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◇守りたい②
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『相手は知り合いだし、手付けをはずめばほかに譲ることもしないだろう』
「ま、待ってください!」
それはいくらなんでも困る。
どれほどの手付けを打つのかわからないけれど、あとで私が実際に見て気に入らなかったとしたらそのお金はどうなるのか。
返ってくる保証はない気がする。
「今日は早番なので……そのあとでもいいですか?」
『わかった。君の仕事が終わるころに駐車場にいる』
なんという約束の取り付け方だろう。
日下さんって、こんなに強引な人だったかなと意外な感じがした。
仕事を終えて隣接する駐車場へと足を向ける。
するとそこには既に日下さんの車が停まっていて、運転席に彼が座っているのが見えた。
「お前なぁ、前に俺が言った忠告は聞く気なしか?」
同じく早番で仕事を終えた窪田さんが、真後ろから声をかけてきた。
「こ、これにはちょっと事情が……」
不倫はやめておけと言う先輩の忠告は、ちゃんと覚えている。
だけど窪田さんは私の言い訳など聞きたくはないようで、あきれたようにフンッと鼻を鳴らして駅方向に歩いて行ってしまった。
「早く乗って」
窪田さんの背中を見送っていると、今度は日下さんに急かされる。
いつの間にか助手席側にまわってドアまで開けてくれていた。
サンシャイン・ホールディングスの副社長にこんなことまでしてもらっていると考えたら恐れ多い。
「車で行く距離でもないんだけどな。ここからゆっくり歩いても五分ほどだから」
知り合いの不動産業者の人とは、現地集合らしい。
そちらにも車を停めるスペースがあるので、とりあえずそこに移動するとのことだ。
そこは駅とは反対方向でマンションが立ち並ぶ一角だった。
私たちが到着すると、白の軽自動車から男性が出てきてペコリと頭を下げる。
仲介を担当してくれる不動業者の人は、にこにこと愛想の良い四十代くらいの中年男性だった。
案内されたマンションはオートロックでセキュリティーもしっかりしている。私が住んでるアパートとは雲泥の差だ。
襲われるなどというショッキングな出来事があると、さすがにこういうところに魅力を感じてしまう。
いくら家賃が安いとはいえ、今までセキュリティー面をまったく考えなかった私がバカだった。
部屋を見せてもらうと中も綺麗で、五階の窓からの景観も悪くはなかった。
1LDKだが、家具などがないせいかリビングが広く感じる。私には十分すぎるくらいだ。
「どうする? ここに決める?」
日下さんが私に小声で問う。
今のアパートに比べたら家賃は俄然高くなるけれど、たしかに日下さんが言うように相場よりも安い。
私もネットでいろいろ探してみたから、それくらいはわかる。
結局私はその部屋を借りることにした。
早速と不動産屋の事務所に赴き、賃貸申込書などの記入を済ませる。一刻も早く住めるようになればいいのだけど。
「日下さん、本当にいろいろとありがとうございました。私のために尽力してくださったこと、感謝しています」
仕事が終わったときにはまだ薄っすらと明るかった空も、不動産屋を出た今は完全に夜の装いに変わっていた。
暗くてよかった。引きつった笑みを貼り付けた顔を彼に見られなくて済むから。
「良かったら引越しも手伝うけど?」
「なに言ってるんですか。そんなことまでお世話になれませんよ」
そうやって距離をつめてこないでほしい。
私は逆に、距離をあけようとしているのだから。
それに、大会社の副社長なのだから忙しいはずだ。今日だってきっと無理して私のために時間を割いてくれたのだろう。
「ま、待ってください!」
それはいくらなんでも困る。
どれほどの手付けを打つのかわからないけれど、あとで私が実際に見て気に入らなかったとしたらそのお金はどうなるのか。
返ってくる保証はない気がする。
「今日は早番なので……そのあとでもいいですか?」
『わかった。君の仕事が終わるころに駐車場にいる』
なんという約束の取り付け方だろう。
日下さんって、こんなに強引な人だったかなと意外な感じがした。
仕事を終えて隣接する駐車場へと足を向ける。
するとそこには既に日下さんの車が停まっていて、運転席に彼が座っているのが見えた。
「お前なぁ、前に俺が言った忠告は聞く気なしか?」
同じく早番で仕事を終えた窪田さんが、真後ろから声をかけてきた。
「こ、これにはちょっと事情が……」
不倫はやめておけと言う先輩の忠告は、ちゃんと覚えている。
だけど窪田さんは私の言い訳など聞きたくはないようで、あきれたようにフンッと鼻を鳴らして駅方向に歩いて行ってしまった。
「早く乗って」
窪田さんの背中を見送っていると、今度は日下さんに急かされる。
いつの間にか助手席側にまわってドアまで開けてくれていた。
サンシャイン・ホールディングスの副社長にこんなことまでしてもらっていると考えたら恐れ多い。
「車で行く距離でもないんだけどな。ここからゆっくり歩いても五分ほどだから」
知り合いの不動産業者の人とは、現地集合らしい。
そちらにも車を停めるスペースがあるので、とりあえずそこに移動するとのことだ。
そこは駅とは反対方向でマンションが立ち並ぶ一角だった。
私たちが到着すると、白の軽自動車から男性が出てきてペコリと頭を下げる。
仲介を担当してくれる不動業者の人は、にこにこと愛想の良い四十代くらいの中年男性だった。
案内されたマンションはオートロックでセキュリティーもしっかりしている。私が住んでるアパートとは雲泥の差だ。
襲われるなどというショッキングな出来事があると、さすがにこういうところに魅力を感じてしまう。
いくら家賃が安いとはいえ、今までセキュリティー面をまったく考えなかった私がバカだった。
部屋を見せてもらうと中も綺麗で、五階の窓からの景観も悪くはなかった。
1LDKだが、家具などがないせいかリビングが広く感じる。私には十分すぎるくらいだ。
「どうする? ここに決める?」
日下さんが私に小声で問う。
今のアパートに比べたら家賃は俄然高くなるけれど、たしかに日下さんが言うように相場よりも安い。
私もネットでいろいろ探してみたから、それくらいはわかる。
結局私はその部屋を借りることにした。
早速と不動産屋の事務所に赴き、賃貸申込書などの記入を済ませる。一刻も早く住めるようになればいいのだけど。
「日下さん、本当にいろいろとありがとうございました。私のために尽力してくださったこと、感謝しています」
仕事が終わったときにはまだ薄っすらと明るかった空も、不動産屋を出た今は完全に夜の装いに変わっていた。
暗くてよかった。引きつった笑みを貼り付けた顔を彼に見られなくて済むから。
「良かったら引越しも手伝うけど?」
「なに言ってるんですか。そんなことまでお世話になれませんよ」
そうやって距離をつめてこないでほしい。
私は逆に、距離をあけようとしているのだから。
それに、大会社の副社長なのだから忙しいはずだ。今日だってきっと無理して私のために時間を割いてくれたのだろう。
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