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 目覚めるといつも彼の手が目の前にある。後ろから抱きしめられ、彼の腕に頭を乗せているからだ。痺れてくるのではと言ったが、軽いからそんなことは無いという。本当かどうかは分からない。彼はいつも優しい。だから自分も優しくしたい。

 体を反対に向けてグレンの顔を見る。眠っていた彼は、アニーの寝返りで目を覚ました。片目だけ二つ重なった金の瞳。何度見ても不思議な瞳。アニーはその瞳に口付けした。瞼に触れてまつ毛が唇をくすぐる。

「おはようございます」
「よく寝れたか」
「ええとても。貴方は?」
「寝れた」

 アニーの口づけが終わると、グレンは腕を伸ばした。体を伸ばし終えた彼は、再びアニーを抱きしめる。

「まだ早い。寝ていよう」
「寝てばかりで、私たち牛になりそう」
「アニーはもう少し太らないと。マーサぐらい食べてくれると、俺も安心する」

 グレンは甘えるように顔を寄せてくる。婚前は同衾どうきんは駄目だと言っていたのが嘘のよう。あの日以来、二人で毎日同じベッドで眠って、それが当たり前となっていた。

「今日、街に行こう」
「街?」
「指輪とドレスを買いに行こう」
「もう?随分急なんですね」
「随分待たせたと俺は思ってる」

 心を通わせてから七日程経つ。アニーは、もっともっと先だと思っていた。

「いつまでも証が無いままでは気が引ける」
「気にしないのに」
「俺が気にする。教会にも行って、日取りを決めよう」
「街なら、美味しいものを食べに行きたいです」
「いいなそれ」

 街に行くのだと思うと、心躍る。今日は楽しい一日になりそうだと思いながら、目を閉じた。



 身支度を終えて街へ向かう。二人とも余所行きのアイボリーのローブを着て、アニーは目隠しでツバの長い帽子を被った。ベージュに白のリボンが巻き付いてとっても可愛い。アニーは一目で気に入った。

 服は全てモリスが揃えたという。昔とった杵柄だとかなんとか。ところどころ小器用で、そろそろ彼の過去を聞いてみたほうがいいのかもしれない。

 そのモリスに先導されて街の中へ入る。移動は馬に乗って、後ろにグレンが乗って手綱を操ってくれた。

 マーサを連れては行けないから、近くの村人に預かってもらっている。良い機会だからマーサの為に首輪を買おうという話になっていた。

「アニー、先に宿に行こう。荷物を置いて行きたい」

 後ろを振り向く。グレンと目が合う。彼は金の瞳だけ眼帯をして隠していた。
 前には馬に乗ったモリスの姿が。何度も街に行っているモリスは、勝手知ったる様子で街中を進む。
 石畳の狭い路地を馬二頭で進むにはそれなりに目につく。見上げてくる歩行者たちと目を合わせないように、アニーは帽子を深く被った。自分の金の瞳に触れたら、意図しない内に誰かを殺してしまうかもしれない。そう気づくと少し不安になった。

 宿に入る。アニーが想像していた宿とは違った。木組みの二階建の家は、アニーが暮らしている小屋に似ていて、中に入ると一階は皆で食事をする共用ペースになっていて、二階に個室がある所などまるっきりそっくりだった。

 宿主は妙齢の女性で、食事を請け負ってくれるという。

「本日は貸切ですので、好きな部屋をお使いください」

 うやうやしく礼をされ、モリスもお辞儀する。アニーも倣うと、女主人と目が合う。アニーは帽子のツバを曲げて目を隠した。

「可愛らしいお嬢さん。どうぞ帽子を外して、おくつろぎ下さい」
「あ、ありがとうございます」

 グレンが荷物を運び込む。女主人が二言三言グレンに言うと、荷物を預かって代わりに二階へ運び出した。そう大きな荷物では無いから、女の力でも問題ないのだろう。

「どうしたアニー」
「あ、この瞳…見られてしまって」

 するとグレンはアニーの瞳を覗き込んできた。優しい微笑みに、アニーはドキリとした。

「綺麗な瞳だ」
「でも」
「モリス、鏡を」

 モリスがローブの下から手鏡を取り出す。グレンが受け取って、アニーに手渡した。

「いつも室内で鏡を見ていたから気づかなかったんだろう。窓に向けて、見てみるといい」

 言われた通りに、窓に近づいて鏡を見てみる。アニーは、ハッとしてグレンへ顔を向けた。

「これ…どうして…?」
「分からない。でも、少しずつ薄くなっていった」

 ナセルにいた時、アニーの金の瞳は、本当に金色に輝いていた。今は、その色が薄くなり、ベージュのような色味になっていた。

「誰も貴女の瞳を、金だと思う人はいないだろう」
「わたし…普通の人になったのかしら」
「元からただの普通の人だ。何も変わらない」
「変わりたいの」

 グレンは頷く。

「ああ変わった」
「本当?」
「俺を愛してくれている」

 ガタン、と大きな音がした。二人して見ると、モリスが椅子を倒してしまっていた。モリスは慌てて椅子を起こした。

「大丈夫ですか?」
「いや…はは、年ですから、足元がふらつきますもので、お気になさらず」
「部屋で休んでろ」

 そうさせてもらいます、とモリスは背中をさすりながら二階へ上がっていった。椅子を倒した拍子に、腰でも痛めたのかもしれない。

 モリスが消えてから、入れ替わりで女主人が降りてくる。グレンは声をかけた。

「使いを出したいが、従者は老人で役目を果たせない。代わりに動いてくれる者はいるか?」
「私の弟でしたら、空いております」

 ならこれをと、グレンが紙切れを渡す。女主人は目を通して、にっこり微笑んだ。


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