 にっこりと上品な笑みをたたえて女性が言う。
 そこでピンと来た。なにも特別な理由なんてないのだ。
 日下さんが気を利かせて、返金しろと女性スタッフに指示したのだろう。
 私が日下さんと、少しばかり知り合いだというだけで。

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