あと6日で王太子を振り向かせたい王女は護衛にドキドキしている場合ではない!

ハートリオ

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54 ディニタース皇帝陛下

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悲鳴を上げたのはピウス

ではなく元側妃である。

「キャァッ痛いッ何するのよ!?誰なの!?この私に暴力を働いてただで済むと思ってんの!?」
「ふざけるな。私はお前の暴力を止めているだけだ」

ピウスに飛び掛かった元側妃だが、その手はピウスに届く前に掴まれ後ろ手に捻られた。
痛みに泣き叫ぶカラクテリスティカ現正妃に対して低い声でそう言ったのは――

ザワザワッ、ザワザワッ‥

背が高く威風堂々としたその男性はマスクを着けている。
マスクは甲冑の頭部の様にスッポリとしたもので。
着けていると言うより頭全体に被っていると言った方がいい。

とにかく首から上の情報がマスクしかなく、だからと言って誰か分からないという訳では無いのは…

ザッ!

各国からの来賓達が一斉に膝をつき胸に手を当て頭を垂れた事で分かる。

彼等は皆それぞれの国の王族。
王族のみが気付けたその人物は――

「ディニタース皇帝陛下ッ」
「ディニタース皇帝陛下ッ」
「ディニタース皇帝陛下ッ」

来賓達が口々にその尊い御名を発し、いよいよ会場中が突如現れたただならぬ人物が誰なのかを知る。

ザッ!
ザザッ!

大人達が慌てて膝をつき頭を垂れる。

卒業生達も見よう見まねで膝をつき頭を垂れる。

滅多に人前に姿を現さず、現す時も大体はマスクを被っているという謎多き皇帝陛下。
気まぐれにマスクを被らない時もあるらしいのだが、その素顔を知る者は少ない。

卒業生達は多分一生拝顔することなど叶わないはずの皇帝陛下のお出ましに興奮を隠せない。

拝顔…と言ってもスッポリマスクを被っているが。

それでも身に余る光栄に心を震わせる。

「こッ‥これはディニタース皇帝陛下!我が国の卒業パーティーに御出で頂けるとはこの上なき幸せ!ご、ご連絡頂ければ皇帝陛下に相応しいおもてなしをさせて頂きましたのに…はッ!だ、誰か!カラクテリスティカ正妃殿下を休憩室にお連れし‥」
「休憩室?」
「‥はッ‥」
「行くのは牢獄であろう」
「‥!お、お待ちくださいませ、皇帝陛下!私は何も罪など犯してませんわ!牢獄へつなぐならピウス姫…いえ、さっき平民となった女…我がカラクテリスティカの財産であるドレスを略奪しようとしているその追放者ですわ!」
「彼女のドレスはカラクテリスティカの物ではない」
「…まぁッ!皇帝陛下ともあろう御方までもがその魔女の言い分を信じると仰いますの!?私はそのドレスの購入の記録を見たのです!今は盗人娘同様に王家から除籍され追放者となったアマータ‥きゃぁッ!?」

皇帝がカラクテリスティカ現正妃から乱暴に手を離したので、倒れ込む現正妃。

「お前の様な汚らわしい者が彼女の名を口にするな!」
「‥ィッ‥」

会場中が震えるような怒声。

元側妃は叫び声も出せずガクガク震える。

「そのドレスはアマータ嬢個人のもの。私が証人である。何故なら、そのドレスをアマータ嬢に贈ったのはこの私だからだ!」

そう言ってサッとマスクを取る皇帝。

ファサッ‥

「おお!皇帝陛下の御尊顔を拝見できるとは…」
「あぁ、何と美しい!白銀髪も実に見事であらせられ‥ハッ!」
「まさに王女殿下のドレスの色…そして瞳の色は装飾品のそれだ…!」

皇帝の色は彼が口から出まかせを言っているのではないという証拠である。

純白に銀の刺繍は白銀髪の髪色そのままに。
ティアラに首飾り、イヤリングにブレスレットの華やかな赤紫は瞳の色であるオーキッドパープルそのもの。

「母がドレスを贈られたのは結婚前の18才の時です。…婚約はしておりましたが…そうですか…贈り主は皇帝陛下だったのですね…皇帝陛下からの贈り物を返すわけにもいかずに大切に保管していたのでしょう…」

自分が散々な言われようの時は静かに無表情を貫いていたピウスだったが、亡き母の名誉の為に大切な事にはしっかりと声を張る。

会場中を浄化する様な美しい声に思わず聞き惚れる人々…

「お蔭で私は卒業パーティーに美しいドレスで参加出来ました。心よりお礼を申し上げます…母ではなく私が着てしまったことは申し訳なく思いますが…」
「何を言う?美しい娘が譲り受けてくれたこと、アマータ嬢はさぞ喜んでいる事だろう…私も嬉しく思う。着てくれてありがとう」
「いえ…」

ピウスは一瞬だけ皇帝を見、ス、と視線を外す。

「?」

ピウスの中に一瞬だけ揺らめいた何かを皇帝は見逃さなかった。
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