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 夜の帳が下りて、マリアは寝台の出窓がら空を眺めた。
 月明かりに照らされて、背の低い木々たちが揺らめいているのが僅かに見えた。
 窓を押して開けてみる。風はそれなりに部屋に吹き抜けていくが、春の穏やかな気候で生温かった。

 扉をたたく音。声をかけると侍女が入ってきた。
「伯爵様がお見えです」
「通してください」
 すぐに答えて、侍女は頭を下げて一旦、扉を閉めた。
 マリアは今夜何が起こるかを理解していた。すでに湯あみは済ませ、夜着に着替えていた。足元まである白絹の長衣のみだが、寒さは無いからこれで十分だった。窓を閉めて、出迎えのため立って待った。
 扉が開く。伯爵が入ってくる。彼も夜着に黒いガウンを纏っただけの姿だった。扉を開けた侍女に何かを伝えて扉が閉じられた。
 二人きりになって、マリアは頭を下げる。
「伯爵様」
「夫婦となった。ふさわしい呼び方で」
「…旦那様」
「顔を上げろ」
 言われた通りマリアは顔を上げた。目の前に立つ伯爵は、やはり身のすくむような冷たい瞳をしていた。ひるみながらも、マリアはあらかじめ心に決めていた言葉を発した。
「私…姉さまのように死にたくありません。どうすれば、死なずにすみますか?」
 一蹴されたならそれまで。マリアはじっと返事を待った。
 伯爵は視線をマリアから外すと、寝台へ向けた。金糸の刺繍がまぶしく、マリアにはまだ慣れない色だった。
「妻としての役目を果たせ」
 役目──跡継ぎのことだろう。
「それだけですか?」
 それだけのわけがないと思った。それだけを望むなら、どうして姉は死ななければならなかったのか。
 だが伯爵は答えなかった。先に寝台に腰掛けて、マリアが来るのを待っていた。

 身体を重ねて、マリアは一つの決意をした。伯爵の言うとおり子を得る。子を産めば、信頼を得られる。跡継ぎを産めば、姉が死んだ真相を教えてくれるかもしれない。あまり望みのない希望だった。勿論、死にたくない気持ちもあった。自分が死んだら次は妹。死ぬわけにはいかなかった。

 破瓜はかの痛みは想像以上で、マリアは悲鳴も上げられなかった。傷んだことのない身体の奥が痛み、太ももが小刻みに震えた。息を吸うのが難しいのに、伯爵は気にせずに唇を重ねてくる。舌が舌を捉えて、どこまでも追ってきた。痛い、苦しい。あ、と声は出たかもしれない。目を開けていられなくて、やがて何も感じなくなった。

 額に冷たいものがあたって、マリアは目を開けた。侍女の顔。心配そうに見下ろしていた。視線が合うと、侍女はパッと顔を明るくさせた。
「よかった。なかなかお目覚めになられないので、医師を呼ぼうか迷っていたのです」
 うるさい声が頭に響く。頭を押さえようとして、ずきりと腹が傷んだ。
「痛みますか?痛みを和らげる薬湯を用意しております。お飲みなりますか?」
 小さくうなずく。侍女はマリアの身体を難なく起こして、碗に入った薬湯を飲ませた。ショウガのような辛い味がした。
 甲斐甲斐しく世話をしてくれたが、侍女はこんなことを言った。
「奥さまは、この部屋から出てはならないと、伯爵様が仰せでした」
「…どうしてか、聞いていますか?」
「体調が悪いだろうからと、よく休ませるようにとのご配慮です。伯爵様、今夜もこちらに伺うと仰っておられました」
 どうやら今夜も身体を重ねなければならないらしい。マリアは腹を撫でた。飲んだばかりで薬が効き出すとは思えなかった。
「貴女、名前は?」
 昨日から顔を合わせていたが、まだ名前を知らなかった。侍女は全く気にしてない様子でモニカ、と名乗った。
「伯爵様が、お目覚めになられたら教えるようにって言われてたんです。直ぐに戻ります」
 モニカはウサギのように小走りで出ていった。
 寝台に沈み込んでいるマリアは、変わったニオイに気づく。それはかすかなニオイで、果物のような甘く酸味を含んでいた。不快ではない。どこから匂ってくるのか。見渡してもそれらしいものはない。気にはなるが睡魔が襲ってくる。薬を飲んだからだろうか。マリアは目を閉じた。

 腰が熱くて、ゆっくり意識が浮上する。先程の匂いが部屋中に満たされていて、むせ返るようほど強くなっていた。
 部屋は真闇だった。灯りは絶えて、自分ではどうしようもなかった。息を吸うたび匂いが鼻について、それに気を取られてか、深く考えられなかった。
 腰が熱かった。誰かが腰に触れていた。掴まれていた。持ち上げられていた。
「…………?」
 マリアは、はっきりしない意識の中、感覚を探った。すると熱いのは腰だけでは無かった。腹の中も熱くて、そこは昨日は痛みしか感じられなかった場所だった。
 腹の、膣の中に、隙間なく肉棒が埋め込まれている。熱いと思っていたのは、そこに注がれた精液のせいだった。
「旦那さま…?」
 マリアが呼ぶと、腰の手が、まるびを通って太ももを撫でた。マリアはもう一度呼んだが、返事が無かった。
 ずる、と引き抜かれる。腰が降ろされて、マリアは寝台に身を沈めた。
 衣擦れの音。小さく金具の音が響いて、僅かな足音の後に、扉を開ける音。ぱたりと閉じる音。
 すると入れ替わりに誰かが入ってきた。忙しない足音は、モニカのものだった。手燭を持っていた。
「奥さま、お体清めますね。ロウソクを灯してもよろしいですか?」
 答えると、モニカが灯りを灯していく。ぼんやり浮かぶ室内。体は先までの交合で重く、動くのが億劫だった。
 不思議な匂いがまた鼻をついて、近づいてきたモニカに聞いた。彼女は、ああ、と身を乗り出して出窓へ手を伸ばした。
 出窓には棚が取り付けられていて、ちょっとした小物を置くぐらいのスペースがあった。そこから小さな香炉を取り出した。そんなところにあったのか。手のひらに余るくらいなのに、匂いが充満していた。
「乳香です。気分を落ち着かせるとか。伯爵様から絶やすなと言われております」
 モニカは中身を確認して元の場所へ戻す。それからマリアの身体を拭き始めた。

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