2 / 27
2※
しおりを挟む夜の帳が下りて、マリアは寝台の出窓がら空を眺めた。
月明かりに照らされて、背の低い木々たちが揺らめいているのが僅かに見えた。
窓を押して開けてみる。風はそれなりに部屋に吹き抜けていくが、春の穏やかな気候で生温かった。
扉をたたく音。声をかけると侍女が入ってきた。
「伯爵様がお見えです」
「通してください」
すぐに答えて、侍女は頭を下げて一旦、扉を閉めた。
マリアは今夜何が起こるかを理解していた。すでに湯あみは済ませ、夜着に着替えていた。足元まである白絹の長衣のみだが、寒さは無いからこれで十分だった。窓を閉めて、出迎えのため立って待った。
扉が開く。伯爵が入ってくる。彼も夜着に黒いガウンを纏っただけの姿だった。扉を開けた侍女に何かを伝えて扉が閉じられた。
二人きりになって、マリアは頭を下げる。
「伯爵様」
「夫婦となった。ふさわしい呼び方で」
「…旦那様」
「顔を上げろ」
言われた通りマリアは顔を上げた。目の前に立つ伯爵は、やはり身のすくむような冷たい瞳をしていた。ひるみながらも、マリアはあらかじめ心に決めていた言葉を発した。
「私…姉さまのように死にたくありません。どうすれば、死なずにすみますか?」
一蹴されたならそれまで。マリアはじっと返事を待った。
伯爵は視線をマリアから外すと、寝台へ向けた。金糸の刺繍がまぶしく、マリアにはまだ慣れない色だった。
「妻としての役目を果たせ」
役目──跡継ぎのことだろう。
「それだけですか?」
それだけのわけがないと思った。それだけを望むなら、どうして姉は死ななければならなかったのか。
だが伯爵は答えなかった。先に寝台に腰掛けて、マリアが来るのを待っていた。
身体を重ねて、マリアは一つの決意をした。伯爵の言うとおり子を得る。子を産めば、信頼を得られる。跡継ぎを産めば、姉が死んだ真相を教えてくれるかもしれない。あまり望みのない希望だった。勿論、死にたくない気持ちもあった。自分が死んだら次は妹。死ぬわけにはいかなかった。
破瓜の痛みは想像以上で、マリアは悲鳴も上げられなかった。傷んだことのない身体の奥が痛み、太ももが小刻みに震えた。息を吸うのが難しいのに、伯爵は気にせずに唇を重ねてくる。舌が舌を捉えて、どこまでも追ってきた。痛い、苦しい。あ、と声は出たかもしれない。目を開けていられなくて、やがて何も感じなくなった。
額に冷たいものがあたって、マリアは目を開けた。侍女の顔。心配そうに見下ろしていた。視線が合うと、侍女はパッと顔を明るくさせた。
「よかった。なかなかお目覚めになられないので、医師を呼ぼうか迷っていたのです」
うるさい声が頭に響く。頭を押さえようとして、ずきりと腹が傷んだ。
「痛みますか?痛みを和らげる薬湯を用意しております。お飲みなりますか?」
小さくうなずく。侍女はマリアの身体を難なく起こして、碗に入った薬湯を飲ませた。ショウガのような辛い味がした。
甲斐甲斐しく世話をしてくれたが、侍女はこんなことを言った。
「奥さまは、この部屋から出てはならないと、伯爵様が仰せでした」
「…どうしてか、聞いていますか?」
「体調が悪いだろうからと、よく休ませるようにとのご配慮です。伯爵様、今夜もこちらに伺うと仰っておられました」
どうやら今夜も身体を重ねなければならないらしい。マリアは腹を撫でた。飲んだばかりで薬が効き出すとは思えなかった。
「貴女、名前は?」
昨日から顔を合わせていたが、まだ名前を知らなかった。侍女は全く気にしてない様子でモニカ、と名乗った。
「伯爵様が、お目覚めになられたら教えるようにって言われてたんです。直ぐに戻ります」
モニカはウサギのように小走りで出ていった。
寝台に沈み込んでいるマリアは、変わったニオイに気づく。それはかすかなニオイで、果物のような甘く酸味を含んでいた。不快ではない。どこから匂ってくるのか。見渡してもそれらしいものはない。気にはなるが睡魔が襲ってくる。薬を飲んだからだろうか。マリアは目を閉じた。
腰が熱くて、ゆっくり意識が浮上する。先程の匂いが部屋中に満たされていて、むせ返るようほど強くなっていた。
部屋は真闇だった。灯りは絶えて、自分ではどうしようもなかった。息を吸うたび匂いが鼻について、それに気を取られてか、深く考えられなかった。
腰が熱かった。誰かが腰に触れていた。掴まれていた。持ち上げられていた。
「…………?」
マリアは、はっきりしない意識の中、感覚を探った。すると熱いのは腰だけでは無かった。腹の中も熱くて、そこは昨日は痛みしか感じられなかった場所だった。
腹の、膣の中に、隙間なく肉棒が埋め込まれている。熱いと思っていたのは、そこに注がれた精液のせいだった。
「旦那さま…?」
マリアが呼ぶと、腰の手が、まるびを通って太ももを撫でた。マリアはもう一度呼んだが、返事が無かった。
ずる、と引き抜かれる。腰が降ろされて、マリアは寝台に身を沈めた。
衣擦れの音。小さく金具の音が響いて、僅かな足音の後に、扉を開ける音。ぱたりと閉じる音。
すると入れ替わりに誰かが入ってきた。忙しない足音は、モニカのものだった。手燭を持っていた。
「奥さま、お体清めますね。ロウソクを灯してもよろしいですか?」
答えると、モニカが灯りを灯していく。ぼんやり浮かぶ室内。体は先までの交合で重く、動くのが億劫だった。
不思議な匂いがまた鼻をついて、近づいてきたモニカに聞いた。彼女は、ああ、と身を乗り出して出窓へ手を伸ばした。
出窓には棚が取り付けられていて、ちょっとした小物を置くぐらいのスペースがあった。そこから小さな香炉を取り出した。そんなところにあったのか。手のひらに余るくらいなのに、匂いが充満していた。
「乳香です。気分を落ち着かせるとか。伯爵様から絶やすなと言われております」
モニカは中身を確認して元の場所へ戻す。それからマリアの身体を拭き始めた。
81
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる