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夢か現か

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 ローズは花園にいた。淡い光の差し込む中、満開の薔薇を手に取ると、そっとローズの手を包み込むように手が後ろから添えられた。振り返るとアルバートが微笑んでいた。優しい微笑みだった。顔が近づいて名を呼ばれる。ローズが返事をする前に唇が重なった。

 体がびくついて目を覚ました。荒い呼吸は自分がしているらしい。ローズは呼吸を整えようと大きく息を吸った。
 夢を見ていた。あんな夢を見るなんて。信じられなかった。動悸が激しく、うるさいくらいだった。
「どうした」
 アルバートがこちらを伺ってくる。僅かな身動ぎを感じ取って目を覚ましたようだ。さっきまで夢に出ていた人。ローズは顔から火が出る思いだった。
「あ…大丈夫です…」
「苦しいのか?」
「そうじゃないんです。落ち着きますから…お休みになってください」
 しかしアルバートは起き上がってローズの額に手を当てた。それから頬にも。ローズは恥ずかしくて顔を背けた。
「熱がある。薬を持ってくる」
「アルバート様、本当に大丈夫ですから」
 ローズの言葉など無視してアルバートはベッドを降りる。棚に常備してある薬を取り出すと、テーブルに置かれている水差しを杯に注いで、直ぐにローズの元へ戻ってきた。ローズは観念して起き上がった。アルバートから薬を受け取る。薬を口に含んでから、水を飲む。ローズが飲み干すと、アルバートは杯をテーブルに戻した。今まで何度も繰り返したやり取り。ローズは夢のせいで、ぎこちなかった。
「本当にどうした?夢見でも悪かったのか」
 核心を突かれ、どきりとする。ローズは大げさに否定した。
「違います!あの…なんでもありません」
「そう必死に否定されると嘘くさく見える」
 指摘され、ローズは黙った。するとアルバートは小さく笑った。夢で見たような優しい笑みで、ローズはますます心臓が高鳴った。目ざめてからずっと落ち着かない。ずっと、心臓がうるさい。
 ローズはこの気持ちをどうにかしたかった。どうにも出来ず、おずおずと横になった。アルバートの顔を見ないように背を向けた。彼が何か言ってくるのではと気になって、耳をそばだてた。
 だが彼はローズをからかったきり、何も言わなかった。彼なりの気遣いだと気づいたのは、再び眠りに落ちる直前だった。
   
 小さな浮遊感だった。僅かに身体が浮いているような感覚。うっすら目を開ける。アルバートの姿。彼はローズを抱き上げて何処かへ歩いていた。
 ローズが腕を上げて、アルバートの胸に触れる。ローズが目を覚ましたのに気づいたアルバートは、顔を寄せた。
「熱が引かなくてな。シーツを取り替えさせている。少し我慢してくれ」
 言われてから、自分の身体が熱いのに気づいた。熱が出たから、あんな夢を見たのか。あんな夢を見たから、熱が出たのか。前者であって欲しかった。じゃないと、自分がアルバートに恋をしていると勘違いしてしまう。モーリスに捨てられた自分が、拾ってくれたアルバートに好意を寄せるなんて、現金なものだ。
 アルバートは何処かに腰掛けた。壁の模様からして、隣の執務室にある長椅子らしい。
「ローズ」
 優しい声。ローズは目線だけを向けた。
「目を閉じるだけでも回復する」
 ローズは素直に目を閉じた。その上から冷たい布がかけられる。冷たさが気持ちよかった。
 熱に浮かされてなのか、眠気なのか、意識が朦朧として来る。自分が最後に何を言ったのか分からないまま、意識が遠のいていった。

 熱が引いたのは数日後だった。食事も大分細くなって、回復したときには更に骨が浮いて、自分で見ても気持ち悪いと思った。
 ローズは何とか数日の遅れを取り戻そうと、毎食出来るだけ食べるようにした。屋敷内も可能な限り歩き回った。アルバートは常に付き添って、助けてくれた。

 更に冬の季節が進んだ頃、珍しく客人がやって来た。馬車が止まるなり飛び出して来て、アルバートを素通りし、ローズに抱きついた。
「ローズ!久しぶり!」
 ダンフォースだった。前よりも身長が更に伸びて、十一で既にローズと変わらない高さにまで成長していた。ローズも言葉を返した。
 無視されたアルバートがダンフォースの頭にげんこつを落とす。
「いたーい!もうやめてよ!」
「こちらの台詞だ馬鹿者。図体ばっかデカくなりやがって、従僕が扉を開けるまで待てと何回言わせる気だ」
「だって遅いんだもん。久しぶり、アル。元気有り余ってるね」
「お前もな。中入れ。ここは冷える」
 アルバートはさりげ無くローズの腰に手を回した。ローズへの気遣いだった。その様子を見ていたダンフォースが、二人に言った。
「あ、言うの忘れてた。おめでとうございます」
 ローズは何がおめでたいのか分からなかった。アルバートも何も言わない。二人の反応にダンフォースは不審な目を向けた。
「結婚したんだよね?お二人さん」
 それは思いもよらぬ言葉だった。

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