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新たな家族
しおりを挟む「ほれ」
背中を押されてつまずきそうになりながら、少年が前に出る。ソフィアは例の少年を紹介されて、戸惑っていた。
「エイドス様…あの」
「今日からソフィア付きの従者として働く。名前はギル。年は十二。いいな」
いいな、と言われても。突然のことでなんと答えればいいのか分からない。少年もどうすればいいのかと、視線を彷徨わせている。互いに言いあぐねていると、エイドスは吹き出した。
「見合いでもしてんのか。さっさと引き取れよ」
「急すぎて、従者だなんて、この子は幼いのに」
「働かせたくないなら教育すればいい。学者にでもしてやれば将来安泰。お前も暇つぶしになって一石二鳥だろ」
「私にそんな大役」
「お前言ったな。穏やかな職場に変えろとか。ソフィアの傍が一番適切だ」
改めて少年の背中を押す。一歩近づいて、少年との距離も縮まる。ソフィアは少年の腕を見た。ミミズ腫れの、痛ましい腕には、包帯が巻かれていた。
「乗馬鞭で打たれていたらしい」目ざとくエイドスが答える。「今後はソフィアの診察と同時に、この子も診てもらう。鞭の傷は火傷と等しく痕が残りやすい。しっかり面倒みろよ。…ほら、挨拶しろ」
「…ギルです」
少年は頭を下げる。ソフィアは腕を取って頭を上げさせた。
「ごめんなさい。私の所は嫌だろうけど、鞭では打たないから安心して。どうしても、放っておけなかったの。エイドス様の言う通り、貴方を養育しますから、良い機会だと思ってよく学んでください」
納得してくれるとは思えないが、そう言い聞かせるしかない。理解しているのかいないのか、少年は無表情で、はい、と答えた。
その日から、ソフィアはギルを手元に置いて教育を始めた。家庭教師の教材を取り寄せ、教えた。教えは座学だけでなく実技にも及んだ。
少年はブラウンの髪と目で、まだ成長期でないのかソフィアの腰辺りまでしか身長が無かった。七歳のレオンとそんなに変わらないように見える。栄養が足らないのは明らかで、出来るだけ食べさせて、身体を丈夫にするため、共に庭に出た。
初めは怖怖と互いに接していた二人は、夏になる頃にはすっかり仲良くなっていた。腕の傷は毎日薬を塗り込んで完治していたが、古い傷跡は残った。春にギルを引き取ってよかったと思う。夏だったら傷が化膿していただろう。
意外だったのは、エイドスがギルの面倒をよく見てくれたことだ。狩りなどの実技はエイドスが全て請け負って、忙しい合間を縫って連れ出してくれた。面倒見が良いようで、ギルもエイドスを慕って、傍から見ると親子のようだった。
今日も狩りから帰ってきて、ギルは疲れて長椅子で寝てしまった。ブランケットをかけてやると、眠っているのに笑っていて、思わずソフィアも顔が綻んだ。
「かわいいだろ」
エイドスが上着を長椅子の背もたれにかける。ソフィアと同じように見下ろして、くすりと笑う。
「初めは自信がありませんでしたが、この子も熱心だから私も助けられました」
「お前も飯を食うようになったし外にも出るようになったし、引き取ってよかった」
「あ…そうですね。いつの間にか、そうなってましたね」
もしかしたらこの子の為だけでなく、ソフィアの為に、引き取ったのかもしれない。すっかり健康的になったソフィアは、近頃は王宮の裏にある林へ行って、暑さを和らげるために、川に足を浸すこともあった。
「熱いですね毎日。汗など久しぶりにかきましたが、気持ちいいものですね」
「誘ってんのか」
意味が分からず、ソフィアは首を傾げた。エイドスは、にやっと笑った。
「疎いのは、経験が少ないからか」
「…何か?」
「確かに汗をかいたな。一緒に湯浴みでもするか?」
「…私は先に入りましたから」
エイドスはソフィアの髪に手を入れた。リビアが手入れしてくれるおかげで、絡まりのなく梳いていけた。本当にこの人はソフィアの髪が好きなようだ。こうして髪に触れられるのが、一日に何回もあった。
「この子は私が見ていますから、湯浴みへどうぞ行ってらしてください」
「もう川で洗ってきた」
じゃあ今までの会話は何だったのか。ソフィアはどう答えればいいか分からず、ギルに目を落とした。少年はまだ夢の中。幸せな夢を見ている。どんな夢を見ているのだろうか。
「オリアーナは釈放して、修道院に入れる」
突然の話に、ソフィアは一気に現実に引き戻される。
「どこの、修道院でしょうか」
「シーク修道院だ」
高い城壁に囲まれたシーク修道院は、戒律厳しい閉鎖的な場所だ。監獄と変わらないと言ってもいい。よほどの手引きがない限りは、外部との接触は難しいだろう。
ギルが寝返りを打つ。長椅子から落ちそうになって、あ、と思う前にエイドスが前のめりになって肩を掴む。落ちなかったのは上半身だけで、下半身は床に落ちてしまった。
ギルはびっくりして、何が起こったか分からない顔をしている。ソフィアも驚いて、エイドスだけが鈍くさいなと罵りながら、けらけらと笑っていた。
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