傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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悪夢の回廊

悪夢の回廊からはじまる

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 悪夢の回廊の構造は単純だった。

 薄暗い空間の中に、延々と黒い石畳の道が伸びている。道は途中で分かれることなく、ひたすらに一本道で、迷うということはないようだった。

 ただ、一本の道だということは、逃げ場がかぎられるということだ。
 道中は、様々な姿かたちをした夢魔が、数多くおそいかかってくる。対処しきれないと判断した時、逃げる先は、前か、後ろしかなかった。身を隠そうにも、黒い石畳の道に沿って等間隔にならんでいる柱があるだけだった。それ以外に遮蔽物となりそうなものは、何ひとつない。

 単純である分、突破するためには個々の力と、仲間の協力が必要不可欠になった。
 メリーが退路を断ってしまったことを機に、困難を見越して信頼関係を築こうとしはじめてはみた。だが、即席で連携をとるのは大変なことだった。

「ラトス。そっちに行ったぞ」

 セウラザの声がひびき、ラトスは腰の短剣をぬく。

「分かってる……っぞ! っと!」

 セウラザの声に反応して、ラトスは短剣をかまえたまま横に飛んだ。直後、先ほどまでラトスが立っていたところに、三匹の夢魔が飛びこんできた。

 横に跳ねて逃げたラトスをにらむようにして、飛びこんできた三匹の夢魔は、揃って歯ぎしりするような声をあげた。その夢魔は、人間の子供のような大きさだった。全身は影のように黒い。歯ぎしりするような声をあげる口は妙に大きく、目も大きかった。ふりあげた両腕は、胴よりも大きい。指先には太く鋭い爪が伸びていた。

 三匹のうち、先頭にいた一匹の夢魔が、ふりあげた両腕をラトスに向けてたたき落した。すんでのところでその腕を避ける。大きな両腕が黒い石畳にたたきつけられて、全身がふるえるほどの轟音が周囲にひびきわたった。

 夢魔の大きな腕を避けた後、ラトスは切り返すように飛びあがった。
 石畳の上にたたき落とされた夢魔の両腕を、上から踏みつける。そして二振りの短剣を強くにぎりなおすと、黒い短剣を夢魔の頭頂に突き立てた。同時に、もう一本の短剣を後方から走ってくる二匹の夢魔に向け、剣身を伸ばした。短剣の剣身は空気を切り裂くような音をたてて、走ってくる二匹の夢魔のうち、一匹の夢魔の大きな腕をつらぬいた。

「メリーさん! あと頼みたいんだが!」
「はい!」
「いけー! メリー!」

 ラトスの掛け声に、メリーとペルゥの声が応える。
 メリーはラトスの背後から飛びだして、腰に下がった銀色の細剣をぬきはなった。二匹の夢魔を目でとらえ、剣をかまえる。一匹は、ラトスが伸ばした短剣に腕をつらぬかれていたので、その場から動けない。もう一匹は、無傷のままラトスに向かって突進していた。

 無傷の夢魔は、大きな目と口を開けた。歯ぎしりするような声をあげはじめる。怒っているのだろうか。大きな両腕をふりあげると、ラトスに向けてたたき落そうとした。その瞬間、メリーの銀色の細剣が、周囲の風を集めて輝きはじめた。ラトスに向かってふりおろされた夢魔の両腕に向かって、光と風がはじけ飛ぶ。

 光に飲まれた夢魔の両腕は、小さな音ひとつたてずに消えていた。

 夢魔は、何が起こったか分からないようだった。
 ふりあげたはずの両腕のほうを無言で見あげる。そこには、光に飲まれて掻き消えた大きな腕の代わりに、メリーの腕から伸びた、光る剣身があった。

