234 / 259
supplementary tuition番外編
追憶の彼女 01
しおりを挟む
人が、怖い…………
何であんなことをしたんだろう。
何であんなことになったんだろう。
分からない事だらけだ。
独りがいい。
独りだったら、傷付かない。
傷付けない…………傷付けられない。
あの頃は、まるで世界が色を無くしたかのようで、何を見ても画面の中にある景色と同じだった。
心が死んでしまったような虚無感。
何を聞いても嘘事に思え、何を信じたらいいのか分からない日々。
「ねぇ、一人なの?ここで何してるの?」
水面に落ちた滴のように響く声だった。
そこにいたのは以前本屋で会った兄の同級生、フワリと風になびく前髪の下で夏空のように澄んだ大きな瞳が無邪気に揺れる。
周りにいる大人たちとは違う、そんな清らかな空気を漂わせる笑顔に見惚れ、拒絶を忘れた。
気付けば彼女と会話をし、自分は笑っていた。
自分に向けて微笑む彼女が色付いて見えて、それが何故か嬉しくて自然と笑えていたのだ。
彼女は、最初から特別だった。
自分に欠けてしまったピースを埋める様な、そんな人。
あれから9年…………
有都は追憶の彼女に想いを馳せながら、教室前の廊下の窓に寄り掛かる。
10月に入ったと言うのに、うんざりするくらい暑い。
校内は近づく学院祭で浮き足立ち、教師たちは大学受験を控えた3年生を牽制するのに忙しいようだ。
「真崎、真崎っ、まっさきぃ!」
廊下の端から佐竹がバーゲンセール並みに名前を連呼し、叫びながら走ってくる。
バタバタと迫る足音とその声は残暑のように暑苦しく、有都はうんざりして無視を決め込む。
「なー、なー、保健室行こーぜ」
目の前まで来ると、有都の無視もお構いなしに佐竹が嬉々として最近の決まり文句を吐いた。
「…………今、まさにその保健室帰りだろ」
「今はちょっと覗いただけで、今からが本番なんだよ」
「本番?何の?」
「杏花先生を誘うんだって、打ち合わせたろ?」
「………………………………待て、それは、あれか」
ぼんやり頭痛を覚えながら有都は眉を寄せる。
「昨日聞いた、お前の妄想のことか?」
先週、不在籍となっていた保健室の養護教諭が着任した。
夢月よりは年上の、情報によると独身の女性。
顔は覚えていないが、佐竹曰く、素朴で奥床しげで影のあるミステリアスな女らしい…………
その養護教諭に佐竹はご執心なのだ。
「妄想じゃねーし、作戦だしっ!」
「悪りぃけど、お前だけで遂行しろ」
「ねーわ、それ!お前がいなきゃできねーし!!てか、お前がやんの、伝説のオフェンスっ」
「知らねー…………」
腕に纏わりついてくる佐竹を振り払いながら有都は顔を顰める。
「伝説のオフェンス披露してくれよっ!」
「アレは本気で惚れた女限定なんだよ」
「 ──── ムカッつくわー、なんだソレ、出し渋りか、このモテ男!!お前だけずりぃよ!!オレも年上の彼女欲しーんだよ!!卒業前に校内でウハウハしてーんだよ!!」
「いいから少し黙れっ」
佐竹は真崎に続けと暴走がちな妄想に取り憑かれているのだ。
AVさながらの女教師と高校男子の情事が、夢物語ではなく目の前で起きていた事に触発されたらしい。
有都としては夢月への想いを軽く見られているようで、佐竹のはしゃぐ様は若干不快だ。
佐竹は9年前の出会いも、4年に渡る片思いも知らないのだから、そう思われても仕方がないが…………
欲してすぐに手に入る様な、そんな簡単な恋ではない。
何であんなことをしたんだろう。
何であんなことになったんだろう。
分からない事だらけだ。
独りがいい。
独りだったら、傷付かない。
傷付けない…………傷付けられない。
あの頃は、まるで世界が色を無くしたかのようで、何を見ても画面の中にある景色と同じだった。
心が死んでしまったような虚無感。
何を聞いても嘘事に思え、何を信じたらいいのか分からない日々。
「ねぇ、一人なの?ここで何してるの?」
水面に落ちた滴のように響く声だった。
そこにいたのは以前本屋で会った兄の同級生、フワリと風になびく前髪の下で夏空のように澄んだ大きな瞳が無邪気に揺れる。
周りにいる大人たちとは違う、そんな清らかな空気を漂わせる笑顔に見惚れ、拒絶を忘れた。
気付けば彼女と会話をし、自分は笑っていた。
自分に向けて微笑む彼女が色付いて見えて、それが何故か嬉しくて自然と笑えていたのだ。
彼女は、最初から特別だった。
自分に欠けてしまったピースを埋める様な、そんな人。
あれから9年…………
有都は追憶の彼女に想いを馳せながら、教室前の廊下の窓に寄り掛かる。
10月に入ったと言うのに、うんざりするくらい暑い。
校内は近づく学院祭で浮き足立ち、教師たちは大学受験を控えた3年生を牽制するのに忙しいようだ。
「真崎、真崎っ、まっさきぃ!」
廊下の端から佐竹がバーゲンセール並みに名前を連呼し、叫びながら走ってくる。
バタバタと迫る足音とその声は残暑のように暑苦しく、有都はうんざりして無視を決め込む。
「なー、なー、保健室行こーぜ」
目の前まで来ると、有都の無視もお構いなしに佐竹が嬉々として最近の決まり文句を吐いた。
「…………今、まさにその保健室帰りだろ」
「今はちょっと覗いただけで、今からが本番なんだよ」
「本番?何の?」
「杏花先生を誘うんだって、打ち合わせたろ?」
「………………………………待て、それは、あれか」
ぼんやり頭痛を覚えながら有都は眉を寄せる。
「昨日聞いた、お前の妄想のことか?」
先週、不在籍となっていた保健室の養護教諭が着任した。
夢月よりは年上の、情報によると独身の女性。
顔は覚えていないが、佐竹曰く、素朴で奥床しげで影のあるミステリアスな女らしい…………
その養護教諭に佐竹はご執心なのだ。
「妄想じゃねーし、作戦だしっ!」
「悪りぃけど、お前だけで遂行しろ」
「ねーわ、それ!お前がいなきゃできねーし!!てか、お前がやんの、伝説のオフェンスっ」
「知らねー…………」
腕に纏わりついてくる佐竹を振り払いながら有都は顔を顰める。
「伝説のオフェンス披露してくれよっ!」
「アレは本気で惚れた女限定なんだよ」
「 ──── ムカッつくわー、なんだソレ、出し渋りか、このモテ男!!お前だけずりぃよ!!オレも年上の彼女欲しーんだよ!!卒業前に校内でウハウハしてーんだよ!!」
「いいから少し黙れっ」
佐竹は真崎に続けと暴走がちな妄想に取り憑かれているのだ。
AVさながらの女教師と高校男子の情事が、夢物語ではなく目の前で起きていた事に触発されたらしい。
有都としては夢月への想いを軽く見られているようで、佐竹のはしゃぐ様は若干不快だ。
佐竹は9年前の出会いも、4年に渡る片思いも知らないのだから、そう思われても仕方がないが…………
欲してすぐに手に入る様な、そんな簡単な恋ではない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
378
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる