【完】【R18】嫁いだ姉が死んだので、妹の私が嫁ぎ直しましたが、夫に溺愛され過ぎて困っています。

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 男の顔に拳が入り込む。顔を歪ませた男が後ずさる。後ろに下がった男はだが、マリアから手を離さない。
 殴りつけたのはレイフだった。男の手首を強く掴んで、マリアから離そうとする。骨がきしむ音に、男は苦痛の声を上げる。
「手をはなせ」
 低い声だった。地に響くような凄みのある声に、マリアがたじろぐ。見ればレイフは眉根を寄せて、男を睨みつけていた。
「手をはなせ」
 だが男は離さない。男もレイフを睨みつけた。ちらりとマリアに視線を送ってから、男はレイフに向かって口を開いた。
「卿は、確かハーフェル伯か」
「手をはなせと言っている」
「この人は私の妻だ」
 男は自然にそう言った。とんでもないことを言い出した男に、マリアは目を見張る。マリアはこの男に会ったことすらなかった。
「私の妻だ」男はもう一度言う。「マリアは私の妻だ」
「世迷い言を」
 レイフの言葉に、男は鼻で笑った。口を切ったのか、男の口から一筋の血が流れ落ちる。さほど気にした風でもなく、口を拭う。
「ずっと探していた。まさか貴君のもとにいるとはな。おかしいと思っていた。前はただのオリファント伯だったのに、なぜあれ程の活躍をし辺境伯などとなっていたのか」
 そうか、と男はこぼした。
「記憶があるのか?」
 男の問いにレイフは答えない。ひたすら男を睨みつけている。構わずに男は続ける。
「そちらにマリアが嫁いだのは間違いだった。返してもらおう」
「貴様に権限は無い」
「そうかな?」
 男の飄々とした態度を崩さない。掴まれている手が震えるほど強くなっているのに、男は顔色一つ変えない。
「陛下の弟である私に、権限が無いとでも?」
 皇帝の弟?マリアは目を見張る。そんな人がどうして自分を妻になどと言い出したのだろう。
 混乱ばかりが続いて、二人のやり取りもよく分からず、ただ見ていることしか出来ない。こういう時に限って誰も通りがからない。いや、遠巻きには、見られているのかもしれない。助けも呼べない。何とか穏便にこの場を終わらせられないだろうか。
 マリアは状況を打開する術を探すが、見つからなかった。
「オルレアン公フェルナンド殿下」レイフが忌々しげに呼びかける。「そちらがそのつもりなら、私は私のすべてをかけて、抵抗する」
「決まりだ。謀反だな」
「──お、お待ちください!」
 謀反だなんてとんでもない。マリアは必死に割って入った。
「夫に反意はございません!私は陛下の勧めに従い夫と婚姻しました。それを覆すことこそ、謀反に当たるのではありませんか?」
 フェルナンドにそう訴える。彼はマリアに目を向けて視線を落とした。誰も手を離さない。マリアの手は、血が通わなくなって痺れも感じなくなっていた。
「マリア、私を覚えていないのか?」
 フェルナンドが問う。
「拝見するのは初めてでございます」
「よく見て思い出せ。貴女は前の世で私の妻だった。貴女のすべてを覚えている。いや、忘れてしまっても構わない。また最初からやり直そう」
「…手が痛いです。離してください」
 フェルナンドはあっさり手を離す。マリアはすぐにレイフの後ろに隠れた。レイフの服を掴む。レイフも守るようにフェルナンドに立ちはだかった。
 そんな二人を目にして、フェルナンドはようやく顔を歪ませた。
「──随分仲がいいじゃないか。そんなにマリアを手懐けて何を企んでいる」
「すべて彼女の人となりの良さ故だ。私たちは夫婦で、なんの問題もない。貴様が、それを脅かしている」
「邪魔者は私?」
「そうだ」
 きっぱりとレイフが言った。マリアも同じ気持ちだった。
 フェルナンドが笑い声をあげる。とても耳障りな声だった。
「いいだろう。今日は見逃してやる。だがマリアは返してもらう。残り少ない逢瀬を楽しむといい」
 フェルナンドが腕を振り払う。そのまま背を向けて去ろうとするので、マリアはほっと胸をなでおろした。

 だがそれで終わらなかった。レイフがフェルナンドを追いかけ、肩を引いた。何事かを呟いて、なんとフェルナンドを殴りつけた。
「レイフ様!」
 マリアはレイフを止めようとしがみつく。マリアに気づいていないのか、フェルナンドを殴り続けている。その顔は今まで見たこともない、恐ろしい形相だった。
「止めて──!やめて下さい!」
 フェルナンドも負けじと殴り返す。レイフも何発か受けているが、まったく止まる気配がない。
「レイフ様!お願いします!止めて!」
 何度目かの呼びかけにやっとレイフは止まる。そのころにはフェルナンドは満身創痍で、よろけながらなんとか立っているというような有り様だった。レイフは真っすぐ立ってはいるが、肩で息をしていた。
「マリア…」レイフが呟く。「先に部屋に戻っていろ」
 こんな状況で戻れるわけがない。マリアがいなくなってから、両者はどうするのか。マリアの前で出来ないことをするのではないか。そう思うと、余計マリアはここに留まるべきだと思った。
「殿下にこのような仕打ちをして、常の貴方様では考えられません。どうしてしまったのですか」
「この男の肩を持つのか」
「このような無礼を働いて、離縁どころではなく、貴方様の地位すらも危ないと申しているのです」
「問題無い」
 レイフは髪をかき上げて言った。片手を見せる。その手は素手だった。外した白い手袋が足元に落ちていた。
「私は決闘を申し込んだ。殿下は決闘を受諾した」
 つまりこれは決闘で、罰せられることは無いと。そんな言い訳が通用するとは思えなかった。マリアの知る決闘は剣を交えて行われる。拳を交えての戦いなど聞いたこともない。
「マリア、ローレンスが起きる頃合いだ。顔を見せてやりなさい」
「でも、」
「危害は加えないと約束する。私はこの男と話をしなければならない」
 そう言われて、素直に戻れるわけがない。
 フェルナンドもレイフに散々殴られて怒りに満ちた顔をしていたが、マリアと視線が合うと、ふ、と和らいだ顔になった。不可解なフェルナンドの言動のせいでこんな事になって、マリアはどう反応すればいいのか分からなかった。
「マリア、頼む」
 レイフが懇願する。痕のついた手首を労わるように撫でられる。気持ちは収まらなかった。だがレイフの悲壮な顔に、マリアは胸が痛んだ。仕方なく後ろ髪引かれる思いでその場を離れた。
 

 
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