 夢魔は光る剣身をしばらく黙って見あげていたが、やがて大声をあげてその場で飛び跳ねた。直後、光る剣身はふりおろされて、夢魔の身体を縦に両断した。

「助かった!」

 両断されて黒い塵になりはじめた夢魔を見ながら、ラトスはメリーに声をかけた。
 同時に、足元で倒れている夢魔の頭頂から黒い短剣を引き抜くと、飛ぶように走りだした。走った先には、伸びた剣身に腕をつらぬかれた夢魔がいた。夢魔は暴れながら腕をつらぬいた剣身を取り除こうとしていた。そこに、ラトスが飛びこんできた。彼の姿を見て、夢魔は身体をびくりとふるわせた。
 黒い短剣が、ふりおろされる。もう一度、夢魔は身体をふるわせた。やがて静かになり、黒い塵につつまれはじめた。

「やったねー!」

 気のぬけた声が上から降ってきて、ラトスは顔をあげた。そこにはふわふわと浮いているペルゥがいた。辺りを見回しながら、しばらくは大丈夫かもとペルゥは言った。

「いつまで襲ってくるんだ。こいつらは」
「それは、まあ。出口までかな」
「……これは、予想以上に厳しいな」

 おさえきれない息切れに、ラトスはその場で膝を突いた。
 少しはなれたところで戦っているセウラザも区切りが付いたようだった。大きな剣をかまえなおして、辺りを警戒しはじめている。

 セウラザの剣は、少し変わっていた。
 剣をかまえてはいるが、そこには剣身がないのだ。どうやら、鍔から先の剣身をこまかく分裂させることができるらしい。分裂したこまかい刃は、百も二百もあるようで、それらはいくつかにまとまってセウラザの周りをぐるぐると回っていた。セウラザに近付いてくる夢魔がいると、彼の周りを回っていた分裂した刃が待ちかまえていたように飛びだしていく。餌食になった夢魔は、無数のこまかい刃に切り刻まれて、あっという間に黒い塵になっていくのだ。

「あいつのは反則級の武器だな」
「だよねー。でも、あれは結構集中力がいるはずだよ。平然とやってるけどね」

 ラトスのため息混じりの言葉に、ペルゥも感心したような声をこぼした。小さな頭を何度も縦にふっている。確かにそうかもしれないと、ラトスもうなずいた。もしあのこまかい刃ひとつひとつを操っているのだとしたら、異常な集中力が必要だろう。真似できる自信は全くない。

「今のうちに少し休もうか」

 セウラザがラトスたちの視線に気付いてふり向き、声をかけてきた。
 ラトスは、彼の言葉にうなずく。軽く身体を屈伸させると、ゆっくりと辺りを見回した。黒い石畳の道の先にも、後ろにも、道からはなれた宙の上にも、いたるところに夢魔がいた。セウラザとペルゥが言うには、今、辺りにいる夢魔は急におそいかかってくるものではないらしいが、ラトスにはその見分けが付かなかった。

 柱の影からこちらをじっと見ているだけの子供のような姿の夢魔。
 ラトスたちの姿を見ただけで逃げだしていく小さな獣のような夢魔。
 ひたすら笑い声をあげているだけの人の頭しかない夢魔。

 見た目はすべて気味が悪いものばかりだったが、確かに全く攻撃を仕掛けてこない夢魔も一定数いるようだった。

「とにかく、あの笑ってる夢魔……! どこかに行ってほしいです!」

 ひたすら笑い声をあげている夢魔を指差して、メリーは泣きそうな顔で言った。
 それはラトスも同意するところだった。人の頭だけの姿をした夢魔は、どんなに歩いても付かずはなれずの距離を保って、笑いながら付いてきていた。うるさいだけで、実害はない。放置していたが、長い時間笑い声にさらされていると、精神がむしばまれるような感覚になった。

「あれに手を出すのは、やめたほうがいい」

 うんざりした表情で二人が夢魔を見ているのに気付いて、セウラザは大剣を背中に納めながら言った。

「強いのか」
「おそらく」

 ラトスの問いに短く応えると、セウラザは笑いつづけている夢魔を指差してみた。すると、笑いつづけている夢魔は、指差されたことに気付いたようだ。ますます大きな声で笑いだす。

