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久留米環奈は思ったより余裕がない。
しおりを挟む「ーー・・あ、清澄。」
「遅かったな...って、海道!と春さん!」
久留米が何かと勘違いしやすい青鷺に、白木と俺のやり取りが冗談だと説明しながら空き教室へと向かい、到着すると 思えば振替休日ぶりの楢崎と、いち早くこちらに気づいたソフィアが居た。
「お、久しぶりだな。楢崎。ソフィア。」
「はは...そうであるな。」
クールに振る舞おうとするものの、楢崎は青みがかった髪のポニーテールが尻尾のように振り振りさせており、久しぶりの海道に嬉しいのがバレバレだった。
「......む。やっぱ、同じクラスはずるいわね。」
最近新作ゲームにハマっており、さっさと家に帰ることが多かったため、別クラスのソフィアとは理論的にソフィアと関わる取っ掛かりがなかった。
「まぁまぁー、いつも私と心と体を温め合ってるじゃあないですかー」
「ちょっ....っと、何ややこし言い方って、もぅくっ付き過ぎだって...」
寂しさを漏らしていた彼女にすかさず久留米は、ソフィアに抱きつき、抱きつかれたソフィアも久留米の体温が高いのか抗いつつも体は受けれていた。
(....相変わらずだな。元気そうで何よりだ。)
チラチラとこちらに視線を送りながら、顔を逸らしている不思議なソフィアを一瞥し、特に変わった様子のないのを確認して、空き教室の割にふかふかな新めのソファーに座った。
「....こんなとこあったんだね。」
「そうだよな。空調も効いてるし、妙に....」
この学校に来て一年が経ちそうな中でも、未だ知らないところがあるのだと白木と共有していた。
(あ....そういう事か)
が、彼だけは確度の高い根拠を知っていた。
技術的な問題で一斉に空調や電気を操作している可能性もあったが、おそらく、ここは隠し部屋とまではいかなくとも、ゲームの仕様が残っているというのが考えられた。
勝手に納得しながら、皆と昼飯を食べた彼はかなり入り浸っているこの教室にあった菓子を食べていると、なぜかナチュラルに隣に座っていた久留米に話しかけられた。
「...海道くんって、何か香水でもつけてるの?」
彼女はどこか惚けた様子で距離が近くなりながらそう聞いてきた。
「...いや、使ってないが」
この空間での唯一の同性である白木の方へ離れながら答えた。
「ぁ....ふーん、そっか。」
「?...久留米は使ってるのか?」
ハッとなった彼女はよそよそしい感じで、彼はそれを不思議に思いながら聞き返した。
「うーん、デートの時なら使うかなー」
「っ..やっぱり、経験あるじゃないのっ!」
「いえ、デートの時だったら使うかもしれないですね。」
ふと溢れた言葉に、ソフィアは指摘したが久留米は狼狽える様子もなく訂正した。
「む...ややこしいわね。」
彼女の余裕の真相に届きそうであったが、今回も失敗した。
「ソフィアさんは、いつもエッチな匂いがしますが、何か使ってるのですか?」
何枚も上手な久留米は隣のソフィアの腰に手を当てながら、彼女の無防備な白雪の首筋に顔を寄せて彼女の甘美な匂いを堪能しながら、耳元でそう囁いた。
「なっ...ちょっ....ぅ...変な言い方しないでよ...その、たまに気分を変えるために使ったりはするけど」
ソフィアは耳を真っ赤にさせ身を捩りながら、なんとか答えていた。
「へぇ..どんなのですか?」
あんまり虐めすぎるのも良くないと自制した彼女は、あっさりと腰を離したが、 それでももうちょっと虐めたいと思った久留米は、彼女の蒼い瞳をまっすぐに見てそう聞いた。
「...ま、まぁ、DIOLとかかな」
「...DIO?」
彼女らの会話に興味なさげにしながら、マシュマロを口いっぱいに頬張り、もぐもぐと動いている白木の頬袋を眺めていた彼であったが、なぜかその響きは聞き流せなかった。
「「「っ?!」」」
彼から聞いたことのない低く、真剣さを帯びた重厚な声にソフィアたちは気付かれた。
「...悪い、なんでもない。」
その響きから、魂に宿った宿命から何か煮え滾るものが再出したが、自分でも訳が分からずまま驚いた様子でこちらを見ている彼女らに謝罪した。
「...へぇ、そういう顔もするのね。」
「初めて海道の素が見れましたね。」
「....決闘の時より真剣味があったな、うむ。」
「...海道くん、大丈夫?」
ソフィアや久留米は彼の新たな一面を見れた事を良く思っており、楢崎はさっきの方が真剣な空気だった点に不服そうにし、白木はこちらの服の袖をちょこんと摘んで心配そうにしていた。
「あぁ、悪い。みんな...」
「よし、じゃあ....いつものっ!ジャンケーンっ!!」
彼が変な空気にさせてしまったのを謝ると、その空気を変えるかのように、久留米からいきなりじゃんけんの音頭が発せられた。
結局、唐突に行われた飲み物じゃんけんは海道と久留米が負け、お遣いの罰ゲームを食らった彼らは購買の方の自販機へと向かっていた。
「ーー・・うわぁー、やっぱりあの二人付き合ってるんだ...」
「ああいう、オラオラ系の方が好きなのか..」
「結構、お似合いかも」
「・・ふふーん。」
普通なら遣いを頼まれるのは面倒なはずが、彼女は違っていた。
「随分と楽しそうだな。」
「へへ、わかりますか?」
彼女はニコニコしながらどこか自慢げに彼の側に付き添っていた。
「まぁな。」
「ふふっ、海道くんと関わり始めたことで、告白がばったり止んだので、かなり快適になりましてね。」
「俺は男除けかよ。」
かなり人前でも深い関係性であるのは周知の事実であったそうで、今も尚こうやって二人で歩くのは彼女にとってメリットしかないようだった。
「えぇ、かなり助かってます....これは、何かお礼をしないとですね。」
「隣に立ってるだけなんだが...」
実際、これといったことはしておらず、ただ本当に彼女の隣にいるだけであった。
「それだけでも十分なんですよ。」
彼女はパァッと花開くような笑顔を彼のキリッとした顔に据えてそういった。
「...そうか。まぁ、気のない異性からの興味ほど要らんものはないからな。」
「....。」
彼女はキョトンとした顔をして、彼を見つめていた。
「どうした?」
「..いえ、やっぱり女の子から告白された事、あるんですね..」
「一度もないな....」
桜楼は例外として、前の世界でも勿論そういうのはあり得なかった。
てか、そもそも人との関わりがなかったしな、社会人になって金を持ち始めてたらまた違ったのかもだが....それは今も同じか.....
『ーー・・海道くんが悪いんだよ、何気なしに優しく頭撫でたり、肩を掴んで抱き寄せたり...それに、僕にしか見せない優しい顔で、微笑んだり...』
いつものように、そういった恋愛事への可能性を鼻から見限ろうとしていると、修学旅行の夜のことがフラッシュバックした。
まぁ、確かに女からは無いな。
ただ遺伝子と運に恵まれてただけで、自分自身は特別、人に好かれるような人間性を持っていない俺でも、俺を好いてくれる人は確かにいた。
「...ん?いや....だってそれは...」
「あぁ、さっきのは弟の話だ。」
「あー、芝春くんの..」
それを聞いた彼女は未だ彼の余裕さへの取っ掛かりが得られなかった事に拍子抜けしていた。
「あぁ、あいつはモテるからな、変な奴も多かった。」
(ほんと、あの時は後処理とか面倒だったな)
中には過激派になりかねない者も居たので、出来る限りフォローして事なきを得ていた。
「.....海道くんは、弟さんの事は嫌いじゃないのね。」
久留米は遠回しに許嫁寝取られた件について聞いていた。
「?...あぁ、可愛い弟だからな。」
だが、彼にとってはそれは大した事ではなく、変わらず大事な家族であり、主に桜楼との関わりを持たないように距離をとって入るものの、いつでも芝春を連れてアイツの居ない所へ強制避難させる手立ては持ち合わせていたため、そういった負の感情は無く変わらず可愛い弟だった。
「....。」ジィーー
「なんだよ。」
「いや、その...そういう顔もするんですね...意外です。」
彼の大切なものを慈しむ優しい顔を見た彼女は、手で口元を覆っても分かるくらいにやけていた。
「ったく、揶揄うな久留米。」
弛んだ顔をしていたと思った彼は、目隠し代わりに使っている帽子をポケットから取り出し、深く被った。
「あっ、もぅ...照れちゃって」
先の素直な表情も、今のツーンとした顔も全てが愛おしかった。
そうして、久留米にちょっかいをかけられながら自販機で適当に飲み物を買って、屋上へと向かう途中、久留米はおもむろに節介な事を呟いた。
「・・海道くん。もっと、愛想良くすれば、人気出るのに」
「はぁ..」
他人からの評価など、大体はいい加減なものでしか無いので、彼にとってそれはどうでも良く、適当な相槌になってしまった。
「..海道くん。結構、良いかもって思ってる人は少なく無いですよ?」
「そか」
「って、そこは喜ぶところですよ。紹介して欲しいっていう人、前にもいましたし。」
「....。」
普通の男子高校生であれば、節操ないガッツポーズが繰り出されるところだが、若い頃の義隆ジィちゃんに近づけるのは嬉しいが、面倒事が降って来やすい面の良い男にはなりたくはなかったのが本音だった。
「....それに、もう少し愛想良くすれば、女の子だって好きに出来るのに」
渋い顔をしていた彼だったが、一切メッキが剥がれないキリッとした涼しい顔を見た彼女は、普通の男が彼の立場だったら好き放題出来るのを提言した。
「お前な...それだと、お前らとの時間が減るだろ。」
これから先どうなろうとも、彼は久留米や彼女たちが離れていこうとこ今しかない彼女たちとの、かなり気に入っている時間を大切に思っていた。
「ッ!!...もぅ、ホンと、そういうところですよ...」ポンっ!
「...ふっ、可愛いやつだな。」
今世紀最大のデレをモロに喰らった久留米は真っ赤にした顔を逸らしつつも、彼の肩を力無く叩いており、彼はその様子を微笑ましく思いながら彼女の天使の輪っかがついた頭を優しく撫でた。
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