「あのような、単純な行動を繰り返す夢魔は強い」
「そういうものなのか……」

 大きな声で笑いはじめた夢魔を見て、ラトスは現の世界の人間を思い浮かべた。
 他人を嘲笑う人間は、心が弱くつまらない人間だ。そう説明されて、無視しておけばいいと教えられることはよくある。
 だが、実際はそうではない。
 繰り返し嘲笑ってくる人間は、あの手この手で執拗に追い詰めてきたりするのだ。命にかかわるほど追い詰めてくることも、めずらしいことではない。無視しておけばいいと教える者は、それらの人間の執拗さから目をそむけているだけで、実態を把握しない者ばかりだ。
 セウラザが、こういう夢魔が強いというのは納得できることだった。

「だが、どの夢魔も、自分の縄張りを持っているから、延々と付いてくることはない」
「それは助かる」

 笑いつづけている夢魔を見て、ラトスは少し安堵した。
 それならもう少しの我慢ですねと、メリーも複雑そうな表情で言いながら、夢魔から目をそむけた。

 実際のところ、メリーの火力ならあの夢魔ぐらい一瞬で消し飛ばせるだろう。
 ここまで何度も夢魔の群れにおそわれたが、彼女は剣が当たりさえすれば勝てるという非常に高い火力を発揮してきた。
 だが単調な動きをしている夢魔にしか、攻撃が当てられない。実戦に慣れていないからだ。

 剣術の試合程度なら、メリーは強いかもしれない。
 だが、勝つためには何でもやるという相手の動きは、読めていない。メリーは相手の身体や武器の動き以外は、あまり意識していないのだ。そのため、常識外の行動をとられると、まったくと言っていいほど対応できなくなる。仕方なく、できるかぎりはラトスが多くの夢魔を引き付けて、その隙をメリーが狙うという連携しか取れてはいなかった。

 セウラザの言うとおり、今はあの夢魔に手をださないほうがいい。
 こちらが周到に立ち向かえるようになるまでは、ひたすらに悪夢の回廊に住む夢魔を観察する。いずれどの夢魔にも勝てるよう、ひたすらに力と知識を得るようにするのだ。そのうちにメリーも強力に化けるだろう。焦る必要はない。

「あとどれくらい進めば、出口に着くんだ?」

 笑いつづけている夢魔から目をそむけて、ラトスはセウラザに声をかけた。

「そうだな……。接点がない者へ繋ぐ悪夢の回廊は、かなり長くなる傾向がある」

 まだまだ時間がかかるだろうと言い加えて、セウラザは黒い石畳の道の先を見た。
 遠くのほうは、陽炎のようにゆらめている。何とか見えている範囲には、黒い石畳の道の終点は無さそうだった。夢の世界に時間というものがあるのかは分からないが、この調子だと突破するのに数日もかかるかもしれない。

「でも、歩くのは疲れないから……なんとか行けそうです」
「夢、だからかな。不思議なものだ」

 メリーが足を鳴らしながら言う。ラトスもうなずいて、自分の太腿のあたりを拳で軽く小突いた。ここに入ってからずいぶん経ったが、この脚に疲労感のようなものは全く感じられない。よくよく思い返してみれば、夢の世界とやらに迷いこんでからというもの、身体に疲労感はなく、妙に軽かった。
 ただ、戦っている時は別のようだった。武具を使ったあとは、妙な脱力感におそわれる。
 疲れるというよりは、身体に力が入りづらくなるのだ。軽い短剣も、強くにぎりしめておかないと、手の中からぬけ落ちてしまいそうなことが何度もあった。

「観光にはならないが、歩くだけで済めば良かったな」
「ですよねー」

 薄暗い空間に延々と伸びつづけている黒い石畳の道。
 どこまで歩いても、大して景色は変わらない。変わってくれるのは、おそいかかってくる夢魔の種類ぐらいだった。

「そろそろ行こう」

 手の指を何度も屈伸させて、セウラザが静かに言った。
 先ほどの戦闘直後の脱力感は、だいぶ消えていた。少しは身体が動かしやすくなっているのを感じる。隣を見ると、メリーも上半身をひねりながら身体の動きを確認しているようだった。ラトスの視線に気付くと、大丈夫そうですと言って元気よくうなずいた。
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